第二話 受験
筆記試験は、特にエラーも出すことなく滞りなく終了した。
俺、ルビィ、シー様、パスカル様の4人とも、全解答にバッチリとした手応え(満点判定)を感じていた。
次は実技の第一関門である『身体測定』だったのだが、なぜか俺だけが魔力測定と神聖力測定を完全免除された。
理由は単純明快、測定器が壊れるからだそうだ。
学院の測定器の限界値を遥かに超えているため、機材破損を防ぐための防護措置(例外)として、俺の初期評価は『暫定SSSクラス』として処理されることになった。
どうやら、俺が生まれた瞬間に教会の測定水晶を粉砕したという幼少期のエピソードが、先日のドラゴン・スレイヤーの武勇伝と完全に紐づいて、王都の上層部まで共有情報(噂)として流れてしまっていたらしい。
学院での新学期に伴い実施された身体測定、すなわちステータスチェック。
その全行程が終了した瞬間、俺の視界に結果を示す結果画面がポップアップした。
俺たち四人のアカウント情報が、明確な数値と判定によって綺麗に構造化されている。
【身体測定結果】
まずは俺、ルーカスの情報だ。
魔力および神聖力ステータスの項目は、どちらも『測定不能(免除)』という異常なログが刻まれている。
前回のやらかしが原因で、学院の測定器が物理的にクラッシュするのを防ぐための安全対策らしい。
物理肉体スペックは、地道なビルドアップの甲斐あって五歳児としては規格外の『E判定』。
特性にいたっては、もはや世界の不具合を体現したかのような『暫定SSS / 例外処理個体』と表示されていた。
次に、俺の婚約者であるルビィのデータ。
彼女の魔力ステータスは、見事に『A』の大台を記録。
神聖力は『なし』だが、物理肉体スペックは前衛組による地獄のしごきの成果により、俺と同じく五歳児の枠を超えた『E判定』を叩き出していた。
ビルド特性は、超高火力の魔法と剣術を両立する『純魔導・物理マルチタスク型』。
主人公級の綺麗な成長曲線を描いている。
続いて、パスカル様だ。
魔力ステータスは、さすがは名門の麒麟児と言うべき堂々の『S』ランク。
神聖力は『なし』、物理肉体スペックは五歳児の標準値である『F判定』をキープ。
ビルド特性には『高位魔導師型エリート』とあり、伝統的な魔導の血筋を正当にアップデートした非の打ち所がないステータスだった。
最後はシー様のデータ。
彼女は現在、前衛へのジョブチェンジを画策している最中だが、今回の魔力ステータスはまだ『初期値』のまま。
しかし、その真価は神聖力ステータスにある。
最高ランクの『S』が燦然と輝いていた。
物理肉体スペックは、パスカル様と同じく標準的な『F判定』。
ビルド特性の欄には『聖職者・ヒーラー特化型』と記載され、その圧倒的なヒーラーとしてのスペックを見せつけていた。
(……なるほど。僕の例外処理は置いておくとしても、ルビィ、パスカル様、シー様の三人はそれぞれの特性に特化した理想的なビルドが進んでいるな)
五歳児の皮を被った化け物たちの最新情報をスキャンし終えた俺は、今後のパーティ構築や戦術の最適化に思いを馳せながら、そっと視界のウィンドウを閉じるのだった。
周囲の下位貴族の子弟たちは、軒並み【E】(物理極振り騎士志望)か【I】(文官志望)という極端なステータスに分かれていた。
俺とルビィのように、物理(身体能力)と魔法(魔力)の双方に超高スペックを叩き出しているマルチタスクな個体は、この世界としては極めて稀な存在らしい。
◆
続いて、実技試験のメインディッシュである『魔法試験』が開始された。
魔力持ちの受験生は全員強制参加であり、皆、どこか前世の中二病を想起させる、痛々しいオリジナル詠唱を叫びながら、前方に設置された的に向かって魔法を放っていく。
詠唱という行為は脳内で魔法の出力イメージを固定化するための補助プログラムに過ぎないのだが、正直、横で聞いていて精神的攻撃(悶絶)を受けそうだった。
しかも、出力される魔法がしょぼければしょぼいほど、無駄に詠唱の構文(テキスト量)が長くなる傾向がある。
試験会場の武闘台では、受験生たちによる魔法のデモ実行が次々と執り行われていた。しかし、そのクオリティの差は、プログラムの完成度のように残酷なまでに開いていた。
【一般受験生:中二病構文】
まずは、一般的な貴族の受験生だ。
彼は大仰な身振りを交え、脳内の設定をすべて吐き出すかのような冗長なコマンドを入力し始める。
「我が深淵なる暗黒の契約に基づき、今ここに現出し、敵を穿て……ッ!」
最大級の精神的コストを支払い、満を持して実行された処理結果は、ひょろひょろ〜っと頼りなく虚空を飛んでいく、初期レベルの火球。
それが標的の的に向かって「ボスッ」とマヌケなノイズを立てて当たるだけで終わった。
ギャラリーからは失笑すら漏れない。
そんな無駄だらけの構文を上書きするように、次に前に出たパスカル様の実行速度は美しかった。
「……『プロミネンス』」
無駄な修飾語をすべて破棄(詠唱破棄)し、最低限のキーコードのみを音声入力する。
その一瞬の言葉に対し、最高位の「帝級魔法・火属性」である轟々たる獄炎がダイレクトに展開され、的を完璧に焼き尽くした。
文句なしの破壊力と、一切の無駄を感じさせない精密な制御。
これぞエリートだ。
だが、そのパスカル様すら驚愕させる圧倒的なのが、俺の婚約者、ルビィだった。
(音声なし) 彼女は唇すら動かさない。
完全無詠唱の特権命令により、ただ静かに標的に向かって小さな手をかざす。
次の瞬間、フィールドの物理法則が書き換わった。
ルビィのデバイスからデプロイされたのは、帝級魔法『アブソリュート・ゼロ』。
絶対零度の美しい氷鎖が恐るべき速度でフィールドを奔り、標的オブジェクトを分子構造ごと一瞬でガチガチに凝固、氷結させてしまった。
「おお……!」
「嘘だろ、完全無詠唱の帝級魔法だと……!?」
アリーナを包むギャラリーたちから、驚愕と感嘆が濁流のように漏れ出す。
俺が裏で施した最適化を完全に乗りこなしてみせたルビィの圧倒的な出力を前に、試験会場全体のレーティングが一気に跳ね上がる。
これを見て、俺は内心で非常に焦っていた。
彼女と同じ【Sクラス】に配属されるためには、俺も同等以上のインパクトを残さなければならない。
ガチガチに凍りついて機能停止した的が新品に交換され、ついに俺のターンが回ってきた。
──焦りは、エンジニアにとって最大のバグを生む。
俺は出力調整の思考回路がパニックを起こし、あろうことか、脳内で『Λの枷』の制限コードを再適用し忘れた状態で、光属性の帝級魔法をトリガーしてしまったのだ。
「──『エクストラ・ライトニング・ボルト』」
無詠唱で放たれたそれは、通常の十六倍の演算出力を誇る、凶悪なまでの神罰の紫電だった。
俺の手のひらから幾重にもほとばしった極太の雷光は、講堂の空間を眩く焼き尽くしながら直撃。
帝級魔法でも絶対に壊れないはずの防壁仕様だった的を、分子レベルで完全に粉砕・消滅させた。
ドゴォォォン!! という凄まじいシステム衝撃音が残響する中、ギャラリーは水を打ったように静まり返った。
試験官にいたっては、持っていたクリップボードを落とし、顎が外れそうなほど唖然としてフリーズしている。
やってしまった、完全なるオーバーキル(過剰出力)だ。
極めて気まずい静寂のノイズが流れる中、隣のシー様がすかさず完璧な助け舟を出してくれた。
「まあ……! さすがは本物の『ドラゴン・スレイヤー』ルーカス伯爵様ですわね。あの次元の出力でなければ、かの巨竜の強固な鱗は突破できなかったのでしょう。しかも、余波を周囲に一切散らさず、標的だけをピンポイントで消滅させる精密さ。魔力制御の処理能力も、まさに神業(完璧)ですわ」
その言葉によって、フリーズしていた周囲が再起動し、次の瞬間、講堂全体が割れんばかりの圧倒的な拍手で埋め尽くされた。
俺は冷や汗を拭いながら、彼女の優秀なサポートに深く感謝を伝えた。
「シー様、ありがとうございました。絶望的なミスをリカバーしていただき、心から感謝いたします」
「ふふ、気になさらなくて大丈夫ですよ、ルーカス様。今の言葉は私の本心(純粋な評価)ですから」
(なるほど……本心であの超火力を肯定できるのか。シー様、お淑やかに見えて、意外とバトルジャンキーというか天然なスペックをお持ちだな)
◆
実技第二段階は『神聖術試験』。
受験生のデスクの前には、完全に「枯れ果てた花」の刺さった植木鉢が用意され、これをどこまでリカバリできるかを見る。
まずシー様が、美しい無詠唱のアクションで一瞬にして大輪に咲き誇る完璧な状態へと完全蘇生。
続いて俺の番。
俺も同じく無詠唱で、全盛期以上の綺麗な花へと蘇生させる。
毎日、実家の庭でガーデニング(菜園の保守運用タスク)に神聖術をかけまくっていた俺からすれば、この程度の修復コードはチュートリアル以下だ。
他の受験生たちは長い祈り詠唱を唱えていたが、タイムアウトまで時間をかけた割には、誰一人として百%のデータ復元にまで至る者はいなかった。
◆
実技の最終段階は『武術試験』。
下位貴族が武術でのスコアを狙うためのオプショナルタスクであり、高位貴族の参加は滅多にない。
そのため、俺とルビィの参加は「天才の気まぐれな娯楽」だと思われているようだった。
実技ターゲットは、魔法防御加工が施された堅牢なハードウェア『フルプレートアーマー(金属人形)』。
先行したルビィは、愛剣に風属性の魔力付与を纏わせると、鋭い踏み込みから人形を一刀両断にした。
己のリソースすべてを攻撃力にコミットした鮮やかな一閃に、会場から再び大きな拍手が沸き起こる。
しばらくして、俺の受験番号がコールされた。
俺は無限大容量ストレージのインベントリから、お気に入りの小太刀を実体化させる。
的の前に進み出て綺麗に一礼を交わすと、身体を低く沈め居合(抜刀術)の基本の構えをとった。
ピリピリとした、張り詰める静寂の空気。
俺は肉体の全神経を研ぎ澄まし、刀身に気を全て載せて極小に圧縮して込めると──音を置き去りにして抜刀した。
──刃が閃いた瞬間には、何も起こらなかった。
金属を叩く音すらなく、会場には水を打ったような沈黙のノイズだけが流れる。
俺は静かに、引き抜いた小太刀を鞘へと戻していき、最後に「チン……」と、小気味良い残響音を響かせた。
その瞬間。
魔法加工されたはずの頑強なプレートアーマーが、斜めの切断線に沿って滑らかにスライドし、凄まじい重量音を立てて崩れ去った。
遅延処理を伴う完全なる両断。
ザワッ……と、今度こそ受験生たちから恐怖に近いどよめきが巻き起こる。
俺は刀をインベントリに納めながら、軽く補足を加えた。
「これは、とある遠い国の武術で、『居合』と呼ばれる抜刀の技法です。魔法のような派手さはありませんが、ご覧の通り、単体への物理攻撃威力は絶大ですよ」
どよめきが拍手へと変わり、全ての試験が終了した。
◆
その日の夜、帰宅後の王都・伯爵邸の居間にて。
暖炉の火を見つめながら、ルビィがふと、以前からの疑問を口にした。
「ねえ、前から少し気になっていたのだけれど……ルーカスがたまに言う『とある国』って、一体どこのエリアにあるの?」
その言葉に、夜食の日本酒のボトルを抱えた軍師アルゴルが興味深そうに追従する。
「そうですな。ルー坊のあの見たこともない見事な刀剣裁きや未知の美食のレシピ。私も一介の軍師として、非常に興味がございます」
俺は少し困り眉になりながら、夜空の窓の外を見つめた。
「……すごく遠い国だよ。もう二度と、行くことはできないかな。少なくとも、この世界の地図のどこを探しても、存在しない場所なんだ」
その少し寂しげなニュアンスの音声データを聞いて、アルゴルは彼なりのロジックで綺麗な誤解をしてくれた。
「なるほど……すでに滅び去った、古代の失われた王国の類ですな。ルー坊は幼少期、古代の文献を絵本代わりに読み耽っていたとギャザー男爵から聞いております。その文献のログに残されていた、幻の国の技術なのでしょう」
「──ああ。うん、まあ、だいたいそんな感じだよ」
俺は苦笑交じりに、その設定をそのまま採用して誤魔化すことにした。
俺が前世の記憶を持つ『転生者』であるという機密データは、この世界の誰にも明かしていない。
俺は脳内のサポートAIを駆動させ、この世界の根底に隠された──『世界観システム・機密』の記述を静かに読み解いていた。
そこに記されていたのは、俺のような異界からの訪問者に対する、あまりにも過酷な世界の排斥ルールだった。
この世界における異界からの流入者は、その形態によって二つのリスクに分類されている。
一つは、魂だけが異界から流れ込む『転生者』。
彼らは世界システムに深刻なエラーをもたらす『忌子』と定義され、教会派の最高幹部から絶対的な排斥対象としてロックオンされる運命にある。
そしてもう一つが、肉体ごと異界から強制アクセスさせられる『転移者』。
彼らは都合のいい兵器として国家や勢力に搾り取られ、最後は用済みとして廃棄(追放)を辿る運命となっていた。
どちらを選んでも、待っているのは破滅だ。
そんなデスゲームのような環境の中で、俺がこれまで五歳という年齢に達するまで無事に生存成功(生き残り)できたのは、ひとえにスタート地点の選定が完璧だったからに他ならない。
俺の実家であるマギナ家は、古い因習やしがらみの薄い、平民上がりの男爵家だ。
いわば、過去の不具合が存在しない極めてクリーンな環境だったからこそ、教会の監視の目を盗んで爪を研ぐ時間が確保できたのだ。
もしこれが、王都の名門貴族家のような厳重な高位家系に生まれていたら、今頃は隠蔽処理とハードモードの命がけの隠蔽工作に追われ、五歳を迎える前に強制終了されていた可能性が極めて高かった。
(……つくづく、マギナ男爵家に生まれて正解だったな。実家の環境のおかげで、僕はここまで年齢を重ねる事ができたわけだ)
世界のシステムが牙を剥く『転生・転移者リスク』の機密をそっと閉じ、俺はこれまでの生存戦略の正しさを確信する。
だが同時に、これから進出する王都や学院という大舞台では、より高度なステルス性とハッキング技術が必要になることを、前世のエンジニアとしての直感で深く胸に刻み込むのだった。
少ししんみりした気分をリフレッシュするため、俺は窓から見える美しい夜空を見上げた。
「アルゴル、今日の夜食は、僕の『とある国』の定番メニューである『唐揚げ』にしようと思うんだ」
「おお、良いですな! あれは油の旨味と醤油の香ばしさが絶妙で、何よりお酒が最も進む最高のおつまみです!」
俺はキッチンのストレージを借りると、残りのメンバーを含めた計八人分の巨大な胃袋を満たすため、大量の鶏肉に下味をつけ、サクサクのジューシーな唐揚げを次々と作っていった。
◆
その頃、夜の王立アルテア貴族学院の職員室では、本日の受験生の試験結果を巡って、講師陣の会議が白熱していた。
「やはり、今年のコボル辺境伯派閥の受験生は、例年になく粒ぞろいですな」
「ああ。特に、辺境伯の令嬢シーとその婚約者パスカル。そして、その友人であるマギナ男爵家の──いや、今は『ルーカス伯爵』か。彼とその婚約者のルビィ嬢。この4人の出力スペックは、完全に他の受験生から桁外れに突出している」
そこで、一人の年配の試験官が、頭を抱えて苦悶の声を漏らした。
「……だが、あの『ドラゴン・スレイヤー』のルーカス伯爵の扱いをどうしたものか。実技試験の情報を見たが、測定免除の暫定SSSなだけでなく、帝級魔法の的を消失させ、加工アーマーを物理遅延で一刀両断にしているぞ」
「何か運用的(教育的)に問題でも?」
「大ありだ! 我々学院の講師陣のレベルで、あのような規格外の怪物に一体何を教えられるというのだ!?」
「あ──」
職員室に、重い沈黙が流れる。
「せいぜい、この世界のレガシーな歴史、地理、外国語を教えるか、あるいは子供同士の社交界の場を提供するくらいしか、我々にはアプローチできん。まあ、それはルビィ嬢たちを含めたあの4人全員に言えることだがな……」
「ともあれ、審議の余地なし。この規格外の4人は、満場一致で【Sクラス】へ強制編入だな」
自分たちの圧倒的なチートスペックのせいで、学院の管理職(大人たち)の脳が早くも悲鳴を上げ始めているなどとは、お腹いっぱいに唐揚げを堪能しているルーカスたちは、未だ知る由もなかった──。
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