第七話 順位決定戦
学院の全ランキングを書き換える『順位決定戦』の準備が始まった。
だが、その開幕直前、王立アルテア貴族学院の運営(職員室)には、全生徒から陳情箱がパンクするほどの大量の嘆願書が送りつけられていた。
『ルーカス・マギナ伯爵の、順位決定戦への不参加を強く要請する!』
どのクラスの生徒も、ルーカスと同じグループにマッチングされることを断固拒否したのだ。
アイツのSクラスは据え置きで構わないから、とにかく本戦に入れさせるな、というのが全校生徒の一致した共通認識(生存戦略)であった。
◆
半年間のスキルツリー強化が終了し、いよいよ学院最大のイベントである順位決定戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
しかし、その前日に俺の元に届けられたのは、学院運営チームが総力を挙げて構築した、あまりにも身勝手な俺専用の特例要求だった。
まず提示された基本方針は、俺をプレイヤー枠から除外するというものだった。
俺に割り当てられた役割は、戦況を冷静に分析する『公式解説役』。
これなら俺が直接暴れて校舎を物理破壊するリスクをゼロに抑えられる、という学院側の姑息な安全マージンだ。
ただし大会でベスト四が進出するまでは、不測の事態に備えてアリーナ最前線で『特級回復役』として常駐せよ、という過酷な二重条件が付け加えられていた。
そして、その裏に隠された【ブラック運営ロジック】は、教育機関にあるまじき狂気を含んでいた。
先の決闘で、俺が高負荷によって実質的に死亡した人物すら一瞬で巻き戻す時空回帰魔法『リザレクション(蘇生術)』の使い手であると証明されてしまったが故の、悪魔の運営変更だ。
学院側はなんと、全生徒に向けて以下のようなとんでもない通知を一斉通知したのだ。
『──最悪、試合中に死んでもルーカス伯爵が即座に蘇生してくれる。生徒諸君は何も恐れず、文字通り死ぬ気でパフォーマンスを発揮して頑張れ』
(……おいおい、一般生徒にデスゲームさせる気か? 俺をセーフティネット扱いするなよ)
さすがにこのブラックすぎる運営方針には頭痛が痛くなったが、運営書にはさらに続きがあった。
それが、俺の戦線離脱(出禁措置)に猛然と反対し、運営に猛烈な抗議文を送りつけたルビィとパスカル様に対する【追加特別仕様(特別挑戦権)】だ。
運営は、二人の暴走するモチベーションを力技でコントロールするため、大会に一つの新規ルールを急遽追加した。
『順位決定戦の優勝者には、特別エキシビションマッチとして、ルーカス・マギナ伯爵への挑戦権を付与する』
これが通知された瞬間、ルビィの瞳には合法的にルーカスと全力で戦えるという歓喜が走り、パスカル様の隠された戦意も最大出力で発したのが遠目からでも分かった。
二人の優勝への確率はこれで完全にハネ上がったわけだ。
なお、運用書の最下段には、運営チームの悲痛な本音として『※もし優勝しても、命の保証はしかねるため、ルーカス伯爵への挑戦権は強く辞退・権利放棄することを推奨します』と、真っ赤な警告文が付け加えられていた。
(……やれやれ。解説をやらされたり、裏で二十四時間年中無休の蘇生係にされたり、最後は優勝者のボス役にされたり、完全にいいように使われているな)
俺は視界を埋め尽くすブラックな運営書を、盛大にため息をつきながら綴じた。
だが、特等席でルビィたちの半年間の特訓成果を見る事ができるのは悪くない。
俺は公式解説役の腕章を腕に巻き、まもなく始まる大乱戦(お祭り)に向けて、頭脳の処理速度を静かに加速させるのだった。
当然ながらルビィは、順位決定戦の前日から明日の勝負飯として、我が家の厨房に『カツ丼』を要求し、相当に気合いの入り様だった。
初日の予選。
シード権を持つルビィとパスカル様と同じブロックに配置されてしまった不運な対戦相手たちは、絶望の愚痴を吐いていた。
一般生徒たちの基本戦術(対ルビィは間合いを詰める前に帝級魔法で広範囲ハメ殺し/対パスカルは詠唱を高速近接で妨害)は、すでに古すぎたのだ。
順位決定戦が始まると同時に、アリーナのメインフィールドは半年間の特訓を経て限界突破を遂げた二人の規格外なパフォーマンスによって、完全に支配されていた。
俺は公式解説席のモニターに映し出される、彼らの劇的な『進化版』の戦闘情報を冷徹に監視し、その圧倒的な力に舌を巻いていた。
【ルビィの進化版『超・魔導騎士』】
まず画面に映し出されたのは、対戦相手を絶望の淵へと叩き落としているルビィの姿だ。
かつての彼女は、高火力の属性付与を施した近接特化型だった。
しかし、現在の彼女に適用されたジョブクラスは、魔法と剣技のシステムを完全に融合させた『超・魔導騎士』。
その戦闘スタイルは、まさに苛烈を極める。
彼女は前衛で剣を振るいながら、本来なら長いチャージ(詠唱)を必要とするはずの高威力魔法を、完全な「無詠唱」でノータイム乱射(高速発射)していた。
一歩踏み込むごとに空間を焼き尽くす極大の火炎や、大地を割る雷撃が無詠唱で同時多発的に発生する。
剣撃の物理ダメージに、ディレイ(遅延)ゼロで叩き込まれる高威力魔法のバーストダメージ──。
物理と魔法の全てを同時に更地にするその圧倒的な破壊力の前に、対戦相手たちは、防御をする間すら与えられずに次々と吹き飛ばされていった。
【パスカルの進化版『超・魔導士』】
もう一つのモニターで、同じく異常な処理速度を叩き出しているのがパスカル様だった。
魔導師としての天才的な頭脳を持つ彼は、無詠唱魔法の最大の弱点であるリキャストタイム(再使用までの冷却時間)に着目。
この半年間で魔力回路を極限まで最適化し、リキャストタイムを限界まで短縮(実質ゼロ化)することに成功していた。
これにより、彼はあらゆる魔法を機関銃のように途切れなく連射する、歩く固定砲台と化していた。
中・遠距離からの途切れない魔法の雨。
中・遠距離のレンジを完璧な効率で支配するその姿は、まさに隙のない固定砲台だった。
(……いやはや、とんでもないモンスターたちに成長したな。二人の成長速度は、俺の予想を遥かに超えている)
アリーナに響き渡る爆音と、対戦相手たちが瞬時に戦闘不能にしていく様子を眺めながら、俺は自分の頬が自然と引きつるのを止められなかった。
これほどの進化を遂げた二人が、この大会の果てに優勝者の特別挑戦権を引っ提げて、俺というラスボスの元へ同時に挑戦してくるのだ。
(運営チームが『強く辞退を推奨する』って真っ赤な警告を出した理由が、今になってよく分かったよ……)
俺は脳内で、彼らの猛攻を完全にシャットアウトするための最新の対抗策を、大急ぎで構築し始めるのだった。
二人は予選ブロックを、何一つリソースを消費することなく、難なくストレート通過した。
◆
予選を勝ち抜いた上位十六人によって、いよいよ本戦トーナメントが争われることとなった。
残っているのは幼少期からの英才教育で基礎ステータスに圧倒的な分がある高位貴族ばかりだ。
俺はルビィとパスカル様以外のマッチングには、正直データ価値はないと判断していたが、一人だけ、モッド伯爵家の嫡男──『バイナリ』という、ルビィと同じ魔導戦士である異質な生徒が混じっていた。
本戦最初の注目カードは、ルビィと高位貴族の魔導師の対戦。
魔導師はショートレンジの『転移魔法』で死角へ座標をずらそうとしたが、ルビィはその出現位置を完全に先読みしていた。
出現した瞬間のコンマ数秒の硬直時間、ルビィは風魔法を高密度でエンチャントした細身の剣を鋭く一閃。
空間を奔る不可視の衝撃波で、相手を防御障壁ごと武闘台の遥か外へと弾き飛ばした。
あまりにもあっけない結果に、客席からブーイングが上がるが、対戦相手はいつまで待っても武闘台に上がってこない。
不審に思い、武闘台の下に転がった対戦相手を見ると、腹部をザックリと両断され内蔵が露出する致命傷を負っていた。
俺は無詠唱の『リザレクション』で即座に修復し、魔導師は息を吹き返した。
ルビィが放つ一撃のガチすぎる破壊力に周囲がドン引きする中、ルビィ、パスカル、そしてバイナリだけは平然とした顔を維持していた。
戦いに臨む『覚悟』が違いすぎる。
トーナメントは順当に処理が進み、準決勝のカードは『パスカル vs 賢者クラスの特待生』『ルビィ vs バイナリ』の2大セクターに確定。
俺は治療をシー様に委任し、上空の『公式実況解説室』へと入室した。
◆
アリーナに緊張が充ち満ちる中、本戦準決勝の第一試合を告げるアナウンスがスタジアム全体に放送された。
公式解説席のモニターには、これから激突する二つの強力な名が発光している。
【本戦準決勝:第1試合】
対戦カードは、パスカル vs 賢者クラス特待生。
学院内でも最高峰の魔法構築力を持つといわれる特待生を相手に、パスカル様がどう立ち回るのか。
俺は手元のコンソールに表示される両者のステータスを見比べながら、マイクに向かって解説を開始した。
「──ルーカスの戦況解析をします。このマッチングにおけるパスカル様の唯一の勝利条件は、相手に防御の隙すら与えない、超高速の速攻です」
俺の冷徹な声がアリーナに響く。
「対戦相手の『賢者』クラスは、強力な攻撃魔法だけでなく、自己修復も行う万能職。これに対し、パスカル様は魔法攻撃に特化しており、自らのダメージをリカバリする手段を持っていません。もし一撃で仕留めきれず、長期戦に引きずり込まれれば、先にパスカル様側の魔力が枯渇し、倒されるでしょう」
解説席から見下ろすステージ上、パスカル様はリキャストタイムゼロの無詠唱魔法のトリガーに指をかけていた。
対する賢者特待生もまた、重厚な三重の魔法障壁を展開し、迎撃の構えをとる。
互いの戦意が最大限に達し、試合開始のシグナルが鳴ろうとした、まさにその刹那──。
──ピピピピピピピッ!!!
突如、俺の網膜の奥だけで、不穏なシステム電子音が激しく明滅し始めた。
アリーナの運営通信ではない。
俺自身の脳内が直接受信した、異常な割り込みだった。
割り込みアラート。
『──警告:個体名パスカルに対して、スキル「ラーニング」および「スキルコピー」が自動実行されました。
固有スキル【魔鋼糸術:×】が、個体名:ルーカスのエクストラスキル領域に正常に登録されました』
(……おい待て、俺のスキルが勝手にパスカル様のスキルをコピーしやがったぞ!?)
俺が自分のチートな脳内仕様に頭を抱えかけたその瞬間、アリーナの試合開始のブザーが鳴り響いた。
──カウント、ゼロ。
賢者が迎撃の呪文を唱えようとした、まさに一瞬の隙。
パスカル様は一歩も動かなかった。
ただ、彼の指先が神速の処理速度で明滅する。
アリーナの照明と光の屈折を利用し、相手の視覚に致命的なエラーを発生させたのだ。
その盲点を突き、虚空を走ったのは不可視の金属糸。
賢者特待生が異変に気づいた時には、すでに四肢の全神経が限界まで張り詰めた鋼の糸によって完全にホールドされていた。
魔力回路すら縛られ、魔法の詠唱が強制中断される。
「なっ……!? 体が、動か──」
次の瞬間、糸を利用して音もなく背後へと回り込んでいたパスカル様が、ショートソードの光刃を賢者の頸動脈へと寸止めで突き立てる。
完璧なチェックメイト。
勝負あり。
喉元にショートソードを突きつけられた賢者特待生は、真っ青な顔のまま、完全な降伏をせざるを得なかった。
「勝者、パスカル・ヴィルト!!」
アリーナが割れんばかりの歓声に包まれる。
俺は解説席で、見事な勝利を完遂したパスカル様に拍手を送りつつ、自分のスキルツリーにいつの間にか追加されてしまった【魔鋼糸術:×】の文字を眺め、そっと深いため息をつくのだった。
「……『魔鋼糸術』です。ヴィルト侯爵家のシークレット・スキルだったようですね」
フォーク校長がロストテクノロジーの出現に瞳を光らせる中、武闘台のパスカル様は、フッと解説室を見上げて不敵にニヤリと笑った。
その視線のパケットは明らかに、『おいルーカス、次はテメェの首を狩りに行くからな』と言っていた。
◆
アリーナの熱気が最高潮に達する中、メインモニターに準決勝・第二試合の開始を告げるアナウンスが流れる。
公式解説席の俺は、対峙する二人のステータス画面を即座にマルチウィンドウで開き、戦況のリアルタイム解析をマイクへと出力した。
【本戦準決勝:第二試合】
対戦カードは、モッド伯爵家のバイナリ vs 我がパーティの絶対的エース、ルビィ。
「……ルーカスの戦況解析です。注目すべきは、これまで手の内を隠していたバイナリの真のクラスです」
俺の解説に合わせて、バイナリのステータスシートの秘匿パッチが剥がれ、極めてレアな『召喚術師』の文字が発光する。
対するルビィは、準々決勝でも猛威を振るった無詠唱・乱射型『超・魔導騎士』。
試合開始のシグナルと同時に、バイナリのスピードが跳ね上がった。
彼は足元に禍々しい魔法陣を同時並行展開。
彼の前衛を埋め尽くす『スケルトン・ウォーリアの群れ』と、物理防御特化の上位竜種である『アースドラゴン』という超高質量を、一瞬にしてアリーナ上へ召喚させたのだ。
大地がその質量に悲鳴を上げて軋む。
だが、ルビィの戦闘頭脳は、その絶望的な光景を前にしても一ミリの遅延すら起こさなかった。
……戦闘、開始。
まずルビィは、愛刀に【炎属性エンチャント】の連撃を乗せて突撃。
巻き起こる炎の持続ダメージにより、迫り来る骨の群れの耐久値を次々と消滅していく。
骨が灰へと変わる中、彼女の視線はすでにその奥に鎮座するアースドラゴンを捉えていた。
アースドラゴンが土石ブレスの放射シーケンス(充填動作)に入る。
だが、ルビィのほうが遥かに速かった。
ターゲットをロックオンした瞬間、彼女の手のひらから完全無詠唱の極大雷撃魔法【エクストラ・ライトニング・ボルト】が射出される。
閃光が一閃。
アースドラゴンが口を開いたまさにその一瞬を狙い、極大の雷撃が口内から脳天の中枢神経を一撃で貫通した。
咆哮を上げる暇すらなく、上位竜種の巨体が光の破片となって空間から強制送還させられる。
「アースドラゴンを瞬殺……っ!? たった一撃で……!?」
自身の最強の盾を消し飛ばされたバイナリは、網膜に浮かぶ異常なダメージに顔を真っ青に染め、驚愕のうめき声を出した。
それに対してルビィは、
「私を誰だと思っているの!ドラゴンの弱点なんて飽きるほど聞いたわ!」
そして、ルビィは一切の手加減をせず、呆然と立ち尽くすバイナリに対し、追撃として放たれたのは極大火属性魔法『プロミネンス』。
無詠唱で実体化された紅蓮の業火が彼を包み込み、消し炭寸前までその耐久値を焼き削っていく。
「そこまで! 試合終了!!」
審判の強制介入により、ルビィがプロミネンスを解除。
シー様が、バイナリにリザレクションをかけ復活させる。
バイナリの敗北が確定した。
「勝者……ルビィ!!」
アリーナを包むのは、もはや歓声を超えた畏怖の地鳴りだった。
解説席の俺は、ふう、と深く息を吐き出す。
(……アースドラゴンの口内をノータイム無詠唱で狙い撃つとか、どんなエイムアシスト積んでるんだよ。これ、本当に決勝戦で僕がエキシビションの相手をするのか?)
モニター越しに、こちらを見上げて「次はルーカスだからね!」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる最強の女剣客。
俺は冷や汗が、背中で流れるのを感じながら、決勝戦の後に待ち受ける身内の大暴走をどう対処するか、本気で頭を抱え始めるのだった。
ルビィは、観客席に向かって、叫んでいる。
「当たり前でしょ! ルーカスからドラゴンの弱点の構造なんて、耳にタコができるほど散々聞かされてるわよ! 私は、あの世界最強のドラゴン・スレイヤーの『婚約者』よ! この程度の雑魚竜の相手なんて、大した問題じゃないわ!」
ルビィの堂々たるタンカに、客席の下位貴族ギャラリーから地鳴りのような大歓声と拍手が沸き上がる。
俺は、頭に手を当てた。
エキシビションで、相手をする時の事を考えると頭痛がした。
アリーナが割れんばかりの歓声に包まれる中、ルビィはゆっくりと剣を収めると、上空のアナウンス席にいる俺の座標を真っ直ぐに見据えた。
『待っててルーカス。必ず次の試合を勝って、あなたのいるエキシビションへ辿り着いてみせるから!』
こうして、学院の最高峰を決める決勝戦は、ルビィとパスカル様という、俺の最も身近なツートップによる直接対決へと収束していくのだった。
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