第八話 当然の結果
学内ランキングの頂点を決める決勝戦のカードは、ルビィとパスカル様の対決となった。
俺は解説室のモニター越しに、パスカル様が隠し持っていた『魔鋼糸術』の挙動を注意深く解析(注視)していた。
結論から言えば、属性(相性)の関係上、おそらくパスカル様が優勝するだろうと予測していた。
ルビィの手札は、剣術・上級、抜刀術(初級)、そして帝級魔法までの完全無詠唱。
対するパスカル様の手札は、魔鋼糸術が最高評価の◎、そして同じく帝級魔法までの完全無詠唱。
一見すると、物理と魔法の手数が多いルビィが有利に見える。
だが、急造で鍛えた付け焼き刃の「抜刀術」程度で、あの変幻自在な『魔鋼糸術』の絶対的な拘束に対抗できるとは思えない。
いや、やりようによっては、ルビィにも勝機はある。
……前世(地球)の『科学知識』を応用すれば、という条件付きだが。
俺は脳内の『ラーニング』スキルをパッシブ(常時稼働状態)に設定し、戦いの推移を見守ることにした。
ルビィとパスカル様が、静かに武闘台のセンターへと入場する。
両者から放たれる凄まじいプレッシャー(闘気)に、先ほどまで騒がしかった観客席のギャラリーが、まるで全消音されたかのように静まり返る。
チーンッ、と、決勝戦の開始シグナルが鳴り響いた。
ルビィは即座に腰の小太刀へ手をかけ、重心を低く落とす「居合(抜刀)の構え」を取る。
それを見たパスカル様は、未知の武術を警戒し、一定の距離を保ってバックステップ。
先制攻撃を仕掛けたのは、パスカル様だった。
彼の手から放たれた極細の魔鋼糸が、まるで鞭のようにしなって、超高速でルビィの死角へと襲いかかる。
「──ハッ!」
ルビィは鋭い呼気と共に小太刀を抜刀。
火花を散らしながら、迫り来る魔鋼糸の軌道を寸前ではじき返した。
だが、その鋭い防御を見たパスカル様の唇が、ニヤリと歪む。
(……バレたね。ルビィ、君のその抜刀術はまだ、身体のモーションに馴染んでいない『付け焼き刃』だ)
実は、熟練の前衛職だったパスカル様には、ルビィの居合の「練度の低さ」が一瞬で見抜かれてしまったのだ。
だが、ルビィは構わず、自身の最大出力である帝級魔法『エクストラ・ライトニング・ボルト』を完全無詠唱で実行した。
対するパスカル様は、蜘蛛の糸の様に張り巡らせた魔鋼糸に、帝級の防御壁魔法をマージ(複合)させることで、その超高電圧の直撃を完全に遮断する。
しかし、ルビィは怯まない。
俺が最適化した高負荷・飛翔系魔法を、ノータイム・ノーリキャストで片っ端から乱射し始めたのだ。
ルビィに唯一、圧倒的なアドバンテージがあるとすれば、それは彼女の放つ帝級魔法が、すべて俺の手によって再構築(最適化)された通常の十六倍の破壊力を持ち、なおかつ起動速度が異常に早いという点だ。
対するパスカル様の帝級魔法には、俺独自の最適化及び定数Λ除去が組み込まれていないため、発動速度も威力もデフォルト(通常仕様)のままである。
ここから、壮絶な「魔力リソースの我慢比べ」が始まった。
どちらの魔力プール(MP)が先に枯渇を起こすか。
あるいは、ルビィの十六倍重火力猛攻に、パスカル様の魔鋼糸防壁が耐えきれなくなるか。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
「……あ、れ……?」
ルビィの魔力回線が突然、過負荷による魔力切れを起こし、彼女はその場に崩れ落ちた。
視界がホワイトアウトしていく朦朧とした意識の中で、パスカル様がゆっくりと近づいてくる所を確認したのを最後に、ルビィは完全に意識を手放した。
「──勝者、パスカル・ヴィルト!!」
パスカル様の優勝が確定した。
そして当然の権利として、彼は俺への『エキシビション挑戦権』を即座に行使した。
一連の激しい激闘を解説席から解析し続けたことで、俺の『ラーニング』スキルは、パスカル様の魔鋼糸術の制御アルゴリズムを完全に学習し終えていた。
『──通知:個体名パスカルの動作解析が完了。【魔鋼糸術:○(中級)】を正常に習得しました』
俺は即座に脳内のサポートAIを駆動させ、取得した魔鋼糸術のスキルコードを徹底的に脆弱性診断(分析)させた。
その結果、俺のスキルツリーにて隠蔽し、今までに使用してこなかった異常なユニークスキルが活性化した。
『──ユニークスキル【ハッキング】が◎(最上級)になりました』
脳内に出力されたそのステータスを見て、俺は思わずフッと不敵な笑みを浮かべた。
(ハッキング……、か。このファンタジー世界において、こんなゴリゴリのITスキルを使えるのは間違いなく俺一人だけだな)
俺は実況室の解説タスクを適当に切り上げると、担架で医務室へと運ばれていくルビィの後を急いで追った。
医務室のベッドの上で、ルビィは完全な魔力枯渇(MPゼロ)による昏睡状態に陥っていた。
傍らではシー様が、意識のないルビィにマナポーションを飲ませようと奮闘していたが、喉が拒絶してうまく流し込めずに手こずっている。
「シー様、僕が代わります」
「え? あ、はい、ルーカス様……!」
俺はシー様からマナポーションのボトルを受け取ると、その高濃度液体を躊躇なく自らの口に含み、そのまま、ルビィの唇へと重ねて、口移しでマナポーションを彼女の体内へとダイレクトに流し込んだ。
「ん……、ふぅ……っ」
潤沢な魔力エネルギーが直接注入されたことで、しばらくしてルビィの瞳に光が戻り、ゆっくりと覚醒した。
それを見たシー様は、「ふふ、お邪魔虫は退出しますね」と気を利かせて、素早く医務室のドアを閉めて二人きりのプライベート空間にしてくれた。
「……ルーカス。私、負けちゃったんだね」
「ああ。だが、限界まで攻めた、実に素晴らしい善戦だったぞ」
「……もう、お決まりの慰めなんて要らないわ」
「慰めなんかじゃないさ。本当に、あと一歩でパスカル様の防壁を突破できるところだったんだから」
「……ルーカスなら、あの糸に勝てるの?」
「ああ、当然だ。ルビィの敵は俺が完璧に取ってやる。ついでに特等席で、あの魔鋼糸の『正しい攻略方法』を見せてあげるよ」
「うん。……分かった。客席から、あなたの戦いを一瞬も見逃さずに見ているね」
「ああ、任せておけ」
◆
一方、別の控室でマナポーションをがぶ飲みしていたパスカル様は、額から冷や汗を流していた。
(危なかった……。あと一発、ルビィの魔法が飛んできていたら、先にこちらが魔力切れでクラッシュするところだった……)
次のルーカス戦は、今までの手札のままでは絶対に通用しない。
何か別の対策を練らなければ。
そこへ、医療班の仕事を終えたシー様が静かに部屋に入ってきた。
「パスカル様、魔力の回復状況は?」
「ああ、シー。ポーションのおかげで、全回復したよ」
「そう。じゃあ、運営に『対戦準備完了』を伝えてくるわね」
スタスタと歩いていく彼女の背中に、パスカル様は思わず声をかけた。
「……シー。君は、何も言わないんだね」
「何をですか?」
「僕が、ヴィルト侯爵家の暗部である『魔鋼糸術』なんていう、人聞きの悪い暗殺術を使っていたことだよ」
シー様は足を止め、振り返って、いつもの聖女のような優しい微笑みを浮かべた。
「何を気に病んでいるのですか? あなたは私の大切な『婚約者』で、私と一緒に孤児院を回って子供たちに優しく微笑んでくれた、ただ一人の男の人。それ以上でも、それ以下でもありませんわ」
「……はは、君には本当にかなわないな」
「ふふ、ルーカス様とのエキシビション、死なない程度に善戦してくださいね?」
「まるで、僕が完敗するみたいな言い方だね」
「あら、勝つ自信があるのですか?」
「……やりようによっては、ね」
「期待していますわ」
「ああ、特等席で見ていてくれ」
王立アルテア貴族学院アリーナ、武闘台の頂点。
俺とパスカル様が、一定の間合いを挟んで対峙する。
観客席の全ギャラリーは、これが事実上の世界最高峰の決戦であることを本能で察知し、極限の静寂を保っていた。
チーンッ!!! と、試合開始の重厚な鐘の音がアリーナに鳴り響く。
俺は、前世(地球)の古流武術における最高峰の身体制御、すなわち『無拍子』を実行した。
予備動作、魔力密度の変動、視線の移動、それらすべての予兆を完全にゼロに処理した状態で、ノータイムで帝級魔法『プロミネンス×十連撃』を同時実行する。
完全なノーモーションから物理法則を無視して出現した十発の巨大火球に対し、パスカル様は驚愕しながらも、即座に魔鋼糸を網の目のように高速展開。
帝級の防御結界を絡ませた特殊複合防壁を瞬時に構築してそれを受け止める。
だが、俺は攻撃の手を緩めない。
ノーモーションのプロミネンスを、間髪入れずに何度も何度も、機関銃のように防壁の同じ座標へ叩き込み続けた。
超高熱の連続爆発の中、パスカル様の指先からジュッ……と、肉が焦げるような異音が立ち上る。
「くっ……! ルーカス、いくら君の魔法が超出力だからといって、この魔鋼糸の絶対障壁を純粋な火力だけで力押しして突破できると思っているのか!?」
「──思ってないさ。だから、次の魔法を喰らえ」
俺は連続実行していたプロミネンス(超高温)の出力を、一瞬で最上位氷結魔法『アブソリュート・ゼロ(絶対零度)』へと極端に切り替えた。
パキィィィィィィィィンッ!!!
次の瞬間、アリーナ全体が凍りつき、パスカル様が絶対の自信を持っていた魔鋼糸の防壁が、まるでガラス細工のように脆く、バラバラに砕け散ってアリーナの床に崩れ落ちた。
「な、馬鹿なッ!? 僕の、魔鋼糸が……砕けた……!?」
「物質の物理法則だよ、パスカル様。魔力伝達率が高いということは、熱伝導率も極めて高いということだ。金属って物質はね、高温に熱された直後、急激に冷やされると──『熱疲労』と『低温脆性』を起こして、自重だけで粉々に砕け散るんだよ!」
「そんな、物理法則の悪用なんて……! な、ならば、これならどうだ!」
俺がプロミネンスを乱射して彼の視界をジャミングしていた僅かな時間、パスカル様は密かに別ルートの魔鋼糸をフィールド全域に巡らせており、俺の背後空間に巨大な死の蜘蛛の巣を構築し終えていたのだ。
だが、俺はその事にあえて気づかないフリをして、わざと放置していた。
死角である背後から、俺を完全拘束せんと迫り来る蜘蛛の巣の網。
その瞬間、俺の脳内サポートAIから、待望のログが出力される。
『──通知:ラーニングの最大累積効果により、対象コードの完全解析が完了。【魔鋼糸術:◎(最上級・マスター版)】を習得しました』
「よし、待ってたよ」
俺はわざとバックステップを敢行し、迫り来る蜘蛛の巣のド真ん中へと自ら囚われにいった。
「何のつもりだ、ルーカス! 自ら僕の糸に捕まりに来るなんて自滅──」
「いいや。こうするんだよ。──ユニークスキル『ハッキング』、発動」
俺の網膜の奥で、無数のエラーコードが高速で奔る。
ハッキングスキルの特権命令により、現在俺を縛っている魔鋼糸の所有者(管理者権限)を、パスカル様から俺へと強制的・合法的に書き換えた。
刹那、パスカル様の意志を離れた魔鋼糸が、逆に彼の命令を拒絶。
完全に俺の支配下(配下)へとチェンジした糸の群れが、恐るべき速度で反転し、元の主人であるパスカル様へ向けて牙を剥いた。
「な、あ、あり得ないッ!? 僕の魔鋼糸術の制御を、外部から直接乗っ取ったというのか!?」
「ああ。悪いけど、このフィールドに存在するすべての魔鋼糸は、たった今俺の配下に置かせてもらった。君の手札、丸ごと全部いただくよ!」
「くっ……ぁあッ!?」
魔鋼糸で構成された巨大な蜘蛛の巣が、今度はパスカル様自身の五体を完全にホールドし、身動きを一切封じる。
俺はハッキングで自身の拘束を解き、ストレージから引き抜いた小太刀の刃を、無抵抗となったパスカル様の喉元へと静かに突き立てた。
「チェックメイトだ、パスカル様」
「……はは、完敗だよ。負けだ」
パスカル様の口から正式な敗北宣言が出されたその瞬間、アリーナの観客席は、かつてないほどの怒涛の歓声とスタンディングオベーションによって爆発した。
上空のアナウンス席で、フォーク校長が深くため息をつきながらマイクに向かってコメントを出す。
「……これが、わずか五歳の最年少クラスによるエキシビションマッチだとは、到底信じられませんな。これから上級生たちの本戦トーメントが控えているというのに、この次元の違う戦いの前では、すべてが霞んでしまう……」
その言葉通り、俺たちの規格外な決闘の後は、どの学年の試合を見てもパッとした見応えがなく。
学院の順位決定戦は、俺たちSクラスの圧倒的な実力を見せつける形で、静かに幕を下ろすのだった。
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