第五話 決闘
アリーナの中央に位置する決闘ステージ。
その周囲を取り囲む観客席は、この国の最高権力者たちと学院の最高峰が一堂に会する、異様なレイアウトとなっていた。
まず、結界の最も近くに位置する観客席の最前列。
そこには、俺の勝利を微塵も疑っていないシー様、パスカル様、ルビィの三名に加え、この事態の推移を冷徹に見守るフォーク校長が、観戦の形で並んで席を占めていた。
彼らの視線は、愚か者の排除を見届ける――それと同じだった。
そして、そのさらに上層。
最高度の物理・魔法セキュリティによって防衛された王家専用席には、この国の絶対的な権力者が鎮座していた。
現国王、正妃、そして我が子の勝利を盲信する側室(王太子の母)。
彼らはこれから、自分たちの築き上げてきた特権が根底から覆る瞬間を、特等席で見せつけられることになる。
その両方の視線が注がれるステージ中央に、互いの魂を縛る『決闘契約』が黄金の光となって浮かび上がる。
スレッド王太子が勝利した場合は、現【Sクラス】配属予定者全員の国外追放が即座に実行され、スレッド自身がSクラスへ強制編入されるという、傲慢な権力の実行。
対する俺、ルーカスが勝利した場合は、スレッドの【王籍剥奪】、【断種手続き】、そして最底辺である【賤民】への階層降格という、身分そのものの完全なデグレード。
一度実行されれば、神の奇跡をもってしても巻き戻し不可能な絶対の規約。
歪んだ欲望に満ちた王太子の笑みが、ステージの処理開始を告げるシグナルと共に、ゆっくりと凍りついていくのを、俺は冷徹な頭の奥でカウントし始めていた。
「では──試合開始! 両者構え、はじめ!」
開始のシグナルと同時に、王太子が詠唱破棄で火属性の王級魔法を構築し始めるのが視えた。
魔力の流れ、すべてが予測可能(想定内)の挙動だ。
俺は即座に『ギャザーが集めし秘術・改』のライブラリから、対象の魔法構成を内部崩壊させる【呪文暴発魔法】を無詠唱で実行した。
──ドガァァンッ!
王太子の目の前で、魔力回線が致命的な逆流を起こし、爆煙が彼の顔面を焼く。
同時に強烈な熱波がその声帯を物理的に焼き潰した。
「カハッ、ガフッ……!?」
「……おや、声が出ないようですね。不便でしょうから、代わりにあなたの脳内思考(精神データ)を、アリーナの『魔導スピーカー』にダイレクトに代弁(同期)させてあげましょう」
俺は煤まみれで転がる王太子の頭部を容赦なく掴み、音声同期魔法を強制実行。
アリーナ全体に、王太子の狼狽した脳内情報が大音量で再生され始める。
「さあ、前置きはここまでです。──始めましょうか。イッツ・ショータイムだ」
アリーナの中央で、俺は剣を抜くことすらしなかった。
目の前のスレッド王太子を安全かつ徹底的に蹂躙するため、俺は冷徹に処理を開始した。
まずは、スレッド王太子の物理的な耐久値と痛覚の応答速度を計測する、第一フェーズ『近接切断テスト』だ。
俺はスレッド王太子に、囁く。
「これはエンシェント・ドラゴンにとどめを刺した魔法ですよ」
『何!』
俺は無詠唱で、純粋な光属性の高密度魔力刃『ビーム・ソード』を右手に展開した。
そして、一切の予備動作なく一閃する。
処理内容は極めて滑らかだった。
スレッドの右肩が、まるで熱したナイフでバターを斬るように根元から綺麗に切り落とされる。
一瞬の遅延の後、彼の脳内から絶叫が周囲のスピーカーを通じてアリーナへと出力された。
『ぎゃあああああああああッ!? 腕が、私の腕がぁぁぁ!!』
しかし、テストはまだ始まったばかりだ。
すぐに第二フェーズ『リカバリ&ロールバックテスト』へと移行する。
悲鳴を上げるスレッドに向け、神聖術『エクストラ・ハイ・ヒール』を発動。
超高密度の光粒子が彼の傷口を包み込み、切断された右肩の組織、神経、血管を強制的に再構築していく。
同時に、激痛のあまり失神しかけていた彼の脳を、過剰なヒールの生命エネルギーによって強制覚醒させた。
ここからが、このフェーズの本番、ループ処理の開始だ。
俺は『ビーム・ソード』を無造作に振るい続けた。
左腕を切り落としては、即座に治癒。
右足を切断しては、即座に治癒。
激痛の無限ループに狂い狂絶するスレッドの左足を、今度は細切れに破壊しては、時空ごと巻き戻すように即座にロールバックして治癒。
斬り、癒やし、目覚めさせ、また斬る。
肉体と精神の同期が強制的に維持される絶望の処理が、何度も何度も実行された。
王家専用席から側室の悲鳴が聞こえるが、誓約によって結界はロックされている。
誰もこのアリーナスペースには割り込みできない。
そして、最終段階である第三フェーズ『最大負荷(限界突破)テスト』の実行へ。
俺は完全に戦意を喪失して床に転がるスレッドの至近に立ち、彼を空中に浮遊させると、『ビーム・キャノン』を実行した。
極大に収束された光属性破壊魔法が、ゼロ距離で彼の腹部を撃ち抜く。
それは凄惨を極めた。
スレッドの肉体は腹部を中心に、物理的に上下ふたつへと完全分割される。
その莫大なエネルギーの余波だけで、アリーナが誇る特級防壁結界がバキバキと音を立てて破損し、霧散していった。
肉体が完全に消滅しかけたその刹那、俺は最終処理として、時空回帰魔法『リザレクション』を完全無詠唱で発動。
死の概念すら書き換えるその光が、ふたつに分かれた肉体を強引に結合・復元した。
チーン、と脳内で処理完了のシステム音が鳴る。
すべてのテストが終了した時、スレッドの精神耐久値は完全に限界突破を起こしていた。
かつて王太子として傲慢に振る舞っていた少年の瞳からは一切の光が消え失せ、口からは泡を流し、股間からは人間としての尊厳を完全に失ったお漏らしが、静かに闘技場の床を濡らしていた。
「さて、スレッド殿下。ここからは、新しい『竜言語魔法』のモルモット(実験動物)になってもらいましょうか」
俺はあらかじめサイレントの魔法をスレッド王太子にかけた後、実戦で一度も試していなかった、エンシェント・ドラゴンの出力を再現した『竜言語・火炎ブレス』を無詠唱で実行。
わざとスレッドの数センチ真横に着弾させる。
超高熱の圧縮ブレスは、頑強な特殊石盤を一瞬でバターのように融解させ、底の見えない巨大なクレーターを穿った。
「──もう止めてッ!! お願いだから、もう止めてちょうだい!!」
王家専用席から側室の女性が絶叫を上げ、現国王も青ざめた顔で何かしらの命令権限を発動しようと口を開きかける。
だが、その声を遮るように、俺は自分の声を魔導スピーカーへと最優先同期(割り込み処理)させた。
『──仮にもこの国の王族が、自ら締結した決闘の契約条項を、外部から不当に破棄されるおつもりですか? 当の王太子殿下は、未だ『敗北(降参)』を宣言していませんよ』
至極真っ当な正論の重圧に、現国王は何も言い返せないまま崩れるように椅子へと座り込んだ。
その後、数発の竜言語魔法(アイス・ブレス等)の出力テストを終えて十分なデータを採取した俺は、各種『状態異常』の耐性実験(毒・麻痺・石化・呪い)を一通り流し込んでデータをサンプリングし、最後に『サイレント』の魔法効果を終了させてやった。
「ま、待て……! 頼む、待ってくれ……ッ! ぼ、僕の、俺の負けだ! 降参だ、だから助けてくれぇぇぇ!!」
「──では、当初の契約条件を、厳格に執行させてもらいます」
俺は冷徹に言い放つと同時に、無詠唱の精密魔力刃で、彼の股間から『王家の血統を証明する生殖機能』を完全に切除(断種)。
床に転がったパーツは、火魔法の最小出力でチリひとつ残さず完全デリートしてやった。
静寂が支配するアリーナに、規約の執行を告げる厳粛なが鳴り響いた。
決闘条項に刻まれた絶対の条件が、今まさにリアルタイムで適用されていく。
まずは、最高位からの命令。
王家専用席から立ち上がった国王は、真っ青な顔のまま、しかし一切の拒否権を持たないとして公式宣言を発表した。
それは、実子であるスレッドの【王籍剥奪】、および最底辺である【賤民】への階層降格の確定。
この瞬間、元王太子の身分証明は社会的に完全消滅された。
続いて、今回の元凶でもある側室(母親)へのセキュリティの適用だ。
国家に致命的な愚か者を齎した罪は重い。
彼女に対しては、対象の魔法構成を常時ジャミング(妨害)し、体力をバックグラウンドで強制吸収し続ける超高度セキュリティ隔離空間『東の塔』への【生涯幽閉(終身刑)】が即座に適用された。
二度と表へアクセスすることは叶わない、永久の隔離処理である。
歪んだ特権階級のシステムが根底から修正され、アリーナの結界がゆっくりと解除されていく。
その刹那、空間全体に勝者アナウンスが響き渡った。
『勝者ルーカス・マギナ伯爵!!』
審判から発せられたその宣言がアリーナに響き渡った瞬間、これまで高位貴族たちの圧政に抑圧されてきた低位貴族たちから、地響きのような大歓声が沸き起こった。
「ルーカス!」「マギナ伯爵万歳!!」
熱狂がアリーナ全体を激しく揺らす。
俺は、人間としての尊厳を失って床に転がる元王太子を一瞥すると、指を鳴らし、ある魔法をかけた。
そして最前列で最高の笑顔を浮かべるルビィたちの元へと、静かに歩みを進めるのだった。
◆
控室へと帰還すると、中ではルビィが大きな涙をボロボロとこぼしながら、猛烈な勢いで俺の胸に飛び込んできた。
あんな悪魔のような蹂躙を見せつけたというのに、ルビィから恐怖を抱かれていないことに、俺は心の底から安堵した。
「いやはや、実に見事な試合だったね。……ところで、君が最後にあの元王太子の身体に仕込んだ『不可視の魔法』、一体何をしたんだい?」
フォーク校長が興味深そうな目で歩み寄ってくる。
俺はルビィを抱きとめたまま、淡々とその仕様を明かした。
今回実行した魔法は、対象のマナ・カーネルを物理的に永久破壊する、俺オリジナルの『生涯魔法封印魔法』だ。
彼が意識を取り戻す前に、その魔力回路のコアそのものを完全に凍結するための不可逆的な処置である。
この冷徹なロジックを即座に構築し、実行に移したのには明確な理由(防衛上の根拠)があった。
第一に、すべての権能を剥ぎ取られ、賤民としてスラムへ廃棄された後の元王太子の行動予測だ。
プライドを粉々にされた彼のような人物は、往々にして自暴自棄に陥り、腹いせに王級魔法を無差別乱射するような無差別テロを引き起こす可能性が極めて高い。
その脅威を事前に完全遮断しておく必要があった。
第二に、そして俺にとって最も重要な理由が、これからの防衛ラインの維持だ。
彼が落とされるスラムの境界線近くには、あの『孤児院』が存在している。
もし魔力を残したまま放置すれば、子供たちやパールさんへの逆恨みによる襲撃リスクが跳ね上がる。
昨日渡したばかりの、これから孤児院の未来を担う大切な『プリンビジネスモデル』という神聖な経済活動を保護するためにも、害をなす可能性のある牙はあらかじめ根元から叩き折っておかねばならなかった。
(……これでよし。魔力を永久に失ったただの賤民なら、スラムの過酷な環境で生き延びるだけで精一杯のはずだ。僕たちに干渉する機会は二度と与えない)
脳内で魔法の完全定着(実行成功)の結果を確認し、俺は満足してそのリスクマネジメントをクローズした。
これで孤児院のプリンビジネスも、ルビィたちとの穏やかな学院生活も、完全に保護された。
「──恐れ入りました。どこまでも完璧な処置でございますな」
軍師アルゴルは深く感銘を受けたように一礼した。
次期王太子のポストには正室様が生んだ、スレッドの弟にあたる聡明なセマフォ殿下が割り当てられる予定だそうだ。
オーエス王国の中央に巣食っていた最大の暗君の芽は、こうして入学前において、ルーカスの手によって完全に駆除されたのだった。
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