第六話 新たな友
あのアリーナでの『決闘』以来、俺の周辺の環境は激変した。
元は最下位の騎士爵家に生まれ、現在は伯爵へと急激に昇爵した成り上がり者。
周囲からはハッタリだと思われていたマギナ家の「ドラゴン・スレイヤー」の二つ名が完全な事実であったことを、決闘で証明してしまったのだ。
いまや俺の名は、社交界における下剋上の代名詞として皆の心に刻まれていた。
そんな中、深刻な状況なのが、学院内のパワーバランスだ。
最初の内は、高位貴族の子女どもは、俺の姿を認識した瞬間、顔面を真っ青にして逃げ去っていく。
逆に下位貴族たちからは抑圧されたシステムを打ち破った英雄として信仰されるようになっていた。
相変わらず目が合うだけで、あからさまに全力でバックステップ(逃走)していくカイル子爵一派のような挙動を除けば、シー様たちが俺の善行(プリンによる孤児院の経済支援)を各所でプロモーションしてくれたおかげで、非常に良好なフレンド関係を築くことができている。
だが、根本的な問題として、スレッドが口走ったあの傲慢な失言ログにより、貴族社会の不平等が白日の下に晒されてしまった。
元王太子スレッドの社会的抹殺という衝撃的な決闘劇が幕を閉じた後、学院内には新たな、そしてより根深い問題──すなわち、三つの異なる思惑が激突する政治的な膠着状態)が形成されていた。
現在の学院のパワーバランスを以下のように構造化していた。
【学院内勢力、三すくみ状態】
まず一つ目は、【学院側の論理(運営環境)】だ。
フォーク校長をはじめとする運営トップたちの本音は、極めて切実だった。
これ以上、俺が先の決闘で見せた『ビーム・キャノン』のような、世界の物理法則を書き換えるほどの超高負荷魔法(禁術級)を一般生徒に乱用されては堪らない。
そんなことをされれば、学院という校舎や敷地が破壊されてしてしまう。
彼らは何よりもまず、これ以上の環境破壊を抑え込みたいのだ。
二つ目は、【高位貴族の論理(既得権益)】。
彼らは今、かつてないパニックに陥っていた。
俺が独自に開発・最適化した魔法『秘術・改』の魔術コードが、これ以上、下位貴族に拡散することを絶対に阻止せねばならない。
もしそんな魔法が下位貴族に渡れば、自分たちの優位性(既得権益)は完全に崩壊し、深刻な下剋上を喰らうことになるからだ。
彼らは必死に魔術コードの隠蔽と制限を叫んでいた。
そして三つ目が、【下位貴族の論理(弱者の論理)】。
俺の圧倒的な勝利によって可能性を見出した彼らは、一転して過激な魔術コードのオープンソース化運動を巻き起こしていた。
高位貴族たちがこれまで独占管理し、ブラックボックス化してきた高位魔法・神聖術のコード、およびルーカスの秘術・改を今すぐ全生徒に解禁しろ、と。
情報の非対称性を排除し、全ユーザーに平等の権限を付与せよという強烈な要求だった。
(……やれやれ。学院はインフラ維持に必死で、上級貴族は隠蔽に必死、下級貴族はチートコードの共有を要求しているわけか。三者の要求が見事に衝突して、身動きが取れなくなっているな)
どの勢力も一歩も引けない、危険な三すくみの魔術コード戦争。
この三すくみの渦中において、すべての鍵を握っているのは、他でもない俺自身だった。
俺は視界に広がる複雑な勢力図をそっと閉じ、この膠着状態をどう攻略して俺たちの利益へと変換するか、次なる戦略の構築を始めるのだった。
◆
そんな政治的な混乱が続く折、俺の元に王宮からの公式呼び出し命令が届いた。
報復されるのではないかと警戒シミュレーションをしていたが、それは完全に空回りに終わった。
どうやら、次期王太子に内定したセマフォ殿下が、熱烈に俺との面会を希望されていたらしい。
学院内を覆う三すくみ状態の霧を晴らすべく、俺の前に新たな重要人物が来た。
現国王の次男であり、兄の廃嫡に伴って急遽、次期王太子を任命されることとなった幼き俊英である。
スレッドとは一年の遅い(一歳差)にあたる、未だ四歳の幼児。
しかし、そのスペックは前任者とは文字通り桁違いだった。
傲慢な誇大妄想に塗れていた兄とは異なり、彼は極めて聡明で、世界の構造を客観的に見極められる高度な思考の持ち主だった。
彼は俺と対面するなり、現在の三すくみの膠着状態を打開するための、実に見事な統治ロジックを提示してみせた。
「ルーカス伯爵。まず、下位貴族たちの不満を鎮めるため、高位貴族が独占していた『高位魔法・神聖術』に関しては、全面解禁を進める方針だ。これで情報の非対称性は解消され、下級貴族の要求は満たされるだろう」
四歳児とは思えぬ理路整然とした仕様変更の提案に、俺は小さく頷く。
しかし、殿下はそこで思考を止めず、核心のリスクへと視線を向けた。
「ただし……君が構築した『秘術・改』については別だ。あれは出力が高すぎて、一歩間違えればテロ行為や環境破壊に直結する。一般公開は制限すべきだと考えているのだが、どうだろうか?」
その懸念は、政治を預かる統治者として至極真っ当なリスクマネジメントだ。
俺は殿下の不安を解消すべく、あらかじめ用意していた技術仕様を提示した。
「殿下、ご安心ください。私の『秘術・改』は、古代魔法や竜言語と同じ『エクストラスキル』に属するものです。
仮に他者が魔術コードを無理やりコピーしたとしても、前提となるマナの処理が異なるため、一朝一夕には再現できません。リスクレベルは極めて低いです」
「なるほど……特異個体専用の固有スキルというわけか。それならば安心だ」
俺の解説を完全に理解したセマフォ殿下は、張り詰めていた表情を和らげ、深く安堵の息を漏らした。
互いの意見交換が完了したその時、殿下は椅子から小さな身を起こし、まっすぐな瞳で俺を見つめてきた。
その瞳に宿るのは、冷徹な統治者の計算ではなく、もっと純粋な魂の要求だった。
「ルーカス伯爵。私は将来、君に私の筆頭側近──いわば監査役として、政務の報告(苦言)を容赦なく上げてほしいと思っている」
セマフォ殿下はそこまで言うと、少し照れくさそうに笑みをこぼした。
「──いや、それ以上にだ。私は君に、一人の『友人』として対等に接してほしい。私の倫理が狂いそうになった時、隣で笑って修正してくれるような、そんな存在になってほしいんだ」
四歳の次期王太子から送られてきた、最大級の信頼。
俺は一瞬だけ目を見張った後、前世のエンジニア時代にも滅多に浮かべなかったような、心からの苦笑を浮かべて、その手を取り握手を交わした。
(やれやれ……。お兄様とは大違いの、とんでもなく優秀な王太子が誕生しそうだな。この王太子のためなら、裏で少しばかり面倒事の修正の手伝いをしてやっても悪くない)
未来の王都、そしてこの国の未来が美しく書き換わっていくのを感じながら、俺は新たな友を、確かに脳内へと記憶するのだった。
そして要求を、二つ返事で了承。
──これが、のちの歴史書において、王国最盛期を築くことになる「賢王と名宰相」の誕生が初めて記録された、記念すべき最初の歴史の一ページであった。
◆
王宮から帰宅後、俺はリビングで待っていたルビィに会話ログを共有した。
「それじゃあ、高位魔法と神聖術は、近いうちに一般解禁されるのね。これで下位貴族たちの不満が少しでも解消されればいいんだけどね」
護衛のみんながダンジョンへ一狩り出かけている中、俺とルビィの二人だけで静かな時間を過ごす。
「そう言えば、あと半年もすれば学院の『順位決定戦(学内ランキング戦)』が始まるわね。ルーカス、よければ私の特訓に付き合ってもらえるかしら?」
「ああ、もちろんいいとも。それで、具体的にどんなスキルツリーを伸ばしたいんだい?」
「あなたが受験の時に使っていた、あの独特な近接武術を教えてほしいの。……確か、『居合』って言ったかしら?」
ルビィの予想外のスキル要求に、俺は少し目を見張った。
無限大容量ストレージを展開し、前世の記憶を頼りに最高精度の予備から小太刀を検索する。
「よし。それなら、覚悟してね。あまたの剣豪たちのノウハウを詰め込んだ、超高負荷な特訓メニューを組むから」
「望むところよ!」
◆
新たな学院生活のスタートと同時に、俺たちの初期パーティはさらなる高みを目指すため、半年間にわたる大規模な修正と最適化へと突入した。
俺の脳内は、彼らの能力を極限まで引き上げるための専用設計図を展開し、日々の特訓の進捗を共有していく。
まずは、我がパーティが誇る絶対的エース、ルビィだ。
彼女のカリキュラムは、基礎の徹底的な強化から始まった。
地獄の走り込みによる『心肺機能拡張』、そして重石上げによる『筋力パッシブ強化』。
その強固な土台の上に、何万回もの居合の基本型を反復練習していく。
仕上げとして、彼女の中に眠る既存の【剣術・上級】、高火力の【属性付与】、そして極限まで磨いた【居合】を統合する。
この特訓が完了した暁には、後に戦場において空間ごと敵陣を両断する無双の女剣客、『苛烈なる戦姫』へと進化を遂げる彼女の姿がはっきりと映し出されたされていた。
次に、パスカル様のだ。
彼はエリート魔導師としての処理速度を応用し、まずは『無詠唱の起動シーケンス』を完全に習得。
無詠唱魔法で迎撃する。
接近戦でも絶対に後れを取らない、一瞬の油断も許さない高位魔法の連射を取得。
最後は、癒やしのコアシステムを担うシー様の支援・後衛ビルドだ。
彼女は前衛への憧れを胸に秘めつつも、まずは自身の最大スペックを活かすため『神聖術の練度向上』と、筆記座学スコアのトップ維持に励んだ。
彼女に割り当てられた実践術式は、順位決定戦などの実戦環境において、負傷した生徒たちを即座に感知し、すぐさま戦線復帰させる回復魔法。
この圧倒的な管理能力により、彼女は近いうちに開催される順位決定戦における『公式医療班』のチーフという、全生徒の生命線を握る最重要ポジションへと就任する結果が確定していた。
(……素晴らしい。僕が手を貸すまでもなく、全員が自身の特性を理解し、完璧な成長を遂げている)
半年後、この最適化されたスキルツリーが完全に開花した時、俺たちのパーティはどのような異次元のパフォーマンスを叩き出すことになるのか。
俺はトレーニングフィールドで汗を流す三人の姿を見ながら、彼らの輝かしい未来を夢想せずにはいられなかった。
◆
週が明け、休みが明けた王立アルテア貴族学院の朝。
全校生徒の端末と掲示板に向けて、正式な通知──『低位貴族への高位魔法・神聖術のライセンス全面解禁』が発布された。
この通知に伴い、学内の勢力図は一変する。
今まで特権にあぐらをかいていた高位貴族たちは、半年後の順位決定戦で下剋上が起きるかもしれないと戦々恐々となり、プライドをかなぐり捨てて必死に魔法の練度を磨き始めた。
対する下位貴族側も、この千載一遇のチャンスを逃すまいと血眼になって力を注ぐ。
結果として、スレッド元王太子の残した失言は、学院全体の戦闘平均値を底上げするという、非常に良好な傾向を生み出すこととなった。
そんな喧騒を余所に、俺たちは地道なアップデートを続けていた。
ルビィは一切の弱音を吐かず、驚異的な速度で吸収していった。
「みんな、僕に置いていかれないように必死でスキルをアップデートしているな……」
こうして、各々の思惑と決意を胸に秘め、忙しくも充実した平穏な半年間が、あっという間に過ぎ去っていった。
──そして、半年後。
明日からいよいよ、学年の全ランキングを決定する『順位決定戦』が始動する。
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