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第六話 ベスト八

 本戦トーナメントの栄えある上位八名が出揃った。


 アドミナの初戦の相手は、バイナリと同じ召喚術を専門とする少年だった。


 彼は最近になって強力なドラゴンを召喚・使役できるまでに成長し、次代のSクラス入りを最も確実視されている期待の星だった。


 そう、これまでは『だった』。


 だが、彼は致命的に相手が悪かった。


 地獄の短期合宿の仕上げとして、あらゆる属性の竜と実戦形式で戦わされ続けてきたアドミナにとって、召喚術師というのはこの上なく相性が良い、もっと言えば最高の獲物に過ぎなかったのだ。


 試合開始と同時に、対戦相手は土竜アースドラゴン火竜ファイアドラゴン氷竜アイスドラゴン、そして飛竜ワイバーンの計四体を同時に戦場へと呼び出し、アドミナへと一斉にけしかけた。


 しかし、アドミナは短い距離の空間転移を滑らかに繰り返し、四方から迫る巨獣たちの猛攻を翻弄するように躱しながら、反撃の決定的な機会をじっと伺っていた。


 そして、アースドラゴンがその大きな顎を開き、破壊の息吹ブレスを吐き出そうとした瞬間に、それは起こった。


 アドミナは今まさに息吹が放たれんとする土竜の頭上へ、短い転移魔法で一瞬にして移動した。


 そして、無防備に開かれた土竜の口内に向けて、最高位の風属性魔法エア・プレッシャーによる超高圧の衝撃波を絶え間なく叩き込んだのだ。


 結果、土竜の口内は凄まじい風の刃によって文字通り蹂躙され、その余波が脳天を真っ直ぐに直撃。


 巨躯は一撃で息絶え、光の粒子となって世界へ送還されていった。


 まさに、一瞬の出来事だった。


 これを目撃した召喚術師は血相を変え、残された三体の竜に対して、アドミナを標的に定めた一斉の息吹攻撃を命じた。


 だが、そこからは、ただの一方的な蹂躙劇の始まりに過ぎなかった。


 アドミナは、大技の魔力を溜める速度が速い従魔から順に、的確に処理を重ねていく。


 最初の犠牲となったのは、飛竜だった。


 大空の支配者であり、エンシェント・ドラゴンに次ぐ空の絶対王者とも称される猛獣。


 だが、現在のアドミナにしてみれば、ただの羽虫も同然だった。


 アドミナは、防護結界で仕切られた闘技場の上空という、狭く窮屈な空間を飛び回りながら息吹ブレスを吐こうとする飛竜の、その口内へと直接空中転移を敢行した。


 そのまま至近距離──というよりは内部から、最高位の雷撃魔法エクストラ・ライトニング・ボルトを遅延なく連続で射出する。


 飛竜は先ほどの土竜アースドラゴンと全く同じ悲惨な運命をたどり、激しく墜落。そのまま息絶えて送還された。


 主である召喚術師は慌てて残る二体に対し、危険を察知して息吹の発動を中断させようと試みるが、もう全てが手遅れだった。


 氷竜アイスドラゴンが極寒の息吹を放ちかける直前、アドミナはローカル・クエイク(局所地震)魔法で行使して氷竜の足元を激しく揺らし、その巨躯の体勢を完全に崩させたのだ。


 大技の発動を強制的に遮断された氷竜の、その目と鼻の先へと転移したアドミナは、最高位の火属性魔法をむき出しの口内へと連続で撃ち込んだ。


 激しい爆炎と共に氷竜の頭部が吹き飛び、息絶えた巨躯はゆっくりと消え去っていく。


 ついに残されたのは、火竜ただ一体となった。


 主の絶望的な叫びに呼応するように、火竜は持てるすべての魔力を注ぎ込んだ灼熱の息吹を激しく放った。


 ここで、観客席の誰もが目を疑うような驚くべき光景が広がる。


 アドミナが、今まさに放射されているその致命的な灼熱の炎に向けて、あえて正面から真っ直ぐに突っ込んでいったのだ。


 武闘台を形成する頑強な特殊合金ですら、触れれば簡単にドロドロに溶かすほどの火竜の息吹。


 誰もが──いや、観客席の最前列に陣取るルーカスたち一部の者を除いた全員が、アドミナの無惨な敗北と、恐ろしい結末を予想して悲鳴を上げた。


 だが、その予想は完璧に裏切られる。


 炎の渦の奥から、ズン、という重苦しい衝撃音が響いたかと思うと、火竜の眼前には、最高位の絶対零度の氷結魔法アブソリュート・ゼロを放つアドミナの毅然とした姿があった。


 アドミナ本人の肉体は確かに激しい炎のダメージを負っている。


 しかし、その傷口からは絶え間なく神聖な光が溢れ出し、恐ろしいほどの速度で肉体を自動回復リジェネさせていく。


 その傷つきながらも決して倒れない雄姿は、観客席の者たちに、かつての序列決定戦で無敵を誇った『不死の聖騎士』たるシー様の姿を強く彷彿とさせた。


 至近距離から氷結の最高位魔法を浴びた火竜は、頭部を完全に凍りつかせて沈黙。


 そこへアドミナが容赦なく『ワイバーン・ワンド』を叩きつけ、氷漬けになった頭部を木っ端微塵に粉砕した。


 最後の一体であった火竜もまた、ゆっくりと身を沈め、光となって消滅していった。


「ふう……。この最高位のエンシェント・ドラゴンの革で編まれたローブを纏っていなかったら、今の一撃で服が燃え尽きて裸になってしまうところだったわ」


 アドミナは小さく息を吐いてそう呟くと、静かに召喚術師の方を見据えた。


 広大な武闘台の上に残されたのは、アドミナと、魔力を使い果たしかけている少年の二人だけだった。


 重苦しい沈黙のみが、周囲の空間を支配している。


 召喚術師の少年は多少の剣術の心得があるらしく、腰の短剣を抜いて必死の形相でアドミナに切りかかってきた。


 だが、領地での日々の鍛錬や、あの地獄の短期合宿によって、俺やルビィから直接体術を徹底的に叩き込まれてきたアドミナの目には、その突撃はあまりにも鈍く、遅い動作にしか見えなかった。


 アドミナは『ワイバーン・ワンド』の術理を展開して槍のような長物へと変形させ、軽く受け流す。


 同時に、呪文の詠唱を必要としない下位の拘束魔法バインドを瞬時に発動し、相手の身体をその場に縫い付けた。


 完全に動きを止められた少年に対し、アドミナは槍形態に変えた宝杖の石突きで、容赦なく殴り、殴り、殴りつける──。


 まさに一方的な戦いだった。


 相手が苦痛のあまりぐらついた瞬間、彼女は最高位の火属性魔法プロミネンスを至近距離で発動し、外しようのない至近距離から少年の身体へと叩き込んだ。


 たまらず舞台の上を転げ回る少年に対し、アドミナは槍の穂先をぴたりと突きつける。


 勝負は決した。


 緊迫した空気の中、審判が慌てて割って入り、アドミナの勝利を告げる鐘の音が鳴り響いた。


 ◆


 俺は、ここまでの彼女の完璧すぎる試合展開に微かな違和感を覚え、アドミナのステータスを診て確認を試みた。


『必中』のスキル段階は、合宿終了時と変わらず『実用(五十パーセント)』のままだった。


 しかし驚くべきことに、生まれ持った運の評価が最高位の『S』へと爆発的な進化を遂げていたのだ。


 さらに、能力の習熟度を示す練度の段階も、合宿前の『I』から一気に二段階も上昇して『G』に達している。


 体力や腕力といった身体能力の数値も、五歳児としては異例中の異例である、すべて平均以上の『E』を維持していた。


 そして何より、その称号の欄には、誇らしげに『ドラゴン・スレイヤー』の文字が刻まれていた。


 どうやら、その跳ね上がった運の数値と称号の補正のおかげで、これほど激しい立ち回りの中でも、術の狙いが狂うことなく至近距離で確実に命中していたようだった。


「なるほどな……」


 俺が納得の声を漏らすと、隣に座るルビィが不思議そうに首を傾げた。


「何が、なるほどなの? ルーカス」


「いや。どうやら運命のサイコロは、完全にアドミナに有利な目を出すよう働き始めているな、と思ってね」


 俺は周囲の目を欺くために用意した、鑑定用のダミーの魔石を手弄りしながら囁く。


「アドミナの運の段階が、最高位の『S』にまで到達している。これなら、あとほんの少しだけ『必中』の技能そのものを鍛え上げれば、恐らくは……ね」


「そう……。本当に、長いようで短い合宿だったわね」


「ああ。アドミナの呪いが解けるまで、あと少しだ」


 ◆


 アリーナの広大な観客席は、今や完全な静寂に包まれていた。


 これが、かつてまともに的を狙うことすらできなかった、あの無能と噂されていたルーカス伯爵の妹なのか、と。


 唖然とする生徒たちの視線は、自然とその妹を育て上げた張本人である、俺の元へと集中し始める。


 当然、何が起きたのか説明を求める声が各所から上がり始めた。


 この大会を運営している学院の講師陣もまた、何としてでも事の真相を欲していたのだろう。


 俺たちの元へ、フォーク校長が直々に重い足取りで近づいてきた。


 ◆


「ルーカス伯爵。……今の凄まじい試合について、私に少し説明をしてくれるかね?」


「構いませんよ、校長先生」


 俺は、フォーク校長に対して、アドミナの魂に刻まれていた『必中(無効)』という特殊な技能の特性について、そのすべてを包み隠さず話した。


 ただし、今現在のアドミナの具体的な必中の習得段階がどこまで進んでいるかについては、あえて言葉を濁して教えなかった。


「なんと……そのような、生まれながらにして攻撃が確実に外れる呪いのような技能が存在していたとは。だが、それで合点がいったよ。君が解説してくれたおかげで、アドミナ君に関するこれまでの不可解な謎が、すべて綺麗に解けた」


「ちなみに、あの山での合宿の最後の仕上げとして、俺たちは彼女に様々な属性の竜を相手にした模擬戦を課しました。その結果がどうなったかは、今お前の目の前で起きた蹂躙劇を見れば、言うまでもないでしょう。アドミナの魂には、たった今、正式に『ドラゴン・スレイヤー』の称号が付与されました。それ以上の詳細については黙秘します。これから始まる彼女の戦いを、偏見のない状態で見届けたいですからね」


 そう言って、俺は手の中のダミーの魔石をわざとパキンと砕いて見せた。


「なるほどね。では、これからの本戦トーナメントも、大いに期待して良いのだな?」


「ええ。十分に満足していただける内容をお見せできると思いますよ」


 俺がそう言って話を締めくくると、フォーク校長は俺たちの傍らの空いている席に腰を下ろした。


「ここで、君たちと一緒にアドミナ君の活躍を見守らせてもらっても良いかね? できれば、また色々と解説もして欲しいのだが」


「ええ、構いませんよ。ちなみにアドミナには、ここにいるSクラスの全員が、それぞれの最も得意とする技術を惜しみなく叩き込んであります。最高位魔法を反動なしで連射するパスカル様の卓越した魔力制御、決して倒れない不死の聖騎士と称されるシー様の強固な神聖術、そしてルビィの鋭い剣術などです。バイナリには、模擬戦の相手として何度も竜を召喚してもらいました。セマフォ殿下には賢者の心得等を説いてもらいました」


「ふむ……。では君は、一体何を彼女に伝授したのかね?」


「それは、これからの戦いを見てのお楽しみ、ということで。最高の御馳走は、最後まで取っておいた方が人生は楽しいでしょう?」


「ははは、それもそうだな。一理ある」


「次は準決勝です。今のあの子なら、誰が相手であっても遅れをとることはないでしょう」


「ずいぶんと自信満々ではないか」


「何せ、兄妹揃って『ドラゴン・スレイヤー』の称号を冠することができたものですから。少々、嬉しさが勝ってしまいましてね」


「ふむ。大いに期待しているよ」


 こうして、序列決定戦の本戦トーナメントにおいて、アドミナ・マギナによる異次元の快進撃が、華々しくその幕を開けたのだった。

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