第三話 受験結果
王立アルテア貴族学院の「受験結果発表」を翌日に控えた、その日の朝。
俺とルビィは、コボル辺境伯令嬢のシー様、そしてその婚約者であるパスカル様と共に、王都の一角にある孤児院へと足を運び、ボランティア活動として『プリン』を振る舞っていた。
事の発端は数日前。
学院の試験が終了したあと、シー様から「たまには我が辺境伯邸にて、今後の親交を深めましょう」との招待イベントが発生。
その際、俺が無限大容量ストレージから手土産として出した出来立ての『プリン』を持参したのが、すべての切っ掛けだった。
日頃から孤児院の支援活動に熱心だったシー様は、プリンを一口食べた瞬間に甘味の美味さの虜になり、「ぜひ、孤児院の子供たちにもこの幸福を味あわせてあげたい!」と提案されたのである。
◆
王都・孤児院にて。
この施設は、親のいない子供たちを一時的に保護・育成するための、いわば王都の底辺を支えるセーフティネットだ。
保護が有効なのは、〇歳から十四歳まで。
十五歳を迎えた瞬間にこの世界における成人とみなされ、否応なしに社会という広大な荒海へと自立される事になっている。
この孤児院の最大の特徴は、国からの支援金に頼らず、独自の経済システムで回っている点だ。
運営資金を支えているのは、かつてここを巣立ち、社会で自立していったOB・OGの元孤児たちからの『寄付金』。
だが、その課金サイクルは、今まさに崩壊の危機に瀕していた。
原因は、子供たちの『従来の主なキャリアパス』にある。
成人した子供たちの多くは、一獲千金を夢見て手っ取り早く稼げる冒険者を選択する。
しかしそれは、常にダンジョン攻略中の死亡というハイリスクと隣り合わせの危険な職種だった。
そして最近も、孤児院の未来を担うはずだった優秀な若手OBが、ダンジョン最深部で「未帰還(死亡)」を起こしたという悲痛な悲報が届いたばかりだった。
大黒柱となるはずだった高レベル冒険者のロスト──。
その現実のせいで、寄付金は途絶えかけ、院内の空気は重く、絶望的な沈下の空気に包まれていた。
(成人と同時に危険な未開拓フィールドに放り出され、高確率でロストするキャリアパスしか用意されていない……。これは完全に設計ミス、構造的な欠陥だな)
暗い表情で身を寄せ合う子供たちの様子を見ながら、俺は脳内で新たなキャリアパスの設計図を組み立て始める。
(この孤児院を維持し、子供たちの生存率を引き上げるには、冒険者に頼らない安全で高効率なリターン(経済活動)を生み出す『新規事業』が不可欠だ)
元前世エンジニアの血が騒ぐのを感じながら、俺は暗転しかけている孤児院の運用に、大胆な上書きを仕掛ける決意を固めるのだった。
「そんな彼らに、たまには美味しい食べ物で心を休めて、息抜きをしてほしい」
それが、聖女のごときシー様の優しい願いだった。
当初、シー様はプリンの製造元である外部の職人に話を繋ぐつもりだったらしく、俺が「あ、それ僕がキッチンで手作りしたものです」と明かした際は、「……貴方って、本当に何でもありの規格外なのね」と半ば呆れ顔をされた。
移動中の馬車の中で聞いた話では、前婚約者であるトムキャット侯爵子息(すでに俺とパイソンによって消去済)は「そんな小汚い低スペックな奴らのところへ行けるか!」と完全拒否していたらしい。
俺がトムキャット侯爵家を社会的排除したおかげで、今の聡明なパスカル様との新しい婚約が成立したのだと、シー様は嬉しそうに語ってくれた。
孤児院の厨房に入った俺は、一番の年長さんであり、将来はシスターを目指しているという女の子・パールさんにアシスタントを頼んでプリンの量産を開始した。
幸いなことに、パールさんは水属性魔法の適性に恵まれており、応用で『氷』を生成できるスペックを持っていたため、蒸し上がったプリンを急速冷却する最終工程を一任した。
「甘くて、お口の中でとろける……!」
「こんな美味しいもの、生まれて初めて食べた!」
配られたプリンは、孤児たちは猛烈な勢いで大好評を記録。
全員が上限突破レベルの笑顔を浮かべている。
その光景を見届けた俺は、ある画期的なビジネスモデルを持ちかけてみた。
「シー様、よければこのプリンのレシピを孤児院に無償譲渡します。これを『孤児院名物』として王都で売り出して、独自の運営資金を稼ぐようにしてみてはどうでしょう?」
プリンを商業運用するにあたり、最後の冷却プロセスを無コストで行えるパールさんの氷魔法は、必須だ。
俺の提案を聞いたパールさんは、驚いたようにおずおずとシスターの顔を見上げた。
「私……冒険者にならなくても、シスターとしてこの孤児院に残って、みんなのためにプリンを作っていていいの……?」
その問いかけに、文句を唱える人間など、この場には一人もいなかった。
彼女の本来の希望ルート(シスターの夢)は、見事に実現されたのだ。
俺の思考は、目の前の暗い停滞を打破するための、完璧な新規事業計画を瞬時に計算し終えていた。
網膜の奥に、未来の成功がはっきりと映し出される。
この新規プロジェクトの基本構造は極めてシンプルだ。
まず、俺が前世の記憶(外部データベース)から引き出した極上の甘味レシピを、孤児院の子供たちへと共有する。
そして、パールの高度な『氷魔法』を生産ラインに組み込むことで、冷却と凝固のプロセスを劇的に効率化するのだ。
魔法技術をそのまま製造プロセスのコアとして稼働させる、まさに異世界ならではのクリーンな工場である。
出来上がった製品の流通も、すでに太い回線が確保されている。
ルビィの父親が運営する、王都でも指折りの大手『セル商会』での委託販売ネットワークの構築。
それと並行して、孤児院の敷地内での直販ルートを開設する。
中間マージンを極限まで削った、高効率なキャッシュフローの完成だ。
もちろん、これほど旨いリターンを生むコンテンツを実現すれば、利権を不当に奪おうとする悪徳商人が接触を試みてくるのは織り込み済みだ。
だが、その防衛システムもまた、完璧な対処が用意されていた。
「俺たちの実家に嫌がらせを仕掛ける奴は、一人残らず叩き潰す!」
孤児院の窮地を聞きつけて前線から帰還してきた、ガチ勢の上位冒険者OBたちが激怒。
彼らが私兵として二十四時間体制で屋敷の周囲に鉄壁のガードを構築したのだ。
高レベル前衛職による強固な常時監視を前に、悪徳商人たちの姑息な接触はすべて返り討ちを辿ることになる。
(……よし。この事業が完全に駆動すれば、孤児院は危険な冒険者業に依存しなくても、莫大な資金を自給自足できるようになるな)
未来の予測の通り、この『孤児院プリン』は瞬く間に王都全域へと拡散し、やがては王都の甘味界を二分するほどの巨大産業へと成長を遂げていくことになる。
俺は脳内で完璧な勝利確定演出をクローズし、不安そうに俺を見つめる子供たちに向けて、不敵なエンジニアの笑みを浮かべるのだった。
◆
約束の翌朝。
俺とルビィはコボル辺境伯邸でシー様たちと合流し、共に王立アルテア貴族学院の正門前へと入場した。
敷地内の中庭には、すでに巨大なクラス分けの掲示板が掲示されており、大勢の受験生たちが群がっている。
俺たち四人が人混みの後ろから視線を投げると、結果は一瞬で確認できた。
──俺、ルビィ、シー様、パスカル様の四名は、満場一致で最上位【Sクラス】へと配属されていた。
ここまでは、事前のシミュレーション通りだ。
しかし、その掲示板のクラスの人数比を凝視した瞬間、俺は強烈な違和感が走った。
「……変だな。Sクラスの所属メンバー、僕たち四人しか登録されていないぞ?」
俺の呟きに、同行していた軍師アルゴルが即座に眉をひそめる。
「おや、これは妙ですな。事前に入手していた学院の例年のデータによれば、Sクラスは定員十名で構成されているはず。それが今年はわずか四人……。代わりに、その一つ下の【Aクラス】のメンバーが、三十名という異常な超過を起こしております」
教室の物理的な許容を遥かに超える、異常な超過を引き起こしていたのだ。
なぜ、これほどまでに極端なクラス配分になってしまったのか。
不審に思った俺が即座に脳内のサポートAIを駆動させ、原因究明を試みると、その裏に隠された驚くべき構造が浮き彫りになった。
──本来であれば、その血統と魔力出力の初期値によって自動的にSクラスへアサインされるはずだった上位貴族たちが、今回の振り分けにおいて、ごっそりとAクラスへダウングレード(隔離)を施されていたのだ。
それは紛れもなく、先の順位決定試験で俺たち四人が見せつけた、圧倒的な「Sの基準(異次元の戦闘スペック)」が原因だった。
学院の判定が俺たちのデータを上限として再設定してしまったため、例年ならエリートと呼ばれたはずの上位貴族たちが、一十把ひとからげに『実力不足』として弾かれ、Aクラスへ叩き落とされたというわけだ。
俺は視界を埋め尽くす真っ赤な異常ログを静かにクローズし、これからの学院生活で発生するであろう、特権階級(Aクラスの群れ)からの強烈なヘイトを想定して、警戒を一段と強化するのだった。
この異常な人員配置が意味するものは一体──。
俺たちがその意図を解析しようとした、その瞬間。
静寂を保っていた中庭の空気を切り裂くように、掲示板の最前線から、鼓膜を震わせる凄まじい怒声が響き渡った──。
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