第八話 決勝戦
「ふん、化けの皮が剥がれたのは、偉そうに大口を叩いていたあの男の方だったわね。とんだハリボテだったこと」
「ねえ……私、次の準決勝は棄権しようと思うの」
「あら、あのアドミナの戦いぶりを見て、急に腰が引けたのかしら? あなたもあの男と同じハリボテなの?」
「違うわよ。ただ、あの子と正面から対峙すると、自分のすべてを見透かされて、取り返しのつかない致命的な弱点をさらけ出す結果になる……そんな不吉な予感がするのよ。あの子の職業は『賢者』。賢者ゆえに、私たちの思考も戦術も、すべて筒抜けになっている気がしてならないの」
「ふーん、弱気なことね。勝手にしなさい」
「ええ、そうさせてもらうわ。学院の運営側に、今すぐ棄権を申し込んでくる」
そう言って、魔導師の少女は怯えた様子で去っていった。
残された少女は、その背中を見送って鼻で笑う。
「意気地なしね。私はあんな腰抜けとは違うわ。この序列決定戦で優勝して、Sクラスへの切符を手に入れるのはこの私、キャッシーなのだから。あの子には、私のとっておきの初見殺しの秘術を拝ませてあげるわ」
◆
専用の控室にて、マナポーションを口にして失った魔力を補填していたアドミナの元へ、学院の運営係が慌てた様子で駆け込んできた。
「アドミナ君、準決勝ですが、キャッシーさんの不戦勝が決まりました。対戦予定だった生徒が直前に棄権を申し出たためです。したがって、君にはこのままキャッシー君との決勝戦に臨んでもらいます」
「……分かりました。決勝戦は、今すぐ始まるのですか?」
「いえ、約半刻ほどの休息時間を挟んで執り行われます。それまでに、万全な状態まで回復させておいてください」
「わかりました」
係員が退室した後、アドミナは静かに思考を巡らせる。
(……準決勝を戦わずに棄権したということは、私に手の内を明かさないつもりかしら? となると、決勝の相手は初見殺しの大技を仕掛けてくる可能性が極めて高いわね。初手は無理をせず、慎重に相手の様子を見ることにしましょう)
アドミナは手元の資料に視線を落とし、対戦相手の情報を精査した。
(私のお兄様と同じように、あらゆる分野の戦闘技術を修めた万能型の術士か。魔法、神聖術、そして剣術のすべてを高い水準で修得している。……こちらも、何か秘蔵の初見殺しの技を見せるべきかしら? いえ、そんな付け焼き刃の奇策で辛うじて勝ったところで、あの怪物たちが揃うSクラスには到底届かないわ)
アドミナは再び古代の魔導書を開き、基礎的な術理の確認に没頭した。
(基礎の積み重ねこそが、最強へと至る唯一の近道。……これもお兄様の言葉ね。お兄様をがっかりさせないためにも、ここは気を引き締めて頑張らないと)
そして約束の半刻が経過し、ついに決勝戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
◆
「逃げずにちゃんと舞台に上がってきたのね。その度胸だけは褒めてあげるわ」
「それはどうも」
「ふん、私は特待生として、実力だけでのし上がってこの学院に来たのよ。そこらのハリボテや意気地なしの家柄貴族たちと一緒にされちゃ困るわね」
「そうですか。あなたの事情はよく分かりましたから、そろそろ始めましょう。……二人の戦いの円舞曲を」
「それを、あなたの鎮魂歌にして差し上げますわ! 審判、合図を!」
その言葉を合図に、試合開始の鐘が甲高く鳴り響いた。
アドミナは素早く身を引き、瞬時に転移魔法を発動してキャッシーの右隣の空間へと移動した。
その直前までアドミナが立っていた武闘台の床面には、凄まじい衝撃によって深いクレーターが穿たれていた。
(──これは、まさか……)
「ふん、うまく躱したようね。でも、いつまで躱し続けられるかしら!」
再び身に迫る不可視の圧力を感じ、アドミナは転移魔法で今度は上空へと逃れる。
しかし、キャッシーは呪文を唱える気配すら見せない無詠唱の技術で、アドミナの移動先を正確に追尾し、次々と虚空に爆縮のクレーターを作り出していく。
「……無属性の『重力魔法』ね」
「きゃははは、大正解よ! どこへ逃げようとしても、この私が展開する重力の檻からは絶対に逃れられないわ!」
首筋にチリッとした生命の危機を察知したアドミナは、すぐさま空中転移を発動させ、空中から再び武闘台の地上へと舞い戻る。
その一瞬後、先ほどまで彼女が滞空していた真下の空間が、激しい重力の塊によって押し潰されていた。
(ならば──)
アドミナは着地と同時に、自身の周囲に『反重力の結界』を瞬時に展開した。
キャッシーの放つ凶悪な重力魔法と、アドミナの張った反重力の結界が、互いの魔力を削り合いながら軋んだ音を立てる。
アドミナは複数の魔法を同時に制御する高度な並列発動を用い、反重力の結界を維持したまま、最高位の氷属性魔法『絶対零度』を解き放った。
しかし、放たれた無数の氷塊は、キャッシーの身体に到達する直前で、不自然に下方へと進路をねじ曲げられて床へと叩きつけられていく。
何度試しても、結果は同じだった。
「無駄よ! あなたがどれほど強力な攻撃魔法を持っていようが、私の重力魔法の前にはすべてが無力なの! どんな魔法であれ、私の元へ届く前にすべて重力によって叩き落とされるわ。大人しく、重力の前に首を垂れなさい!」
(なるほど、そういう仕組みね。それならば──)
◆
「重力魔法かね。また、滅多にお目にかかれない希少な属性が出てきたものだ」
「ですが、あの手の魔法の対処方法はいくらでもありますよ、校長先生」
「ほう、ルーカス伯爵、君ならどう対処するのかね?」
「簡単なことです。大きな力に対しては、それを上回る『より大きな力』を真っ正面からぶつければいい。……今、あの子がしようとしているようにね」
「なんと……?」
フォーク校長が怪訝そうに武闘台へと視線を戻したその瞬間、アドミナは反重力の結界を維持したまま、自身の手で新たな術式を展開しようとしていた。
それは──キャッシーの得意分野であるはずの、重力魔法だった。
◆
アドミナが選択したのは、現代の帝級魔法ではなく、あえて合宿中に魔導書で学んだ『古代魔法』に記されている重力術式だった。
現代の魔法体系とは異なり、古代の術理がもたらす重力の質量は、あまりにも桁違いに重い。
キャッシーは、自身が優位を保つために展開していた重力結界の許容量を遥かに超える、アドミナが放った数倍もの超重力によって、その場に強烈に押し潰されそうになった。
「な、に、これ……っ!?」
キャッシーは慌てて自身の魔法を解除し、その場から逃れようとする。
しかし、アドミナが放った古代の重力の檻はあまりにも強固であり、指一本動かすことすらままならない。
アドミナは、さらに重力の強度を引き上げた。
「早く、同じように反重力の魔法を使って術を中和しないと、肉体が完全に押し潰されますよ、キャッシーさん」
「……き、でき……」
「ん? 何ですか?」
「できるわけないでしょ、そんなの! 私は相手を引き潰す重力魔法にしか興味がなかったから、反重力の術理なんて修めていないわよ!」
「基礎を怠り、応用の技術だけを求めた結果ですね。……そのまま潰れてください。それとも、今すぐ負けを認めますか?」
「くっ……! 誰が、あなたなんかになびくものですか!」
「そうですか。それは残念です」
アドミナが冷酷に告げると同時に、重力の負荷がさらに一段階跳ね上がった。
キャッシーはもはや立っていることすらできず、地面へと無様に這いつくばっている。
それでもなお降伏を拒む彼女に対し、アドミナは追撃の『絶対零度』を放った。
最高位の氷結魔法は、キャッシーの頭上で超重力に引かれて不自然に軌道を折り曲げ、そのまま彼女の背中へと真っ直ぐに直撃した。
もはや、アドミナ自身に必中の技能があるかどうかなど、勝敗には何の関係もなかった。
放たれた魔法のすべてが、キャッシー自身が放つ、そしてアドミナが上書きした重力そのものに引き寄せられ、逃げ場のない標的へと正確に降り注ぐのだ。
「がはっ、あ、あああ……!」
「さあ、早く降伏の合図を!」
「だ、誰が……そんな……」
アドミナは表情を変えず、重力の強度を維持したまま、容赦なく氷結魔法を何度も何度も打ち放ち続けた。
「さあ、どうしますか?」
「……」
返事はなかった。
不審に思ったアドミナが魔法の行使を止め、霧が晴れた武闘台の上を観察してみると、キャッシーは白目を剥いて口から泡を吹いていた。
凄まじい重力の圧力に耐えかねて、その場に汚物すら撒き散らして完全に失神している。
アドミナが重力魔法を解除し、審判の方へと視線を向けると、事態を察した審判が即座に駆け寄って少女の状態を確認した。
そして、キャッシーを戦闘継続不能と判断し、アドミナの勝利を告げる鐘を盛大に鳴り響かせた。
キャッシーの身体には、即座に待機していた救護班による治癒魔法が施された。
内臓はひどく破裂し、肋骨も何本もへし折れているという極めて危険な状態だったが、高位の蘇生・治癒魔法によって、その肉体は一瞬で元の万全な状態へと全回復させられた。
それでも、彼女の精神的なショックは凄まじく、しばらくの間は目を覚ます兆候すらなかった。
これこそが、学院の序列決定戦における、完全なる勝者が決した瞬間だった。
湧き上がる歓声の中、アドミナは一切の躊躇なく、優勝者に与えられる特権──Sクラスへの挑戦権の行使を宣言した。
彼女が指名した対戦相手は、Sクラス5歳組において満場一致で『最強』と目される怪物──マイクロンであった。
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