第一話 受験前
生まれたばかりの妹、アドミナを、全力を使って可愛がりすぎた結果、彼女が人生で最初に発した音声(言葉)は、母親への言葉ではなく「にいに」だった。
完全に狙い通りの英才教育である。
だが、そんな溺愛の日々を過ごす俺も、もうすぐ五歳を迎える。
愛しい妹を見ながら、後ろ髪を引かれる思い(未練)はあるが、この世界の王国仕様(法律)では、貴族の子弟は五歳になると、例外なく王都にある『王立アルテア貴族学院』に入学することが義務付けられているのだ。
そこから十年間、十五歳で成人を迎えるまで、みっちりと貴族としての教養や戦闘ロジックを叩き込まれることになる。
ごく稀な例外として、ルビィのように平民籍の出身であっても、貴族(マギナ伯爵家)との婚約が成立している場合は入学対象となり、同じく特別教養プログラムを叩き込まれる仕様だ。
一応、入学前には受験があるが、これは落とすための試験ではなく、実質的なクラス分けのためのものだ。
能力によって最上位の【S】から最下位の【I】まで順番分けされるが、上位貴族が「上位・聖級・王級・帝級」といった高ランク魔法のコードを家系内で独占しているため、【E】と【F】の間には絶望的な力の壁が存在している。
──だが、現在の俺たちのステータスは、そんな世界の前提システムを完全に過去のものにしていた。
◆
俺が五歳という年齢の節目を迎える直前、網膜の奥に自身の現状を客観的に示すステータスを展開した。
そこに表示されたのは、俺とルビィの現在位置を比較検証する、あまりにも極端なキャラクタービルドの記録だった。
【5歳直前・キャラクタービルド検証】
まずは、俺の隣で日々凄まじい成長を遂げている婚約者、ルビィ・特級育成済のデータだ。
彼女の魔力ステータスは、この一年間で【E】から【A】という、目を見張るような爆発的向上を記録している。
身体能力に関しては、前衛組の容赦ないしごきによって【E〜F】のラインを維持し、基礎体力を着実に強化していた。
習得武術とマナーの項目には、すでに剣術上級と、完璧な宮廷マナーが刻まれている。
そして主要習得魔法に並ぶのは、帝級魔法:◎(無詠唱マスター)の文字。
その圧倒的なスペックから、保有称号の欄には『特級チートヒロイン(仮)』という、末恐ろしいフラグが追加されていた。
対する俺──ルーカス・バグ塊オブジェクトのデータは、もはや世界の規約を完全に無視していた。
魔力ステータスは測定不能。
無限大ストレージという名の規格外なプールに魔力が満ち満ちている。
身体能力こそ、ひ弱な三歳児から地道にビルドアップした結果の【E】にとどまっているが、それ以外の情報が異常だった。
習得武術には、前世の身体モーションをそのまま流用した独自の居合術が登録され、主要習得魔法の項目には、帝級、古代、超古代、さらには竜言語魔法にいたるまで、すべての最高評価である「◎」のログがずらりと並ぶ。
そして極めつけは保有称号だ。
これまでの異常な最適化処理が世界システムに検知されたのか、いつの間にか【賢者】から【大賢者】へと自動昇格を遂げていた。
(……うん、我ながらひどいバグ特性だな。ルビィの成長速度も主人公級にチートだけど、僕のは完全にバランスを崩壊させている)
五歳を前にして、すでに世界の天井が見えつつある二人のステータス。
俺は画面に表示されたあまりにも過剰な戦力リソースの数々を見つめながら、これからの学院生活で巻き起こるであろう次なるイベントに備え、静かにウィンドウを閉じるのだった。
現在、俺のパーソナルデータにおける唯一のイレギュラー(計算違い)があるとすれば、パイソンたち六人の存在だった。
彼らはリハビリ期間が終わった後も俺の元から離れることを断固拒否し、領地の私設騎士団への配属タスクを全力でボイコットしたのだ。
特にパイソンは、
「俺たち六人は一蓮托生ですので、ルー坊と一緒に王都へ行きます!」
と言って聞かなかった。
父さん(ギャザー男爵)との緊急システム会議の結果、六人は俺とルビィの専属直属護衛として、そのまま王都の伯爵邸へ常駐することが決定。
代わりに、空席となった地元の騎士団長には、元エリア冒険者ギルドマスターが就任。
彼の人望により、上位冒険者たちの大半もそのまま芋づる式に入団(一括移籍)してくれるという、非常に良好な組織形成が完了した。
◆
俺たちは、陸路は馬車、海路は船と、安定した移動方法を乗り継いで王都へ入城した。
そして、事前に契約を済ませていた王都の不動産屋へ赴き、リフォームが完了した新居へと入居した。
王都に構えることとなった俺たちの新たなセーフハウス、元伯爵邸の物件図面を脳内に展開し、その最適化されたスペックを再確認する。
【王都拠点:元伯爵邸・物件図面】
まず特筆すべきは、その圧倒的な敷地に居住容量だ。
使用人十名、さらに護衛十名が同時に常駐しても問題ない大容量設計。
レイアウト的にも「二世帯同居可」であり、プライベート空間を確保しつつ効率的な共同生活を送るための完璧なアーキテクチャが構築されている。
防衛システム(セキュリティ)も抜かりはない。
屋敷全体を包み込むのは、俺が構築した『ルーカス製・最上位結界魔法』だ。
この多層防御防壁は放っておいても常時アクティブ(稼働)状態となっており、外部からの魔術攻撃や物理攻撃を完全に遮断する仕様となっている。
そして、この物件における最大の特徴が、共有スペースとして設計された大浴場(浴室)だ。
広大な湯船は、身内のメンバー全員でまとめて一斉に入浴したとしても、空きに十分すぎるほどの余裕がある最高仕様。
湯煙が立ち込めるその空間は、日々の過酷な仕事で摩耗した精神をクリアし、リフレッシュするための極上のエリアとして機能していた。
(よし、居住環境としては申し分ないな。セキュリティも完璧だし、何より全員で入れる大浴場があるのは大きい。ここを拠点にすれば、どんなイベントが起きても万全の状態で処理できそうだ)
俺は満足のいく物件仕様をクローズし、新生活に向けて活気づく屋敷の様子を、どこか誇らしい気持ちで見つめるのだった。
◆
受験前日、俺とルビィは最後の追い込みに入っていた。
筆記試験の内容は、算数・国語・マナーと、前世の地球基準(義務教育レベル)から見れば最低限の基礎しか要求されないため、実質的にノー対策で満点(秒殺)が可能だ。
問題は、計6項目(魔力・神聖力・身体能力・魔法・神聖術・武術)の実技試験。
ルビィが訓練場でパイソンたちから剣術のしごきを受けている間、俺は自室の机で「明日、どこまで手の内を見せるべきか」という出力制限に頭を悩ませていた。
学院の案内書によると、試験用の的は帝級魔法の直撃でも絶対に壊れない堅牢な設計らしい。
だが、俺たちが使う魔法は、地球の知識を用いて『Λの枷』を外し、通常の十六倍の威力を出力する仕様だ。
まともに全力で撃ち込めば、試験会場の防壁ごと空間が消滅しかねない。
「……うん。出力比、十六分の一の、普通の『帝級魔法』を無詠唱でパパッと放つくらいで十分だろう」
方針が決まった。
闇魔法は排斥の可能性があるから無し。
四大属性は凡庸。
希少性と見た目の綺麗さで選ぶなら『光属性』の単体飛翔系帝級魔法──よし、『エクストラ・ライトニング・ボルト』あたりをチョイスしよう。
神聖術実技の枯れた植物の蘇生は、俺にとっては家庭菜園のガーデニング(日常タスク)以下。
武術実技は、前世のモーションデータを流用できる『居合術』の一閃でスマートに片付けることにした。
そこへ、訓練を終えたルビィたちが汗を拭いながら戻ってきた。
「ふう、良い汗かいたわ! パイソンたちのバフ、全然手加減がなくて本気で落ちるかと思った」
「お疲れ様、ルビィ。なら、すぐに風呂へ行って、湯上がりに冷たい『コーヒー牛乳』を飲むといいよ。全員の分、すでにキンキンに冷やして用意してあるから」
その言葉を聞いた瞬間、パイソンをはじめとする前衛獣人組の耳がピクンと跳ね、瞳が完全に食いついた。
「おおお……ッ! 旅の途中で一度だけ頂いた、あの伝説の甘美なる琥珀色の聖水(コーヒー牛乳)ですか!? それは滾る(楽しみですな)!」
そう言うが早いか、三人は競い合うように男風呂のセクターへとそれぞれ猛ダッシュで行った。
俺は苦笑しながら、無限大容量ストレージから魔導冷蔵された冷え冷えのコーヒー牛乳を八本取り出し、氷入りの大きな桶へと投入してスタンバイした。
「僕たちも風呂に行こうか、ルビィ。……あ、今日の夕飯は、明日の試験の合格を祈願して『カツ丼』にする予定だよ」
「カツ丼? ルー坊、また新作の不思議な名前の料理か?」
並走する軍師アルゴルが、興味深そうに首を傾げる。
「豚肉にサクサクの衣をつけて揚げたカツを、特製の割り下とフワフワの卵でとじて、炊き立てのご飯の上に載せたした料理だよ。とある国の言語で『カツ』はすなわち『勝利(Win)』を意味する音声と同じだから、勝負事の前に食べると縁起が良いと言われているんだ」
「ほう、それは実に見事な戦術的縁起(楽しみ)ですな」
◆
湯から上がり、一同でキンキンに冷えたコーヒー牛乳の美味しさに至福の堪能を味わった後、お待ちかねの『カツ丼』を人数分、ストレージから取り出した。
内部の時間停止により、衣はサクサクで湯気が立ち上る出来たてのホカホカ状態だ。
「美味い……ッ! なんだこの、サクサクの肉から溢れる旨味は!?」
「この甘辛い卵のタレが、白米に完璧にマッチしているわ!」
メンバーたちのレビュー(反応)は文句なしの最高評価。
その日の深夜、俺はピエトを伴って、このカツ丼を主神様への定時献上として異空間へと転送した。
主神様からも、脳内に直接、
『大変美味である。明日の試験、問題なく勝利することを許可する』
というお告げが届いた。
◆
翌朝。
いよいよ受験の当日。
五歳という小さな肉体で、どこまで精密な結果が出せるか少し心配だったが、やれるべき調整と準備はすべてやり尽くした。
俺とルビィは、執事兼軍師のアルゴル、そして実戦護衛として狼獣人のハスケルの二名を随伴させ、堂々と貴族学院へと向かった。
巨大な正門の前で爵位(伯爵家)の証明書を提示し、門を通過して中へと入る。
洗練された白亜の敷地内に入ると、すでに先行到着していたシー様とパスカル様の姿があった。
「ルーカス様、ルビィ様。ごきげんよう、お久しぶりですわ」
「ルーカス殿、ルビィ嬢、おはよう。二人とも、さらに魔力波が洗練されたようだね」
「「おはようございます、シー様、パスカル様!」」
見事に音声の同期が起きてしまった。
ルビィと顔を見合わせて小さく笑う。
ふと、周囲の索敵マップ(視線)に違和感を覚えて見渡すと、以前、夜会パーティの会場で俺たちに無謀な絡みを仕掛けてきた、カイル子爵一派の令息たちが一塊になってこちらを凝視していた。
だが、俺とバチッと視線が合ったした瞬間、彼らは「ヒッ」と短いノイズを漏らし、怯えたように一斉に視線を逸らして縮こまった。
……前回のパーティで俺が仕掛けた精神的ブラフ(圧倒的威圧)のデバフが、未だに強力に効いているらしい。
余計な雑魚に時間を取られなくて済みそうだ。
受付カウンターで受験番号の登録を済ませると、程なくして王都の空に、試験開始を告げる重厚な鐘の音が鳴り響いた。
同時に、講堂へと繋がる巨大な門が開放される。
パスカル様がスマートなモーションでシー様をエスコートして中へと入る。
俺もそれに習い、四歳になって一段と美少女感に磨きがかかったルビィの手を優しく取り、大人びた仕草でエスコートしながら、第一関門である講堂へと足を踏み入れた。
だだっ広い、大理石造りの講堂の中に通され、受験生たちは思い思いのデスク(席)へと着席していく。
周囲の壁際や通路には、等間隔に厳しい眼光を放つ試験官たちが配置されており、不正がないかを厳重にチェックする仕様のようだ。
俺たちは一塊のエリアを選択し、並んで席に腰掛けた。
やがて、目の前に純白の試験用紙が裏返しで配られ、あとは開始のトリガーを待つだけの状態となる。
静寂が包み込む講堂内に、ついに試験の開始を告げる、鋭い鐘の音が鳴り響いた──。
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