第四話 向こう見ずの馬鹿
「──なぜ、辺境のサルと、男爵ごときの下位が【Sクラス】で、王太子の私が【Aクラス】なのだ!」
掲示板の前で、周囲の迷惑を顧みずに凄まじい怒声のわめき声を撒き散らしている人物がいた。
そこにいた人物は、あまりにも自己中心的で傲慢な、スレッド王太子だった。
オーエス国の第一王太子という、この国の上位に位置する階級だ。
この傲慢さの原因は、王宮の杜撰な教育環境にある。
正室に男児が当たらず、側室から彼の誕生が報告された際、現国王が歓喜のあまり、ろくな資質チェックも挟まずに、即座に次期王太子に任命してしまったのだ。
周囲の潤沢な資金を注ぎ込んで甘やかし、わがままをすべて放置して育てた結果、未だ五歳という幼少期にして、彼の暴走を止めるブレーキ役(有能な側近)もいないという、最悪の状態で学院へ入学されてしまっていた。
そのスレッド王太子が、こちらに向けて狂ったような暴言を吐き散らしている。
「辺境のサルめ、我が親友たるトムキャット侯爵家のアパッチの元婚約者の分際で! 婚約破棄になった途端、別のオトコに乗り換えたクソ女が!」
ギャハハと下品に笑いながら、彼はさらに周囲のギャラリーを煽るように声を張り上げた。
「肥溜めみたいな孤児院へのボランティアを止めさせるよう、アパッチが忠告したはずだぞ! あれは私が裏で指示した命令だったのだ! それを無視して、コソコソとゴミ拾いのような真似をしおって!」
怒りで顔を真っ赤に染めた王太子は、今度はその矛先を俺へと向けて、狂ったように指を突きつけてくる。
「マギナ男爵家もだ! ドラゴン・スレイヤーなどという根拠のないブラフを振りまきよって! 平民のクソゴミとくっつくような下賤な奴が、英雄のハクをつけようなどと不愉快極まりない!」
彼の頭では、俺たちの規格外の実力がすべて虚偽として処理されているらしい。
そのあまりの誇大妄想に、俺は呆れを通り越して哀れみすら覚え始めていた。
「そもそも、男爵ごときの下位貴族が、高位魔法のコードを使えるはずがないのだ! あれは高位貴族のアカウントだけで独占管理しているのだぞ! 秩序を乱す下位貴族め、ただちにその爵位を凍結してやる!決闘だ!」
(……やれやれ。完全に誇大妄想で脳内がオーバーフローしているな。王太子の特権階級という権限を、自分の万能の力だと勘違いしている典型的な馬鹿だ)
俺は冷めた視線で、喚き散らすスレッド王太子のプロファイル情報を静かに閉じた。
目の前で暴言を乱発するこの愚かな王太子を、どうやって安全に、そして確実に社会的に終了してやるか、俺は脳内で冷徹にその手順を組み立て始めるのだった。
横を見ると、シー様の顔が完全に能面と化していた。
お淑やかな顔の裏で、心の中は相当お怒りのようだ。
あ、ルビィの顔も能面になっていた。
完全に終わったな、あのいかれポンチ。
女性陣全員のヘイトを同時にカンストさせるとは、どんな自殺志願者だ。
パスカル様は口元こそ笑っているが、視線が完全に据わっている。
さらにスレッドは、この場にいる全低位貴族の受験生、果ては駆けつけた学院の教員にまでまとめて喧嘩を売りやがった。
完全に詰みだな、あの腐れいかれクソポンチ。
そこに、待ってましたと言わんばかりのタイミングで、フォーク校長が優雅に姿を現した。
「よいではないですか。未だ入学前ではありますが……して、具体的にどなたと決闘されるおつもりで?」
「男爵だ! ドラゴン・スレイヤーなどという虚飾のログを流している下位貴族のクソガキだ! どうせ大した魔法も実現できないのだろう。私がその化けの皮を剥ぎ取ってやる!」
……俺か。
精神年齢が前世と合わせて三十オーバーの俺からすれば、五歳児のわがままなに付き合っている暇はない。
そう思ってスルーを決め込もうとした瞬間、俺たちの姿を見つけた王太子がズカズカと突進してきた。
そして、あろうことか、
「──『フレア』!」
挨拶代わりに、火属性の王級魔法を「詠唱破棄」でダイレクトに放ってきやがった。
いくらなんでも向こう見ずが過ぎる。
俺は即座に思考を駆動させ、水属性の帝級防御結界を無詠唱で全面に展開した。
パキィィン! という硬質なエラー遮断音と共に、フレアの獄炎は結界の防壁に阻まれ、一瞬で霧散する。
「……どういうおつもりですか、スレッド王太子。今の無差別攻撃、僕たちだけでなく、周囲にいた他の受験生たちも完全に巻き込む範囲でしたよ」
「ふん、ゴミムシ共が何匹死のうが、我が王国の基盤はびくともせんわ!」
あ、中庭にいる全員のヘイトが完全にロックオンした。
それと──俺の安全装置も今、完全にパージされた。
今の火球、もし俺の結界展開が一瞬でも遅れていたら、後ろにいたルビィに被害が及んでいたところだったんだぞ。
「……分かりました。その『決闘』、謹んでお受けいたします」
◆
学院の中庭中央、張り詰めた空気の中で、俺とスレッド王太子の間に一つの誓約書が渡された。
それは、互いの退路を完全に断つための絶対的な決闘規約だった。
【決闘・契約書】
画面には、どちらが勝利するかによって実行する、あまりにも極端な結果条件が明記されていた。
まず、王太子スレッドが勝利した場合だ。
彼が勝利した瞬間に、スレッドのSクラスへのクラス配置変えが適用され、彼が望むままの権力構造が学院内に構築される。
それだけではない。
俺、ルビィ、シー様、パスカル様の四名に対し、学院からの【即座に追放処理】という最悪の命令が実行される事になっていた。
俺たちを学院から完全に排除するつもりのようだ。
対する俺、ルーカスが勝利した場合の条件は、王太子の存在そのものを社会的に消滅させる致命的な要求だった。
俺の刃が彼を捉えた瞬間、スレッドの【王籍剥奪】が確定する。
さらに、その歪んだ特権意識という人格が次世代へと拡散されるのを防ぐための【断種手続き】が強制実行される。
そして極めつけは、この国の最底辺である【賤民】への階層降格処理。
二度と上層へ出てこれない様、王太子の権限を完全に剥ぎ取るという恐るべきペナルティだった。
◆
「な、なんだと……ッ!?」
「僕が勝ったら、の条件ですよ? ……それとも、最初から負ける予定だから、怯えているのですか?」
あえて冷徹な挑発を叩き込んでやる。
「よかろう、不敬なゴミめが! その条件で今すぐ決闘をしてやる!」
「ここで(中庭で)やりますか?」
すかさず、フォーク校長が最上級の笑みで割り込んできた。
「当学院の『アリーナ』を提供しましょう。そちらの閉鎖的な隔離空間で、思う存分決闘してください。審判には我が校のベテラン講師をアサインします」
俺は歩き出す前に、フォーク校長へ仕様の確認を取った。
「校長、アリーナの防壁結界の耐久スペース(強度)はどれくらいですか?」
「……成獣の『エンシェント・ドラゴン』が最大出力で放つ竜言語魔法やブレスの物理・魔法収束に、数時間は耐えられる設計ですよ、ルーカス伯爵」
「そうですか。──では、『禁呪』はどうですか?」
「禁呪はさすがに、障壁がクラッシュするので『無し』の方向でお願いできますか?」
「分かりました、規約を遵守します」
アリーナへ向かおうとしていた王太子が、わざわざ戻ってきて俺を睨みつける。
「何をこそこそと校長と話している! 臆したか!」
「いえ。結界の強度を確認しただけです」
「ふん、そんなもの、私の高位魔法の前には何の意味も成さないことを、その肉体に直接証明して見せよう!」
◆
フリーズ(能面状態)から正常に再起動したシー様が、凛とした声を周囲に響かせた。
「皆さん、特等席で観戦するために、アリーナへ移動しましょう」
「シー様、でもルーカスが……」
ルビィが少し心配そうに呟くが、シー様は優しくその肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ、ルビィ様。……あなたの婚約者は、あのような雑魚に負けるほど、脆弱な人ですか?」
「──いいえ! あんな生ゴミに負けたりしません!」
こうして、Sクラスの残り三人と校長、そして中庭にいたすべての受験生がアリーナへと大移動を開始する。
これが、のちにこの国の根幹システムを揺るがし、後世の歴史に『神罰の決闘(アリーナの一戦)』として刻まれる、伝説の始まりだった。
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