第五話 序列決定戦
俺たちは、地獄の短期特訓における最後の総仕上げとして、バイナリに頼んで強力なドラゴンを召喚してもらった。
ドラゴンの一体や二体、自力で討伐できてようやく一人前──などという、常識の外側を行く感覚を持ったSクラスの面々。
「さあ、サクッとドラゴンを仕留めて、ドラゴン・スレイヤーの仲間入りを果たそうじゃないか!」
「いやいや、兄さま! いくら何でもそれはちょっと無茶苦茶が過ぎませんか!?」
アドミナの悲鳴に近い抗議の言葉に対して、ルビィはどこ吹く風で笑い飛ばす。
「まあまあ、細かいことは良いからとにかくやってみるのよ! 話はそれからよ!」
「そうよアドミナちゃん。命中する確率はまだ五分五分といったところだけど、上手く当たれば儲けものでしょう? 今のあなたは、生まれ持った運の良さも最高水準まで跳ね上がっているのだし」
「そういうことだ。じゃあバイナリ、始めてくれ」
「本当に良いんだな? よし、それじゃあいくぞ!」
バイナリが呪文を唱えると、地響きと共に巨大な土竜が姿を現した。
防御力という一点のみにおいては、エンシェント・ドラゴンにすら匹敵すると言われる巨躯を前にして、アドミナは小刻みに足をガタガタと震わせる。
「アドミナ! ドラゴンの弱点は座学で教えた通りだ! あとはお前次第だぞ!」
咆哮を上げ、土竜がアドミナへと猛然と襲いかかる。
しかし、アドミナは極小の歩法と短い距離の転移魔法を組み合わせ、巨獣の猛攻を紙一重で次々と躱していった。
まさに、この兄にしてこの妹あり、だ。
彼女は土竜の攻撃パターンを完全に見切り、反撃のための決定的な一瞬をじっと待ち続ける。
そして、ついにその時が訪れた。
土竜が破壊の火炎を放つため、深く息を吸い込んで大きな溜めを作ったのだ。
その巨大な顎が、がら空きになって大きく開かれる。
それを見たアドミナは、不敵にニヤリと唇を歪めた。
彼女は恐れることなく、土竜の懐へと一瞬で肉薄する。
──そして。
◆
俺たちは、学院の序列決定戦が開幕する二週間前、無事に伯爵邸へと帰還した。
全員の衣服はボロボロに裂け、精神も体力も、まさに精魂尽き果てた満身創痍の状態だった。
屋敷に戻るや否や、全員で大浴場へと飛び込んで湯船に浸かり、心身を極限までリラックスさせる。
湯上がりに冷えた濃厚なコーヒー牛乳を飲み干してようやく一息ついた後、客間にセマフォ殿下、シー様、パスカル様、バイナリの四人を見送った。
俺とルビィ、そしてアドミナの三人は、そのままそれぞれの私室へと戻り、泥のように眠りこけた。
どうやら、丸五日間ほど昏睡するように眠り続けていたらしい。
セマフォ殿下はすでに迎えに来た従者と共に王宮へと帰られていたため、目覚めた俺は馬車を手配し、残るシー様、パスカル様、バイナリの三人をそれぞれの実家へと送り届けることにした。
馬車に揺られる中、隣に座るパスカル様がしみじみと呟いた。
「まさか、最後の仕上げにあんな手段に打って出るとはな……。やっぱり君らは血の繋がった兄妹だよ。土壇場での無茶振りの仕方がそっくりだ」
俺は苦笑交じりに応じる。
「ええ。ですがパスカル様、あの山での出来事に関しては、他言無用にてお願いできますか?」
「もちろんだとも。あれは彼女にとって最大の切り札だからね。──ふたりとも、良いね?」
パスカル様が念を押すように、シー様とバイナリに視線を向ける。
「ええ、もちろんでございますわ。誰にもお話しいたしません」
「ああ、僕も口は堅い方だからね、黙っているよ」
納得したように頷くと、パスカル様はどこか楽しげに目を細めた。
「序列決定戦がこれほど待ち遠しいと感じるのは、本当に久しぶりのことだな」
「そうですわね」
「僕は思い出すだけで、未だに胃がキリキリと痛みそうだよ……」
バイナリが弱音を吐いた後は、誰もが各々の思いに耽り、馬車の中は静寂に包まれたまま三人の帰路を進んでいった。
◆
そして、序列決定戦の一週間前になり、俺たちは正式に学院へと復帰した。
久しぶりに、かつて在籍していたFクラスへと顔を出したアドミナに対し、周囲の生徒たちは一様に冷ややかな視線を投げかける。
だが、当のアドミナはそんな周囲の反応などどこ吹く風といった様子で、何事もなかったかのように平然と授業を受けていた。
当然、彼女の復帰を面白く思わない一部の不届き者たちが、嫌がらせや挑発を仕掛けてくる。
中には、アドミナの逆鱗に触れようと、兄である俺への誹謗中傷をわざわざ目の前で口にする者までいた。
しかし、現在のアドミナは眉一つ動かさず、完全な無視を貫いた。
挑発してきた生徒たちは、手応えのなさに忌々しげに舌打ちをして去っていく。
そうして不穏な空気を孕んだまま、ついに序列決定戦の予選の火蓋が切って落とされた。
◆
五年前──俺たちが五歳だった頃に起きた前回の決定戦を踏まえ、学院側は様々な反省と検証を重ねていた。
その結果、同学年の最上位であるSクラスの面々は最初から別枠として扱い、通常の序列決定戦はAクラスからIクラスまでの生徒たちによって行われることになった。
これは要するに、常識外れの怪物たちをあらかじめ隔離するための措置である。
ただし、この一般の決定戦で見事に優勝を果たした者には、Sクラスのメンバーの中から一人を指名して対戦する権利が与えられ、そこで勝利すれば晴れてSクラス入りの切符を手にすることができる、という特例が設けられていた。
そして今、アリーナの広大な敷地を舞台に、AクラスからIクラスまでの全生徒が入り乱れる大乱戦──予選の幕が上がった。
◆
アドミナが配置された予選の組では、試合開始の前から、ある一つの暗黙の了解が成立していた。
「まずは、あの生意気なルーカス伯爵の妹から確実に潰す」
最弱と目される、あるいは隙のある存在から真っ先に間引きしていくのは、完全実力主義を掲げるこの学院における、至極当然の生存戦略だった。
そして、予選開始を告げる重々しい鐘の音が響き渡った。
──その、わずか二秒後。
アドミナが立つ周囲の地面には、対戦相手全員、さらには巻き込まれた審判までもが、重傷を負って一歩も動けずに転がっているという絶望的な光景が広がっていた。
勝敗は瞬く間に決したのだ。
だが、当のアドミナ自身は、手元を見つめながら、 (……たったこれだけの雑兵を片付けるのに、二秒もかかってしまうなんて) と、内心で己の未熟さを深く嘆いているのだった。
◆
目の前で起きた異常事態を把握するべく、防護結界の外側で戦況を見守っていた講師たちが、慌ててアドミナの元へと詰め寄った。
一体、今の一瞬で何をしたのか、と。
問われたアドミナの返答は、極めて簡潔なものだった。
「まず、無属性の音響魔法を広範囲に放ち、全員の鼓膜を潰して平衡感覚を奪いました。その直後、風属性の中級魔法を周囲に展開して、まとめて切り裂いただけです。……たったそれだけの連撃に、二秒も費やしてしまいました」
淡々と、さも当然のことのように答えるアドミナに対し、詰め寄った講師たちは言葉を失い、身体の奥底から湧き上がる恐怖を隠しきれずに震えていた。
こうして、アドミナの予選は一瞬にして終了した。
試合の合間に行われる短い休息の時間を終え、いよいよ本戦へと移行する。
ここからは、アリーナの中央に設置された特設の武闘台の上での一対一の決闘となる。
アドミナの胸は緊張に高鳴っていたが、兄である俺から譲り受けた『ワイバーン・ワンド』の柄を強く握りしめることで、必死に昂る気持ちを落ち着かせていた。
◆
本戦が進み、戦いは上位十六名による激突へと差し掛かっていた。
アドミナの次なる対戦相手は、予選を免除されてシード権を持って上がってきた、由緒正しきAクラスの男子生徒だった。
その男は、対峙したアドミナの小柄な体躯を見て、完全に侮りきった笑みを浮かべていた。
そして、傲慢に言い放った。
「なかなか素晴らしい杖を持っているじゃないか。だが、まともに的にも当てられないような無能なお前には、いささか分不相応な代物だな。この試合が終わったら、俺がありがたく没収してやるよ」
その挑発に対し、アドミナは冷徹な眼差しを崩さないまま、静かに言葉を返した。
「……では、あなたが負けたら、今すぐ最底辺のIクラスへ移籍してもらうわ。まともに術を当てられないと見下していた相手に無様に敗北したのですもの、恥ずかしくてAクラスの席になんて座っていられないでしょう?」
「な、何だとこの生意気な格下が……! 審判、早く試合を始めてくれ!」
激昂する男の声を遮るように、試合開始の鐘が鳴り響いた。
Aクラスの生徒は、誇示するように帝級の雷撃魔法を、詠唱破棄によって放とうとした。
しかし、その男が魔力を練り上げるよりも早く、アドミナは詠唱を必要としない瞬間転移の魔法を発動し、滑らかに相手の背後へと回り込んでいた。
気配に気づいた男が振り返る隙すら与えず、彼女は『ワイバーン・ワンド』の先端で相手の急所を無慈悲に滅多刺しにし、体勢を崩したところへ、至近距離から最高位の炎魔法プロミネンスを叩き込んだ。
これほど至近距離まで肉薄していれば、どれほど精度が狂っていようが外しようがない。
審判が慌てて制止に入るまでのわずかな間、アドミナの手先からは、発動直後の硬直を完全に失くした帝級魔法が、まるで弓兵の放つ矢のごとく目にも留まらぬ速さで連続射出され続けた。
結果として、そのAクラスの生徒は、救護班の放つ最上位の蘇生・治癒魔法によって肉体の傷こそ完全に癒えたものの、その圧倒的な暴力に精神が完全に崩壊し、そのまま学院を去る羽目になってしまった。
この凄惨な試合結果を目撃した生徒たちは、誰一人として声を出すことができず、ただ戦慄するしかなかった。
少なくとも、アドミナ=無能というこれまでの先入観は、この瞬間をもって完全に粉砕されたのだ。
それと同時に、最高位の魔法をまるで手品のように連続発射する彼女の戦い方を見て、観客席の視線が一斉にある一人の人物へと向けられた。
──パスカル様である。
あまりにも酷似したその戦闘技術に、誰もが合点がいったのだ。
そんな騒然とする会場の様子を、俺たち十歳のSクラス組とセマフォ殿下は、最前列の特等席から静かに見届けていた。
「なあ、みんな。僕たちはもしかして、とんでもない怪物をこの世に生み出してしまったんじゃないかい……?」
バイナリが、頬を伝う冷や汗を拭いながらぽつりと呟いた。
「いや、これくらいは普通だろう?」
俺が当然の権利のように返すと、バイナリ以外の全員が、深く納得したように一斉に頷いた。
「ええ、まあ普通よね」
「至極当然の展開だな」
「普通ですわね」
「むしろ、あの日々の成果を考えれば当然の結果と言えます」
ルビィ、パスカル様、シー様、そしてセマフォ殿下の順で、何の疑問も持たずに同意していく。
「俺としては、むしろまだ少し手ぬるいんじゃないかとすら思っているのだけど」
俺のその言葉に、怪物たちはさらに深く頷き合った。
そして、彼らのすぐ間近でその会話を耳にしてしまった一般の生徒たちは、Sクラスに君臨する者たちとの、絶望的なまでの価値観の乖離を思い知らされ、二重の意味で戦慄するのだった。
こうして上位十六名による激闘は幕を閉じ、ついに勝ち残った上位八名が出揃った。
Aクラスの精鋭が七名、そして底辺から這い上がってきたFクラスが一名──すなわち、アドミナ・マギナである。
本戦のトーナメントを揺るがす中心人物がアドミナであることは、もはや誰の目にも明らかだった。
勝ち残ったAクラスの面々は、先ほど彼女が見せた圧倒的な蹂躙劇を思い出し、内心では恐怖に身を震わせていた。
ただ、エリートとしてのプライドだけがそれを引き止めており、表面上はなんとか平静を装っているに過ぎなかった。
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