第十話 先生達の苦悩
王立アルテア貴族学院、その最深部にある円卓会議室。
フォーク校長をはじめとする講師陣のトップたちは、一堂に会して頭を抱えていた。
議題はただ一つ。
──特異点、『ルーカス・マギナ』の処遇についてだ。
「……ルーカス君の成長速度は、すでに既存のSクラスという規約を超えています。これ以上、他の生徒と同じ環境に配置するのは危険だ。彼専用の特殊クラスを新設し、隔離すべきでは?」
一人の講師が悲痛な声を上げると、別の講師が即座に遮る。
「いや、反対だ! ルーカス君の圧倒的な力に触発されて、ルビィ君やパスカル君といった他のSクラスメンバーも、恐ろしい速度で自己成長を始めている。学院全体の基準を引き上げる呼び水として、彼をあの位置に据え置くメリットは大きい」
ルーカスを『隔離派』と『放置(現状維持)派』。
会議室の意見は完全に真っ二つに割れていた。
そこへ、隔離派の重鎮が決定的な一言を放つ。
「何度も話を蒸し返すようだが……我々講師陣にはもう、彼に『教え導く術』がないのだぞ? 我々の知識はとうに枯渇している!」
「それについては、学院を単なる知識の提供場所ではなく、『将来の交友関係を構築する場』として提供するということで、前回の会議で結論が出たはずです!」
「だが、実際に機能しているか? 彼のネットワークはSクラス内という閉じた環境だけで完結しているではないか!」
「いいや、下位貴族の生徒たちを中心に、彼と友好関係を試みる事例は多数確認されている。……ただそれを、高位貴族の連中が快く思っていないだけだ」
講師たちから、一斉に重いため息が漏れた。
「今まで自分たちの独占特権だった高位魔法や神聖術を、下位貴族にまでオープン化されてしまったからな。高位貴族らの不満は当然だろう」
「それを言うなら、そもそもの原因はスレッド元殿下の暴挙だ。白昼堂々と高位貴族の独占特権をバラして炎上させたツケが、今になって回ってきたのだ」
「では……」「しかし……」
不毛な議論は、一向に前へと進まない。
その時、それまで静かにチェスの駒を弄んでいたフォーク校長が、パチリと音を立てて発言した。
「──では、ルーカス君はSクラスのままとし、この私が直々に『監視』を担当しよう」
「校長自らが、ですか?」
「高位貴族たちも今は高位魔法・神聖術公開に不満があるだろうが、そのうち目を覚ますさ。このまま指をくわえて見ていれば、遠からず下位貴族に追い抜かれる。危機感を持った彼らが必死に鍛錬に励めば、結果として学院全体の底上げに繋がる。いい方向に進むと私は思っているよ」
講師たちが押し黙る中、校長は不敵な笑みを深めた。
「それに、来年度にはセマフォ殿下が入学してこられる。風の噂では、殿下はすでにルーカス君と交友関係を築いているそうだ。殿下を通じて、後輩の面倒を見させるのも一興だと思わんかね?」
「その様な情報、初耳ですが……」
「王宮内は権謀術数が渦巻く伏魔殿だからね。余計な情報はすべてシャットアウトされるのさ」
「セマフォ殿下との交流が、余計な情報ですか?」
「スレッド元殿下が失脚した今、セマフォ殿下への注目度は跳ね上がっている。各派閥の貴族どもが、次代の中心となる殿下に取り入ろうと画策しているという情報も入手済みだ」
「なるほど……。つまり今後は、ルーカス君とセマフォ殿下の二人が、この学院のキーパーソン(中心軸)になっていくと?」
「そういうことだ。セマフォ殿下には、この学院でのびのびと学生ライフを消化してほしい。──だからね、ルーカス君には少し悪いが、押し寄せる貴族たちの政治圧力の『矢面』になってもらうつもりだよ」
冷徹とも言える校長の戦略に、一人の講師が顔を曇らせる。
「……そんなに上手くいきますでしょうか?」
「何、ルーカス君はどれだけ規格外とはいえ、未だ五歳の子供だ。たまに大人びた事をするが、子供に変わりない。上手くコントロールして導くのが、我々大人の役目さ」
「もし、コントロールに失敗した時は?」
「フッ、それはそれで一興。予測不能な楽しみが増えるというものだ」
「フォーク校長、それは余りにも……」
「ならば、他にこの状況を処理できる最適解があるかね? ──現状では、これが最善だ」
「「……承知いたしました」」
講師たちが一斉に頭を下げる。
フォーク校長は、アリーナの向こうにある広大な景色を見つめながら、低く笑った。
「さて、ルーカス君。これからは貴族社会の『政治』という、ドロドロとした荒波に揉まれてもらうよ。ある意味、純粋な魔獣や強敵との直接戦闘より、遥かに厄介で解除不能な強敵だぞ? くっくっく……」
◆
それから、半年という時間経過が過ぎ去った。
新年度が始まり、周囲の予測通り、セマフォ殿下がアルテア貴族学院へと入学を果たした。
その初期クラス配属は、当然のように──最高峰の『Sクラス』。
「セマフォ殿下が完全無詠唱の片鱗を見せたらしいぞ」
「裏でルーカス様が、直々に特別指導を施した結果だという噂だ……!」
学院内には、そんな真実を突いた噂が瞬く間に駆け巡った。
当の本人であるルーカスは、その噂が百%事実であることを知っていたが、肯定も、否定も一切出さず。
(やれやれ……。面倒な政治に巻き込まれるのは御免だ。ここは黙秘を徹底するに限るな)
ただ静かに、完全なる沈黙を貫き通すのだった。
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