第一話 問題だらけの遺跡と、ルーカスの歓喜
最上位であるSクラスは現在、各学年に約五名ずつ存在している。
今回の超古代遺跡への挑戦には、その内の七割にあたる三十五名が赴くことになった。
そして残りの十五名が学院に残留し、後方支援を担う手筈となっている。
驚くべきことに、十歳組と五歳組の生徒は全員が参加を表明していた。
他の十一歳から十五歳、および六歳から九歳階層の面々は、何らかの理由をつけて支援に回る者を出していたというのに──だ。
これは、「ルーカスが行くなら自分たちも」という十歳組と、「アドミナが行くなら僕たちも」という五歳組の、奇妙な団結の表れであった。
要するに、Sクラス全体がマギナ兄妹の存在に振り回されている構図なのだ。
これら三十五名の精鋭たちは、通い慣れた人工迷宮を踏破し、問題の超古代遺跡の入り口へと立っていた。
この拡張工事を請け負っていた学院の卒業生である職人たちの話によれば、人工迷宮からかなりの数の魔物が、この超古代の遺跡へと迷い込んでしまったらしい。
現在はこれ以上の魔物の侵入を防ぐために強固な結界が張られており、通過できるのは人間だけだという。
「なんだか、とても胸が躍りますね」
「おっ、アドミナもそう思うか。実は俺もなんだよ」
周囲が息を呑む中で、マギナ兄妹の二人だけが緊張感の欠片もない会話を交わしている。
他の面々は張り詰めた空気を肌で感じながら、自身の装備や罠解除の道具、保存食などの点検に余念がない。
十歳組の面々はルーカスの緊張感のない様子に苦笑いを浮かべ、五歳組のマイクロンはアドミナの言葉に「僕が守ってみせる」と勝手に士気を高め、その他の面々は一様に顔をこわばらせていた。
ここで、ルーカスの提案によって臨時の陣形が組まれることになった。
最前衛には、ルーカス、ルビィ、そして辺境伯子女のシー。
中衛には、侯爵家のパスカル、アドミナ、マイクロンの三人。
後衛には、バイナリ、コルセーア、ソーニ、レーノが配される。
あらゆる魔術や武技をこなす万能型のルーカスは本来なら中衛に位置するべきなのだが、前世の『守』だった時代の記憶──MMORPGの世界で、巨大な盾を構えて仲間を守る「絶対防壁(Aegis)」を担っていた経験から、全体の調和を考えて自ら最前線へと立ったのだ。
五歳組はアドミナを除いて全員が遠距離の魔導師を志す者ばかりだったが、マイクロンだけは、己の頑強な防御力を活かしたいという本人の強い希望によって中衛に志願していた。
アドミナは賢者として万能に立ち回れるため中衛に、パスカルは扱う魔鋼糸術が中距離での戦闘と極めて相性が良いため、同じく中衛に収まった。
その他のメンバーは、それぞれの適性に応じて自然と前衛と後衛に分かれた形である。
◆
通常の迷宮探索であれば罠を感知する斥候が必須となるが、化け物揃いのSクラスは違う。
これまでは、迫り来る罠も魔物もすべて力業でねじ伏せて進んできた。
今回もその力業で押し通すつもりだったのだが、超古代の遺跡は一筋縄ではいかなかった。
あまりにも精緻な古代の罠を力業で解除することができず、早々に脱落する者が相次いだのだ。
そんな窮地の中で大活躍を見せたのが、十歳組と五歳組の合同陣形──というよりは、ルーカスその人であった。
ルーカスは自身のスキルとして、全言語理解及び会話マスタープラグインを有している。
超古代の言葉であろうと何であろうと、前世の母国語に変換した状態で読み書きし、会話を交わすことができるのだ。
ゆえに、通路のあちこちに刻まれた【この先、罠地帯につき危険。立ち入るべからず】という、現代の魔導師には読めない警告の碑文をすらすらと読み解き、何ら危なげなく先へと進んでいくのだった。
◆
「おっ、この先に休憩所があるみたいだぞ。清潔な衛生室も完備されているようだから、ここで一旦、休息を取ろうか」
「ルーカス、お前本当に超古代の文字が読めるんだな……」
「ああ、バイナリ。俺にすべて任せておきなさい」
「流石です、お兄様!」
「いやあ、それほどでもないよ、アドミナ」
「本当に、どこまでも規格外な人ね」
「ルビィとは長い付き合いなんだから、俺の優秀さは分かっているだろう?」
「まあ、それはそうだけど」
そんな呑気な会話を交わしながら一同が進んでいくと、ルーカスが不意に足を止めた。
「魔物が現れたら敵の注意は俺が引き受けるし、罠の解除も俺がやるから皆は下がっていてくれ」
「ルーカス、なんだかこういう探索にひどく手慣れているわね。私の記憶が確かなら、あなたが本格的な迷宮に入るのはこれが初めてのはずじゃなくて?」
「ああ、それはブルスクで、嫌というほど経験を積んだからね」
「ブルスク? それって一体どこの迷宮のこと?」
「あ、いや……東方の、とある遥か遠い国の迷宮さ」
(やべえ、前世のMMORPGで散々全滅を繰り返した経験のことを口走ってしまった。何とか誤魔化さないと……)
「またその『とある国』の話なのね」
「ははは、まあ気にしないでくれ。この調子でどんどん奥へ進もう」
「分かったわ」
「ルビィは物分かりが早くて助かるよ」
(ふう、何とか誤魔化せたな……)
ルーカスが胸をなでおろしたその時、通路の奥から低い唸り声が響いた。
「ゴブリンが十体か。とりあえず、足止め(バインド)からの強制睡眠」
ルーカスは締まらない様子で、ごく平然と下級の弱体魔術を発動した。
襲いかかろうとした魔物たちの足元から光の蔓が伸びて拘束し、そのまま次々とその場にくず折れて眠りに落ちていく。
「あとは前衛の二人、よろしく。中衛と後衛の面々も、試してみたい新しい魔術や技があれば、ここで実験してみるといい」
「ルーカス、君は本当に少しも緊張というものをしないのだね」
「ああ。まだ超古代遺跡に入ったばかりの序盤だからね。こんな最初の弱い魔相手に、最初から大魔術を使うのも不経済だろう? バイナリだって、小鬼一匹を相手に伝説の竜を召喚したりはしないだろう?」
「言われてみれば確かにそうだけど……。何か不測の事態があったらと思うとね」
「じゃあ、気晴らしに地図作成の手伝いでもしてみるかい? 空間を把握して書き写すだけだけど。ちなみに、今俺が作った地図はこんな感じだよ」
ルーカスが提示した羊皮紙を覗き込んだ一同は、一斉に声を揃えた。
「「これ、超古代の文字で書かれていて読めない!!」」
「おお、綺麗に声が揃ったね。いや、ごめんごめん。つい頭の中で翻訳するより、そのまま書き写した方が早かったからさ」
そんなやり取りをしている間に前線の魔物は片付き、一行は再び歩みを進めた。
「うん、ここだな。休憩所だ」
「……ただの石壁に看板が掛けてあるだけで、中には何も入れそうにないけれど?」
「ああ、バイナリ。ここに隠された意匠があってね、これをこうして押すと──」
地響きのような音と共に、右側の強固な壁がスライドし、奥に巨大な空間が姿を現した。
「全員中へ。入ったね? じゃあ、外の魔物が入ってこないように、一度扉を閉めるから」
ルーカスが再び隠し意匠を操作すると、重苦しい音を立てて入り口の石壁が完全に閉ざされた。
「衛生室は右側が男子、左側が女子用って書いてあるね。そろそろ日も高いし、ここで昼食にしよう。今日は特別にカツ丼だよ」
「えっ、あのカツ丼!? それは嬉しいわね!」
「ルビィ姉さま、その『カツ丼』というのは一体どのような料理なのですか?」
「ルーカスの得意料理で、とても縁起の良い食べ物なのよ。確か、大事な勝負事の前に食べると、勝利を収める可能性が格段に上がるのだとか」
「そうそう。これから最下層の深部まで潜るんだから、今のうちに縁起を担いでおこうと思ってね。さあ、みんなどうぞ」
「へぇ、これがカツ丼か……良い匂いだ。どれ……」
「美味しい!」
「うん、凄く美味しいね!」
それを皮切りに、空間のあちこちから美味しいという歓声が上がった。
概ね全員の口に合ったようで、ルーカスは満足そうに微笑んだ。
◆
十分な休息を終えて休憩所を後にした一行は、超古代遺跡の探索を再開した。
しばらく通路を進むと、行く手に重厚で巨大な鉄の扉が行く手を阻んだ。
扉の上部には【中央指令室】と刻まれている。
その扉の右横には、魔導盤のような特殊な操作端末が据え付けられていた。
内部に進むには特定の符号を入力する必要があるようだが、その周囲の壁には、大昔の技師が残した落書きのような痕跡があった。
ルーカスが早速、その文字列を前世の言語に翻訳してみると──。
「はぁ?」
「どうしたの、ルーカス?」
「いや、何でもないよ」
(『年・月・日』の八桁の数字がそのまま初期設定の符号だなんて、この遺跡の防衛意識、ガバガバじゃないか……)
ルーカスは呆れ果てながらも、超古代の年代記から逆算した当時の年月日を魔導盤へと入力していく。
僅か三回ほどの試行で、カチリと小気味よい音が響いて巨大な扉が開いた。
「本当に手慣れているわね。まるで、こういう機構を専門に扱う職人のようだわ」
「ああ、ルビィ。超古代の文字が読めるおかげで、ただ指示通りに操作しているだけだよ」
「そうなの?」
「ああ、そうさ」
(この調子なら、中央指令室の中にある本元の管理システムも簡単に操作できそうだな。ニシシ……)
「ルーカス、お前またろくでもないことを考えてるだろう。顔が酷くにやけているぞ」
「そんなことはないさ、バイナリ。ちょっとここの監視用の魔道具の仕組みが穴だらけで、簡単にこちらの制御下に置けそうだったから、嬉しくて少し顔に出ていただけさ」
「流石はお兄様! 超古代の文明の遺物を、いとも簡単に使いこなしてしまうなんて!」
「ああ、アドミナ。大船に乗ったつもりでこの兄にすべて任せなさい」
「はい!」
無邪気に微笑み合う兄妹の会話を聞きながら、残された他のメンバーたちの胸の内は完全に一致していた。
『……その大船が、泥船でなければいいんだけど』
一抹の不安を抱えつつも、一行は開かれた中央指令室の中へと足を踏み入れていくのだった。
◆
一方、地上では──。
残留組の総指揮を執るセマフォ殿下が、届けられる報告書に目を通しながら呟いていた。
「他の一時しのぎの集団からは落選者が続出しているけれど、ルーカス伯爵のところは極めて順調なようだね」
「ええ、そのようでございます。今のところ、最奥に向けて最も早く突き進んでいるのは、ルーカス伯爵率いる合同の組ですね」
地上では、生還した落選者たちから聞き取った情報を元に、遺跡内部の地図の作成が急ピッチで進められていた。
万が一の遭難者が立ち出た際、迅速に救助へと向かうために必要な、極めて重要な後方支援の任務である。
セマフォ殿下は毅然とした声で周囲に命じた。
「後方待機班は、戻ってきた負傷者の治療を最優先に。それと、迷宮内部の情報共有をさらに徹底してくれ」
(ルーカス伯爵……君の実力は信頼しているけれど、どうか無茶だけはしないで欲しい。君は僕の未来を支える、最も有力な側近の筆頭なのだからな……)
九歳とは思えぬ真剣な眼差しで、セマフォは地下にいる親友の無事を深く祈るのだった。
◆
その頃、中央指令室の内部へと入ったルーカスたちのメンバーは、正面に掲げられた巨大な光の天幕を見上げて驚愕の声を上げていた。
そこには遺跡全体の詳細な三次元地図と、その中で怪しく明滅しながら動く、無数の赤い光点が映し出されていたのだ。
「兄さま、これはもしかして……この遺跡の全容と、この赤い点は私たちSクラスの位置を示しているのですか?」
「ああ、流石はアドミナだ。よく気付いたね、その通りだよ。それから、そこの保管庫から人数分の『認識鍵』を見つけたから、皆に渡しておくよ」
ルーカスから手渡された薄っぺらい金属の板を、バイナリは不思議そうに眺める。
「この平らな板切れが、扉を開ける鍵なのか?」
「ああ、バイナリ。これはこうして使うんだよ」
ルーカスは室内にあった別の小扉の側面にある、四角い魔導盤面に向けてその板を軽くかざしてみせた。
すると、流れるような動作で扉が自動的に左右へと開く。
「こんな具合さ。それと、これはここの移動許可証にもなっている。ほら、俺たちが今いる場所の印が、正面の天幕で青色に変わっているだろう?」
ルーカスが正面の巨大な光の天幕を指差すと、一同は感心したように息を漏らした。
「へえ……超古代の文字が読めるだけで、これほど容易に未知の遺物を動かせるものなのか。俺も今回の調査が終わったら、本格的に超古代文字の学問を始めてみようかな」
それまで静かに状況を見守っていたパスカルが、感銘を受けたように呟いた。
「入門編として、まずは通常の古代文字から始めるのがお勧めですよ」
「ああ、一般的な古代文字ならすでに修めてあるから大丈夫だ。シーも古代文字には明るいから、戻ったら講師を頼むよ」
「ええ、お安い御用です。他に対象の希望者はいるかな? ……おや、全員の手が上がったね。皆、向上心があって素晴らしい」
「いや……ルーカスに何もかも任せっきりだと、万が一何か不測の事態が起きた時、俺たちでは全く対処できなくなってしまうからね」
「なるほど、一理あるな。それじゃあ、一旦地上の学院へ引き返すかい?」
「いや、今回は行けるところまでこの目で見てみたい。ルーカス、案内を頼めるか?」
「ええ、喜んで。俺に付いてきてください」
こうして一行は、この中央指令室を絶対的な拠点とし、さらなる深部への本格的なハッキング──もとい、探索を開始するのだった。
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