第三話 訓練場
深奥の書庫内に遺されていた貴重な書物をすべて自身の無限収納魔法ストレージに納めてから、俺たちは一度、中央指令室へと帰還した。
そして今度は、手に入れた知識を実践すべく、同じ階層にある訓練場へと足を運んでいた。
「ここが、問題の訓練場だよ」
「なんだか、ひどく殺風景な場所ですわね。何もない広大な空間がぽつんと広がっているだけで……」
辺境伯子女のシーが、周囲を見渡しながら率直な感想を漏らす。
「ええ。ですがここなら周囲を気にせず、多少大きめの魔法や神聖術を放っても、何の問題もありませんよ」
「そうですのね。それで、肝心の標的となる魔物はどこに?」
「この操作盤をこうして動かすと──。よし、出た。シー様、試し打ちをどうぞ」
俺が石壁の盤面を操作すると、何もない空間から骸骨兵が一体、カタカタと骨を鳴らして出現した。
「それでは──『聖なる一閃』」
シーが、超古代神聖術の数少ない攻撃術を、呪文の詠唱を完全に省略して放った。
眩い聖なる光をまともに浴びた骸骨兵は、抵抗する間もなく一瞬で塵へと消え去った。
「ふふ、少々あっけないかしら」
「魔物の頑強さを、任意で引き上げることもできますよ」
「それじゃあ、もう少し手応えのある不死者をお願いできる?」
「了解です。じゃあ、頑強さを極限まで高めたスケルトン・ドラゴンでも出しましょうか」
俺はそう言って操作盤を叩き、防御力を跳ね上げた巨大な骨竜を出現させた。
「それじゃあ、もう一度──『聖なる一閃』」
骨竜の巨体を再び超古代神聖術の聖なる光が包み込むが、今度はその圧倒的な硬さで耐え凌いでいる。
骨の軋む音を響かせながら、少しずつこちらに向かって前進してきた。
「『聖なる一閃』、『聖なる一閃』、『聖なる一閃』……『聖なる──』あら?」
計四発の容赦ない聖なる光の連打が骨竜を包み込み、今度こそ完全に消滅していく。
「最後の方は、呪文の詠唱どころか呼吸すら省いて連発していましたね。完全にその神聖術を己の物にしたみたいです、お見事ですよ」
「ええ、これはとても素晴らしいわ。それにこの手応え、まるで本物の魔物と対峙しているみたい」
「本物ですよ、シー様。この部屋の装置を使えば、魔物の頑強さを最小の一から、最大で六万五千五百三十五まで引き上げることができます。ついでに、複数体を同時に呼び出すことも可能です」
「そうなのね。私は新しい術の感覚を掴めたから満足よ。他の方に場所を譲るわ」
「それじゃあ、次は僕が試してみても良いかな?」
「バイナリは、どんな魔物を呼び出したいんだ?」
「古代竜を二体ほど頼むよ」
「よし、それじゃあ出すぞ」
広い空間の中央に、威風堂々とした古代竜が二体、咆哮を上げて出現した。
それを見たバイナリは、自らの召喚術を発動する。
「出でよ! 冥界の多頭竜! ──ただし、手乗りサイズで!」
眩い光と共に現れたのは、バイナリの腕の肥大した籠手の上にちょこんと乗っかる、小鳥のように小さな多頭竜だった。
「なんだか、伝書鳩みたいで可愛らしい多頭竜だね」
俺がそう告げるや否や。
小さな多頭竜の五つの首が同時に大きく割り振られ、猛烈な大熱波の息吹が放たれた。
サイズこそ愛らしいものの、その本質は竜の王。
凝縮された破壊の炎により、目の前の巨大な古代竜二体は抵抗すら許されず、一瞬で蒸発するように消え去っていった。
「うん、素晴らしい威力だ。良い感じだね」
その圧倒的な無双劇を目の当たりにした他の面々が、我先にと「俺も」「私も」と競い合うように魔物の出現を要求してきた。
「分かった、分かった! それじゃあ、みんなが戦いたい注文の魔物をまとめて出現させるから、各自で新しい術の試し打ちをしてくれ!」
俺はそう言って操作盤のレバーを幾度も動かし、エンシェント・ドラゴン、ミノタウロス、キメラなど、通常では滅多に出会えない希少な強力魔物を次々と一斉に出現させた。
それを見たバイナリが、感嘆のため息を漏らす。
「僕にとっては、出現した魔物よりも、この訓練場の仕組みそのものが興味深いよ。あらゆる魔物を思いのままに実体化させるなんて、召喚士にとってはまさに夢のような大仕掛けだ」
「そう言えば、さっきの『叡智の座』では、この訓練場の詳細な仕組みまでは頭に開示されなかったね」
「そうなんだよ。どうやら魔物を自在に生成して生み出す術式は、この世界の根源において禁忌に触れるようで、閲覧制限に該当して秘匿されてしまったんだ。不思議だよね」
「それでも、バイナリが使った召喚術そのものは普通に開示されていたよね?」
「そこが奇妙なんだよ。一体、何が判断の基準を分けているんだろうね」
俺は訓練場の操作盤の管理をバイナリに任せ、戦場と化した広場に目を向けた。
皆、思い思いの魔物を相手に、水を得た魚のように新しい術を叩き込んでいる。
ルビィは巨大なエンシェント・ドラゴンを相手に、覚えたての超古代魔術による属性付与を武器に纏わせ、果敢に躍り出ていた。
エンシェント・ドラゴンの誇る鋼鉄並みの頑丈な皮膚を、まるで温めたナイフでバターを切り裂くかのように、十字に美しく切断している。
「超古代の属性魔術と、我が家に伝わる剣技の組み合わせが、まさかこれほどの破壊力を生むなんて……。最高に素晴らしいわ!」
彼女は愛剣の威力を確かめ、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
一方でパスカルは、自身の武器である『魔鋼糸・改』に、超古代魔術の初級電撃を這わせ、牛頭魔人を相手に捕縛術を試していた。
ミノタウロスは鋭利な魔鋼糸によって瞬時に身動きを完全に封じられ、糸を伝う高電圧の雷撃によって声を上げる間もなく絶命した。
「なるほど。初級の電撃魔術でこの威力か。だが、現在の魔鋼糸の強度では、この伝導率が限界のようだな」
ふむ、彼も十分満足してくれたようだ。
おそらく学院に戻ったらすぐ、実家であるヴィルト侯爵家の工房に、この魔鋼糸のさらなる改良版を発注するに違いない。
十歳組の面々は、概ね順調に新しい力を手になじませているようだ。
最初の試し打ちで満足したシーは、すでに戦場から離れて、自分で淹れたお茶をのんびりと楽しんでいる。
さて、五歳組の様子は……と。
俺は視線を広場の端へと向けた。
マイクロンは五歳児とは思えないその頑強な巨体を活かし、身体強化の術を重ねて、正面からミノタウロスを力業で圧倒していた。
コルセーアは、新調した風魔法の烈風を用いて、上空を舞うワイバーンの翼を叩き切り、終始優位に戦闘を進めている。
ソーニは広範囲に広がる雷撃魔術を展開し、群がってきたホブゴブリン数体を一網打尽にして塵へと変えていた。
そしてレーノは、土魔法と空間魔法を巧みに応用し、皆が倒した魔物が消えた後に残る『魔石』を、一ヶ所へと自動で掃除のようにつぎつぎと回収する独自の役割に徹していた。
そんな中、アドミナだけが、顎に手を当てて何やら難しい顔で考え込んでいた。
気になった俺は、妹の元へと歩み寄って声をかける。
「アドミナ、どうしたんだい? 随分と深刻な顔をして考え込んでいるようだけど」
「いえ、お兄様。少々、不気味に感じる点がありまして」
「気になること?」
「ええ。あの操作盤から呼び出される魔物たちは、一体『何』を元手にして生成されているのでしょうか」
「アドミナも、バイナリと同じようにこの部屋の仕組みに疑問を持ったんだね」
「はい。ただ、私は魔物を実体化させるための膨大な魔力の供給源が、一体どこから引かれているのかが気にかかるのです。無限に湧き出ているように見えますが、その根元はいったいどこから供給されているのでしょう?」
「それは……遺跡の核にある無限の魔力から……いや、まさか!」
嫌な予感が頭をよぎり、俺は慌てて自身の体内に流れる魔導力と神聖力の状態を確認した。
脳裏に浮かんだ俺の能力値の画面──そこにある魔力と神聖力の『∞(無限)』の文字が、見たこともない禍々しい黄色い光でチカチカと点滅していた。
「……あいつら、俺の体内の魔力と神聖力を勝手に動力源にして湧き出てやがる!!」
「お兄様、前々から世の理から外れた規格外なお人だとは思っておりましたが、魔力と神聖力が本当に無限に存在していらしたのですか?」
「ああ! ここだけの秘密だが、本当に底がないんだ! だが、その無限の数値が、今は見たこともない警告色で激しく明滅している!」
「それは非常に危険ですわ! 手遅れになる前に、今すぐこの場から撤退するべきです!」
「そうだな! ──全員、訓練を一時中断だ! 避難するぞ! バイナリ、今すぐ魔物の出現を停止させてくれ!」
「それがさ、ルーカス……止めるためのレバーが、今ぽきって折れちゃった」
バイナリは困り果てた顔で、根元から綺麗に折れてしまった金属製の制御レバーを、右手に持ってブラブラと揺らしていた。
◆
その頃、地上では──。
セマフォ殿下が、優雅にお茶を口に運んでいた。
「そろそろ、地下のルーカス伯爵から、定時の状況連絡があっても良さそうな時間なのだが」
「迷宮の最深部に身を置いているのですから、そう簡単には地上へ伝令を送れないのでしょう。今は焦らず、信じて待つべきかと存じます」
「うむ、確かにそうだな。ルーカス伯爵、君を信じているぞ」
◆
その頃、地下の訓練場では、俺は一度全員を引き連れて中央指令室へと撤退することにした。
操作盤が物理的に破損した以上、中央指令室の本元にある管理システムから、訓練場の魔物生成システムを強制的に遮断するしかないと考えたからだ。
しかし、俺たちの退路を阻むように、空間からはスケルトン・ドラゴン、エンシェント・ドラゴン、ミノタウロス、キメラ、そしてホブゴブリン等の大群が、文字通り無限ループの如く溢れ出し、広大な訓練場を凄まじい密度で圧迫し始めていた。
「全員、持てる最大火力を叩き込め! 中央指令室へと続く昇降機までの道を、力業で切り開くんだ! このままだと、魔物の圧力が訓練場の許容量を突き破って、外の通路へ大氾濫を起こしてしまう! 俺は今から地上の殿下へ緊急の連絡を入れる、その間、みんなの前線維持を頼む!」
◆
再び、地上では──。
通路の奥から、凄まじい速度でルーカスの折り紙の式神が飛来した。
それはセマフォ殿下の腕に鋭く止まると、一瞬で一枚の緊急報告書へと姿を変える。
そこに書き殴られた戦慄の文面を目にした瞬間、セマフォ殿下の顔から血の気が引いた。
「……今すぐ、学院にいるSクラスの動ける者を総員、戦闘配置につかせろ!! 超古代遺跡の内部にて、大規模な『魔物氾濫』が発生した!!」
殿下のその悲痛な怒号を聞いた瞬間。居残っていたSクラスの面々は──なぜか、一斉に狂喜乱舞の歓声を上げた。
「ひゃっほーう! 腕が鈍りそうだったんだ、実戦の経験値稼ぎに丁度良いぜ!」
「ああ! ちまちました地味な後方支援なんて俺たちの性に合わなかったんだよ! ここらで派手に大技を発散させてもらう!」
口々に叫びながら、武器を抜き放ち、むしろ大喜びで前線へと駆け出していく。
「いや、大規模な魔物氾濫だぞ!? お前たち、なぜ喜んでいるんだ、正気か!?」
「殿下。今の彼らに何を言っても無駄でございますよ。優秀であるがゆえに、留守番を命じられて相当な鬱憤が溜まっていたのでしょう」
「……ならば、遺跡の入り口にある結界の強度を最大まで引き上げろ! 一匹たりとも学院の敷地外へ出してはならない! Aクラス以下の一般生徒の手には負えん大惨事になる!」
「聞いたかお前ら! Aクラスの奴らじゃ腰を抜かすような、最高の獲物が一斉に降りてくるぞ! 気合いを入れて神速で刈り取るぞ!」
「「「おおおおお!!」」」
「殿下、恐ろしいことに、返って彼らの闘志の炎に薪をくべてしまったようですね」
「……頼むから、そんな冷静に解説しないでくれ!」
◆
その頃、地下の深部では──。
ルーカスたちは、底なしに湧き出し続ける魔物の大群を相手に、先ほど脳内に刻んだばかりの超古代魔法や神聖術を文字通り全力で行使し、中央指令室への突破口を開くために必死の攻防戦を繰り広げているのだった。
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