第四話 地獄の短期合宿
ルーカス伯爵邸で行われた緊急の会合にて、アドミナのための短期合宿における、それぞれの役割分担が決定した。
まずセマフォ殿下は、王族であり、次代の王太子であり、何より高位の『賢者』の職業をその身に宿している。
その立場から、先達の賢者として戦術や戦略の基礎をアドミナに叩き込むことになった。
シー様は、自身が誇る圧倒的な回復術を応用し、ただの賢者ではなく、戦場にあって決して倒れない『不死の賢者』としての立ち回りを教え込む。
パスカル様は、魔法を発動した直後に生じるわずかな隙、すなわち身体の硬直を完全に無くし、一ヶ所に留まったままで帝級魔法などの大技を絶え間なく連続発射できるよう、彼女の技術を極限まで鍛え上げる。
バイナリは、自身の得意とする召喚術を駆使し、実戦形式の模擬戦闘の相手を何度も務める。
そしてルビィは、今回の合宿の最重要課題である『必中』の技能を高めるための指導を担当することになった。
俺自身の役割は、自作の最高秘術である『ギャザーが集めし秘術・改』の継承、そしてアドミナの呪いを解くための、とある秘策の実行だ。
もし短期の訓練が予想よりも早く終わり、時間に余裕ができたなら、彼女が苦手としている古代魔法や超古代魔法の文字を分かりやすく噛み砕いて教えてやるのも悪くない、と密かに計画していた。
役割が決まった後、俺はアドミナの部屋の前に立ち、その頑なな扉をノックした。
「お兄さまには、合わせる顔がないから会いたくない」
部屋の奥からはそんな一点張りの声が返ってきたが、俺は扉越しに静かに、しかし力強く告げた。
「アドミナ。俺たちSクラスの全員とセマフォ殿下で、お前のために特別な短期特訓を行うことに決めたんだ」
その言葉を聞いたアドミナは、しばらくの沈黙の後、恐る恐る自室の扉を開けて顔を覗かせてきた。
激しく泣き腫らし、ろくに眠ることもできていないのだろう。
彼女の幼い顔には、目の下に痛々しいほどくっきりと隈が浮かび、その瞳は赤く充血していた。
「私……本当に、強くなれるの……?」
「ああ、お兄ちゃんたちにすべて任せなさい。お前が絶対に強くなれる方法を、あの決闘が終わった瞬間からずっと考えていたんだ。そのせいで、お前に余計な不安と思いをさせてしまってすまなかった」
そう言って、俺は妹に向かって深く頭を下げた。
「……兄さまが、そこまでおっしゃるのであれば。私、その短期特訓を受けます」
「そうか、よく言った。学院側にはすでに私的な長期欠席の許可を貰ってある。早速、特訓の舞台となる訓練所へ向かおう」
「く、訓練所……? どこへ行くの?」
「以前、俺が禁忌の魔法を試して、山肌ごと更地にしてしまった山があるんだ。あそこなら、どんなに全力で暴れても誰にも迷惑はかからないからね。荷物の準備ができたら声をかけてくれ」
「わかったわ」
やがて身支度を整えたアドミナを伴い、俺はセマフォ殿下やSクラスの仲間たちを一ヶ所に集め、空間を繋ぐ長距離の転移魔法を発動した。
◆
かつて俺が更地へと変えた、荒涼たる山の跡地へと転移した俺たちは、手際よく野営用の大型テントを張り、訓練の準備を整えた。
そして全員を前にして、俺は一つの衝撃的な事実を告白した。
「実は俺、他者の持つ能力を書き写して我が物にする、『スキルコピー』の力を持っているんだ。今から、アドミナが持っている『必中』のスキルを俺の魂にもコピーする」
あまりにも突然の告白に、ある者は「やはりお前はそんな規格外の力を持っていたか」と納得の表情を浮かべ、またある者は強い不安の色彩を瞳に宿した。
集団を代表して、セマフォ殿下が深刻な面持ちで尋ねてくる。
「ルーカス、アドミナちゃんの必中を複製するということは……君の放つ技の命中率も、一時的に『〇%』、つまり確実に外れる呪いにかかるということだね? それはつまり、この山から屋敷へと帰還するための転移魔法すら、狙いが狂って誤作動を起こす危険性があるのではないかい?」
「その通りです。だからこそ、俺とアドミナのふたりが、その必中の技能を完全に使いこなせる最高水準に到達するまで、俺たちはこの山から帰ることはできません」
その過酷すぎる条件を聞き、アドミナがたまらず悲痛な声を上げた。
「待って、お兄さま! お兄さまはわざわざそんなおぞましい技能を覚えなくとも、元々の魔力制御だけで百パーセントの命中精度を誇っているじゃないですか! なぜ、そんな無茶な真似をするのですか!?」
「アドミナ。お前が抱えている苦しみを、俺も半分背負って共有したいからだ。ふたりで一緒にこの呪いを克服して、揃って最強になろう!」
「お兄さま……っ」
「それに、まったくの無策というわけじゃない。我が家には、その必中の技能をすでに『完全』な状態で使いこなしている最高の手本がいる。──ルビィ、お前に俺たちの特訓に付き合ってもらうぞ」
突然名前を呼ばれたルビィは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で叫んだ。
「ええええええっ!? わ、私ぃ!? 私、本当にそんな恐ろしい技能を持っていたの?」
「ああ。以前、何をしても攻撃が上手くいかない『スランプ』の時期があっただろう? 今になって振り返れば、あれこそが魂に必中の技能が刻まれた瞬間の、拒絶反応だった可能性が極めて高い。だから、お前がそのスランプを乗り越えた時の感覚や訓練方法を思い出し、俺たちに伝授してくれればいいんだ」
「お兄さま、そ、そんな簡単に言いますけど……本当に勝算はあるのですか?」
「──無い!」
「無いって、そんな堂々と!」
「とにかくやるんだ! 文句や不満はすべて後で受け付ける! 今の俺は、何が何でもアドミナの苦しみを共有したいんだよ!」
俺のあまりにも強引で、しかし妹への愛に満ちた宣言に、その場にいた全員が呆れ果てて沈黙した。
「……まあ、良いんじゃないか? ルーカスの言うことも、大局的に見れば一理ある」
最初に賛同の声を上げたのは、パスカル様だった。
「パスカル様がそのようにおっしゃるのでしたら、私も異存はありません」
シー様もそれに同調して微笑む。
「私は別に構わないけれど……本当に大丈夫なの、ルーカス?」
ルビィが心配そうに視線を投げかけてくる。
「大丈夫だ!」
「その根拠がどこから湧いてくるのか不思議だけど……もう、良いわ! 私が責任を持って、貴方たち兄妹を徹底的に鍛え直してあげる!」
残るセマフォ殿下とバイナリも、覚悟を決めたように肩をすくめた。
「最後まで付き合いますよ、ルーカス。君のそういう無茶には慣れていますからね」
「僕も付き合うよ。まあ、こうなる予感はしていたからね」
バイナリは、仕方のないやつだな、と言いたげな苦笑いを浮かべていた。
当のアドミナは、大粒の涙をその瞳から溢れさせながら、じっと俺の姿を見つめていた。
こうして、人外の天才たちによる地獄の短期合宿が、その幕を開けた。
午前中の時間帯は、主に頭脳を鍛える座学に当てられた。
セマフォ王子からは高位の賢者としての高度な戦略や戦術を学び、続いてシー様からは、戦場で絶対に倒れない強固な賢者となるための神聖術の効率的な行使方法を叩き込まれる。
午後の最初の時間は、パスカル様による、術発動後の隙を完全に皆無にするための、無詠唱による帝級魔法の超連続発動訓練だ。
それが終わると、夕方からはルビィによる『必中』の感覚を掴み、その精度を強制的に引き上げるための過酷な実技伝授が始まる。
この山には当然ながら風呂などという文明の利器はないため、一日の訓練が終わると、生活魔法のクリーンを使って互いの身体の汚れや汗を落とし合う。
これらすべての過酷な予定を、俺たち兄妹は揃って、文字通り血反吐を吐きながらこなしていった。
そして夕食を終え、就寝するまでのわずかな夜の時間を使って、俺がアドミナへと直接『ギャザーが集めし秘術・改』の術理を伝授していく──そんな密度の濃い日々が、ひたすらに繰り返された。
合宿が始まって一ヶ月が経過した頃。
パスカル様直伝の「発動後の隙を無くした帝級魔法の連続行使」を、俺たち兄妹はふたりとも完全にマスターしていた。
ここからは次の段階として、バイナリに標的となる凶悪な魔獣を次々と召喚してもらい、それをルビィの指導のもとで撃ち抜くという、実践的な必中の精度向上訓練へと移行した。
ルビィの話によれば、彼女も過去にスランプに陥った際、ひたすらに無心で剣を振り続けるうちに自然とその違和感が解消されたらしい。
その感覚を俺たちに掴ませるため、彼女が当時行ったという無茶苦茶な訓練内容を、そのまま全て実践することになった。
また、魔法の杖だけでなく物理的な得物も必要だろうということで、俺はかつて自分が三歳の時に誕生日の贈り物として貰ったものの、あまり使わずに保管していた『ワイバーン・ワンド』をアドミナへと譲り渡した。
最初は「そんな貴重なものは受け取れません」と恐縮していたアドミナだったが、しばらくしてその手触りに慣れてくると、召喚された魔獣を相手にその槍杖をブンブンと力強く振り回し、確かな手応えを確かめるようになっていた。
「お兄さま、本当にこのような素晴らしい国宝級の品を、私が頂いてしまっても良かったのですか?」
「ああ、今の俺が持つには少し小ぶりだからね。俺には俺の体格に合った武器が別にあるから、気にする必要はないよ」
そこからは、槍杖を用いた物理的な近接戦闘の特訓も並行して行われた。
同時に、夜間に教えていた『秘術・改』の習得も極めて順調に進み、アドミナのその技術は、ついに『〇(実用レベル)』へと至っていた。
肝心の『必中』の技能については、アドミナは長らく最低評価のままで停滞していたが、合宿の中盤に差し掛かった頃、ついにその限界を突破。
技能の段階が『△(習得中)』へと引き上がり、それまで零パーセントだった命中率が二十五パーセントへと向上した。
それに伴い、彼女の生まれ持った運の評価も、最悪に近い『G』から、一般的な水準である『E』へと跳ね上がった。
ちなみに、俺自身の必中の習得段階は、この時点で早くも『〇(実用レベル)』にまで到達していた。
まだまだ完璧とは言い難いものの、放った魔法が少しずつ、しかし確実に標的に命中するようになっていく我が身の成長を実感し、アドミナはそれまで以上に目の色を変えて短期合宿へと身を投じるようになっていった。
さらに、激しい戦闘に耐えうる頑強な肉体を作るため、基礎的な体力作りの運動も開始する。その甲斐あって、彼女の腕力や体力、器用さや俊敏さといった肉体的な能力値は、軒並み平均水準の『E』へと底上げされていった。
俺たち兄妹は、アドミナが目に見えて成長していく確かな手応えを得られたことで、過酷なはずの訓練が段々と楽しくなってきていた。
そして気がついた時には──アドミナは必中の技能を除けば、Sクラスに君臨するあの怪物たちと肩を並べても遜色のない、立派な『規格外の化け物』の仲間入りを果たしていたのである。
この時点で、必中の技能の習得段階は、俺が最高位の『◎(完璧)(百パーセント)』、そしてアドミナが『○(実用レベル)(五十パーセント)』にまで達していた。
俺がこれほど早く最高位に到達できたのは、転生時に授かった、見た技を瞬時に我が物にする『ラーニング』の力が大きく作用したためだ。
ルビィの指導の真髄を、その能力が的確に噛み砕いて吸収してくれたおかげだった。
一方で、アドミナはそのようなチート能力を一切持たないにもかかわらず、純粋な努力のみで実用段階にまで這い上がってきたのだ。
その凄まじい執念と努力の重さに関しては、間違いなくアドミナの方に軍配が上がるだろう。
◆
夜間の日課であった『秘術・改』の伝授もすべて終わり、あとは実戦の中で肉体に馴染ませるだけとなった頃から、俺たちは次なる段階として、間近に迫った『学院序列決定戦』への具体的な対策を開始した。
決定戦の予選は、周囲の全員が敵となる乱戦形式だ。
これに関しては、たとえ必中の技能に頼らずとも、アドミナが得意とする三百六十度すべてを巻き込む広範囲の殲滅魔法を初手でぶっ放し、周囲の受験生を全員まとめて薙ぎ倒してしまえば、予選突破は確実に思われた。
真の問題は、予選を勝ち抜いた精鋭八名が出揃った後に執り行われる、本戦のトーナメント戦だ。
一対一の極限状態で戦うこの本戦においては、やはり確実に一撃を叩き込むための『必中』の精度こそが、勝敗を分ける決定打となる。
もちろん、一対一の状況であっても強引に超広範囲の破壊魔法を連発し、相手に回避の余地を与えずに圧殺するという方法もないわけではない。
しかし、いかんせんその戦法は魔力の消費量が多すぎて、あまりにも燃費が悪すぎるのだ。
トーナメントを勝ち進んでいくうちに、途中で魔力が完全に枯渇して昏倒し、無様に不戦敗となる未来が目に見えていた。
やはり、アドミナの必中スキルをさらに上の段階へと引き上げる必要があった。
だが、彼女の必中は『○(実用レベル)』に達したところで、まるで目に見えない壁に阻まれたかのように停滞を続けていた。
そうこうしているうちに、序列決定戦の開幕まで、残すところ一ヶ月を切ってしまった。
学院のフォーク校長と交わした約束は、「決定戦が始まる一週間前には必ず学院へと戻ってくること」だ。
そろそろこの山での生活を切り上げ、帰還の準備を始めなければならない。
俺たちは、この地獄の短期合宿における、最後の仕上げの訓練へと入るのだった。
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