第七話 準決勝戦
アドミナの圧倒的な一戦の余波により、今ひとつ盛り上がりに欠けた残りの準々決勝が終わり、ついに上位四名が出揃った。
アドミナを除くAクラスの三人はいずこかへ固まり、深刻な面持ちで話し合いをしていた。
「さっきのルーカス伯爵の解説、聞いた? 私、正直にいって今でも信じられないわ」
「ああ。だが、あの天才たる兄君は、アドミナの持つ必中の熟練度がどこまで進んでいるかについては頑なに口にしなかった。もしかしたら、そこにこそ我々の勝機があるかもしれんぞ」
「どういうこと?」
「つまり、狙いを定める技術がまだ不完全だからこそ、前回の試合ではあえて敵の懐に飛び込むような、極端な接近戦を持ち込んだのではないか、ということだ」
「なるほどね……。確かに一理あるわ」
「となると、アドミナの次の対戦相手は──」
「ふっ、俺の出番のようだな」
一人の男子生徒がそう言って、手にした魔力回復薬をぐいと飲み干した。
「俺が直々に、あいつの化けの皮を剥いでやるさ。どうせ、付け焼き刃の奇策に過ぎんのだろう」
◆
一方でアドミナもまた、専用の控室にて魔力回復薬を口にし、神聖力を練り直すための祈りを捧げ終えたところだった。
自身の小さな両手を握っては開く動作を繰り返し、完全に万全な状態へと回復したことを確認する。
(……ここまで、来られた)
アドミナは、あの時お兄様たちの提案してくれた短期合宿を断らなくて本当に良かったと、心から実感していた。
多少強引な訓練ではあったものの、確かな成果は今、この身に宿っている。
(もう、入学当初の何もできなかった駄目な私じゃない。お兄様たちが私にくれたこの力、存分に発揮してみせるわ)
視線を転じ、壁に貼られた対戦表を見つめる。
アドミナの次なる相手は、ルビィ姉さまと同じように、魔法と剣技を組み合わせて戦う魔剣士の少年だった。
(お兄様から直接伝授された『秘術・改』を使うべきか……。いえ、まだ早いわね。あれは優勝を果たした後の、Sクラスとの一戦まで大切に温存しておきましょう)
そう心に決めると、彼女は傍らに置いてあった古代の魔導書を手に取って頁をめくった。
地獄の合宿の合間に、お兄様が分かりやすくかいつまんで教えてくれた古代魔法の数々。
残念ながら、さらにその上位にあたる超古代魔法はあまりにも難解で、今の段階ではまだ理解が追いつかなかったが、一般的な古代魔法の類であれば、すでに完璧に使いこなすことができる。
扱う獲物が剣と槍という違いはあるものの、ルビィ姉さまからは騎士としての高潔な立ち回りと戦い方を教わっている。
(大丈夫。私なら、行ける)
そうして古代魔導書を読み進めて復習をしているところへ、本戦開始を告げる呼び出しの声がかかった。
アドミナは空間を切り取る古代の収納魔法を発動させ、手にした魔導書をその中へと滑らかに収めると、毅然とした態度で立ち上がった。
いよいよ、準決勝が始まるのだ。
アドミナは、ゆっくりとした足取りでアリーナの中央にそびえる武闘台へと向かった。
◆
広大な武闘台の上、アドミナと魔剣士の少年が静かに睨み合っていた。
広大な観客席は、水を打ったように静まり返っている。
集まった生徒たちは皆、この戦いこそがアドミナ=マギナという少女の真の価値を見定める、決定的な分水嶺になるのだと直感的に肌で感じ取っていたからだ。
じりじりとした緊迫した時間が過ぎていく。
やがて、審判が試合開始の鐘を激しく鳴り響かせた。
魔剣士の少年が雄叫びを上げ、アドミナに向かって一直線に突撃し、手にした長剣を鋭く振り下ろそうとした──その瞬間。
武闘台の上に、全く同じ姿形をしたアドミナが、何人も同時に出現したのだ。
突然の事態に慌てふためいた魔剣士は、どれがアドミナの本体であるのかを完全に見失ってしまった。
(──よし、古代の分身魔法、上手くいったわ。ここからは、私の反撃よ)
◆
結界の外側でそれを見ていたフォーク校長は、驚愕のあまり椅子から腰を浮かせた。
「これは……失われたはずの、古代の分身魔法ではないか! 確かあれは、高等部の来年からの教育課程に組み込まれているはずの術式……。それをこの年齢で、すでに修得済みであったというのか!」
「まあ、古代魔法の初歩程度であれば、片手間で教えてやることができますからね。超古代魔法に関しては、あの子にはまだ少し早かったようですが」
「……超古代魔法を自在に操ることなど、この学院、いや世界広しといえどもルーカス伯爵、君くらいのものだよ」
「恐れ入ります。ですが、まだ無理だというだけの話です。いずれは必ず、すべてを修得させるつもりですから」
「なんという末恐ろしいことだ。マギナの血筋というものは……」
隣で繰り広げられる二人の解説を耳にしてしまった周囲の観客たちは、一様に背筋を凍らせて身震いしていた。
彼らの心の中は今や、マギナ家の血を引く者は揃って異常であるという共通の認識で完全に支配されていた。
◆
アドミナの分身体たちが一斉に動き出し、魔剣士に対して鋭い近接戦闘を仕掛けていく。
少年は動揺を押し殺すように、自身の剣に激しい炎の魔力を纏わせ、迫り来る分身体を迎え撃とうと刃を振るった。
「纏わせる魔力といえば、どいつもこいつも炎ばかり。……馬鹿の一つ覚えね」
そう冷ややかに呟くと同時に、アドミナは槍の形態へと変形させた『ワイバーン・ワンド』の刃に、禍々しい紫色の電撃を奔らせた。
触れれば最後、激しい感電によって一瞬で身体の自由を奪われる呪いの雷だ。
魔剣士の少年は、その凶悪な一撃をひたすらに回避するしかなかった。
だが、多勢に無勢である。
一撃を加えては瞬時に身を引く一撃離脱の戦法を繰り出すアドミナたちの前に、少年は終始、完全に圧倒され続けていた。
追い詰められた魔剣士は、一発逆転を狙って危険な賭けに出ることにした。
周囲の分身体をまとめて一網打尽に吹き飛ばそうと、呪文の詠唱を省略する技術を用いて、武闘台の全域を凄まじい火炎の海へと変貌させたのだ。
「……本当に、馬鹿の一つ覚えね」
炎が燃え広がるよりも早く、アドミナの本体は空中浮遊の魔法によって、遥か上空へと容易く避難していた。
そして、無防備な地上を見下ろしながら、最高位の氷結魔法『絶対零度』を容赦なく周囲に撒き散らした。
降り注ぐ極寒の質量は、魔剣士の脳天を真っ直ぐに直撃するものもあれば、アリーナを囲む強固な防御結界に激突して跳ね返り、死角から彼を捉えるものもあり、その軌道は様々だった。
しかし、そのすべての氷塊が、ただ一つの例外もなく、吸い込まれるように魔剣士の身体へと命中していくのだった。
◆
俺は周囲の目を欺くためのダミーの魔石を手弄りしながら、ひっそりとアドミナの能力記録を確認した。
彼女の運の評価は、なんと驚くべきことに『SS』にまで跳ね上がっていた。
もう間もなく、俺自身が持つ最高峰の運である『SSS』の領域に手が届くほどの異常な数値だ。
だが、肝心の『必中』の技能段階は、相変わらず『実用段階』のままで停滞している。
そして、先ほどの試合では確認する必要のなかった魔法の項目を見れば、古代魔法は『完璧(百パーセント)』、超古代魔法は『修得中』へとそれぞれ進化を遂げていた。
俺は再び、眼下の武闘台へと視線を戻した。
激しい氷結の猛攻に耐えかねた魔剣士が、今度は自身を囲むように、炎による帝級の防御結界を必死に展開していた。
俺は、その少年の行動に対して、確かな違和感を覚えていた。
確かに炎属性は、魔剣士を志す者が好んで使う系統ではある。
だが、試合が始まってからというもの、俺はあの少年が炎以外の属性の魔法を行使している姿を、ただの一度も目にしていないのだ。
◆
アドミナもまた、空中から絶対零度の魔法を撃ち込みながら、その違和感の正体を正確に認識していた。
なぜ、頑ななまでに炎の魔法しか使わないのか。
……いや、使わないのではない。
あの男は、炎属性の魔法しか使えないのだ。
アドミナは絶対零度によって瞬く間に凍りついた武闘台に向けて、今度はそれと相乗する雷撃系統の極大魔法エクストラ・サンダー・ボルトを、同時に重ねるようにして放った。
激しい紫電が、氷に覆われた武闘台の表面を伝い、少年の身体を容赦なく包み込んでいく。
アリーナに、魔剣士の凄惨な悲鳴が響き渡った。
アドミナの脳内で、疑惑は確固たる確信へと変わる。
「あなた、大口を叩いていた割には、炎属性の魔法しか満足に使えないのね。……とんだハリボテだわ」
「な、何だと……っ!」
アドミナはその言葉にこれ以上答えることなく、無慈悲に電撃の魔法を乱打し続けた。
「ぐぎゃああああああああっ!」
アリーナの空間に、魔剣士の絶叫が幾重にも木霊する。
彼女が宿す『SS』という最高峰の運が作用しているためか、軌道がどれほど狂っていようとも、乱打された電撃魔法のほぼすべてが、吸い寄せられるように少年の肉体を的確に直撃していった。
やがて、あれほど激しかった悲鳴も途絶え、そこには煙を上げながら武闘台へと無様に倒れ伏す魔剣士の姿があった。
観客席からは、もはや驚嘆の声すら漏れてこない。
あまりの圧倒的な格の違いに、全員が声を失っていた。
審判が慌てて倒れた少年の状態を確認し、アドミナの勝利を告げる鐘を鳴らした。
アドミナはピクリとも動かない魔剣士を一瞥し、心の中で冷徹に告げた。
(明日からは、あなたが周囲から決闘の標的として狙われる番ね。……実力のないハリボテであることが、学院中に完全に暴かれてしまったのだから)
そんな残酷な現実を背中に残したまま、アドミナは一歩も立ち止まることなく、自身の控室へと静かに戻っていくのだった。
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