第二話 ステータス・オープン?
守は、厳格そうな父から『ルーカス』と名付けられた。
母の名は、エルザというらしい。
「エルザ、でかしたぞ! 待望の男の子だ、しかも『魔導師』か『賢者』の適性を持っている!」
「あなた、それは良かったですわ。それで、魔力や神聖力はどのくらいあるのですか?」
「魔力は、測定器が負荷に耐えきれず壊れるほどだ。神聖力のほうは……測定器が先に壊れてしまったから、まだ計測できていないんだ」
「『賢者』の適性があるのであれば、魔法に回復、支援までこなす万能職ではありませんか!」
「そうだな。我が家の跡取りとして魔導師に育てようと思っていたが、言われてみれば賢者のほうが良いな」
ベッドの上でそんな両親の会話を聴きながら、俺──ルーカスは思考を巡らせる。
(なるほど、賢者か。悪くないジョブだ。よし、まずは現状把握のために定番のアレを確認してみるか。──ステータス・オープン!)
心の中で強く念じてみる。
──だが、目の前には何の反応もなかった。
(あれ? この世界、デフォルトだとステータス表示システムが実装されてないのか? いや、教会に適職判定システムがあって、魔力測定器も存在する。なら、世界のシステムの裏側には、個人の数値データが必ずログとして残っているはずだ。
──ふむ。無いなら、作ればいい。欲しければ自作する、これぞLinuxの精神だ。それこそがハッカーだろ?)
そうと決まれば、まずはUIのデザインから構築だ。
(表示項目は……種族・名前・性別・職業・力・魔力・神聖力・体力・器用・素早さ・運・スキル・エクストラスキル・ユニークスキル……と、こんなものか。あとは各パラメータを数値にするか、ランク表示にするかだが、詳細な数値が見えすぎるとゲームとして逆に面白くないな。よし、前世でやり込んでいた『ブルスク』と同じ、SSS〜Iのランク表示で行こう)
画面の基本設計は決まった。
問題は、どうやって世界のデータベースから自分のデータを引っこ抜くかだ。
(俺の魂には、転生間際に強奪した神界の管理者権限が残っている。教会の管理情報をクラッキングして情報を同期させること自体は造作もない。ただ……今はまだあの頑固そうな主神らが目を光らせている可能性があるな。不審な行動を検知されて、また処分させられたら目も当てられない。もうしばらく経って、神界の監視が緩んだところで、この自作『ステータス表示』を実装しよう。それまでは、この世界『ローゲスト』の基礎知識を学ばないと。まずは、家の書架を探すのが先決か)
「だぁだぁ!」
俺を愛おしそうに抱っこしている母エルザに、赤ん坊なりの表現で『本棚のところへ連れて行ってくれ』とおねだりを試みてみた。
「あらあら、お腹が空いたのかしら。おっぱい飲む?」
「だぁだぁ!(違う、資料の要求だ!)」
懸命に抗議したものの、有無を言わさず母乳を無理やり流し込まれた。
「けふっ」
「あら、いっぱい飲んだわね。それじゃあ、おねんねしましょうか」
そのまま優しく背中をポンポンとされる。
すると急激に、強烈な睡魔が襲ってきた。
クソ、中身は二十九歳の伝説級ハッカーでも、肉体が完全な赤子(初期スペック)だから赤子の本能には抗えない……。
(ステータス構築もそうだけど、しばらくはこの家の行動を監視でもして……様子を……見るか……)
「あらあら、もう寝てしまったわ。ルーちゃんは手が掛からなくて本当に良い子ね」
◆
(……はっ!? 寝てしまった。時計は無いが、外は暗いな。今は深夜か。家の様子をこっそり監視するには最適な時間帯だ)
目を覚ましたルーカスは、まず自宅の魔導環境に、自分の魔力を接続しようと試みた。
だが、ベッドの上でどれだけ唸っても、小さな体に力を込めても、何も起きない。
(ダメか。まだ赤ん坊の肉体だし、この世界の魔導理論を物理的に理解しているわけじゃないからな。管理者権限を強引に使って接続を確立する手もあるが、さっき決めた通り神々の行動監視に引っかかるリスクは避けたい。無理は禁物だ。まずは自身の強化──魔力と精神力の循環を覚えることから始めよう)
だが、ルーカスは知らなかった。
転生神は、自分の設定ミスが最高管理神にバレるのを恐れて、神界の会議では「ルーカスのステータスは無力化されており問題ありません!」と一点張りで報告を偽装していることを。
そしてシステム管理神もまた、たかが人間のハッカーに管理者権限を一時的にでも奪われた大失態を隠蔽するため、固く沈黙を貫いているということを。
そう、神々の防壁など、身内の保身のせいで最初からガバガバのザル状態だったのだ。
◆
そんな神界の脆弱性を知らないルーカスは、大真面目に魔力の循環を試みていた。
じわじわと体がポカポカして暖かくなってくる。
成功したかと思った次の瞬間、体中に一瞬だが電撃のような激痛が走った。
(──っ!? よもや失敗か!?)
焦ったが、痛みは一瞬だけで、その後は驚くほどスムーズに魔力が体内を流れ始めるのが分かった。
(なるほど、初期状態だと魔力の回路の蓋が閉まっていたわけか。一度無理やり魔力を通せば、次からは開いたままで常時開放されるな。……じゃあ、もう一つのリソース『神聖力』の方はどうだ?)
ルーカスは続いて、神聖力も同じように体内へ循環させてみた。やはり一瞬だけ蓋が開放される痛みが走ったが、その後は順調に体を巡っていく。
手応えを感じて満足したルーカスは、ここでエンジニアとしての悪い癖──「限界負荷テスト」を行いたい衝動が出てしまった。
(よし、魔力と神聖力の並行循環を試してみよう。2つの力を同時に循環させたらどうなる?)
──それが大失敗だった。
個々の蓋を開けたばかりの赤ん坊の脆弱な肉体に、測定器を破壊するレベルの超高出力エネルギーが二系統、同時に流れ込んだのだ。
「ぎゃあああああああああ!!」
我慢できないほどの激痛が小さな体を襲い、気がつけば、自分でも制御できないほどの悲鳴を上げて大泣きしていた。
深夜の屋敷に響き渡る赤ん坊の絶叫。
廊下をドタドタと駆ける足音が聞こえ、両親と使用人が慌てて部屋に飛び込んできた。
それを見た瞬間、ルーカスの意識は完全に落ち、深い闇へと落ちて行った。
◆
次に目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは、泣きはらして目の周りを真っ赤にした母エルザの顔だった。
「ルーちゃん! 私よ、ママよ! 分かる!?」
「だぁ、だぁ……(これはいったい、何時間……いや、何日経ったんだ……?)」
「奥様、どうか休んでください。後はお医者様に診てもらいますから、ですから一度……」
「嫌よ! またルーちゃんに何かあったら、私、どうにかなってしまいそうだわ!」
取り乱すエルザの肩を、父ギャザーがゆっくりと抱き寄せ、静かに、だが諭すように告げた。
「エルザ、君はルーカスが倒れてからもう五日も寝食をしていない。食事も満足に取っていないじゃないか。そんなボロボロの状態で、ルーカスにちゃんとした母乳を与えられると思うかい?」
(……マジか。五日間も気絶していたのか、俺。やはり、魔力と神聖力をいきなり最大出力で循環させたのは、肉体のスペックを見誤ったな。これからは慎重に、少しずつ出力を絞って循環させよう)
ルーカスが猛省していると、入れ替わりで白髭の医師が入室してきた。
診察道具を使い、ルーカスの体を慎重に検査していく。
やがて、医師は信じられないログを見たというように目を見開いた。
「な、なんということだ……。やはり坊ちゃまの『魔力弁』と『神聖力弁』が完全に開放されています。驚くべきことに、この子は赤子でありながら、自力で魔力と神聖力の循環を行ったのです。それも、同時に。その急激な負荷に、幼い体が耐えきれなかったのでしょう。……確か坊ちゃまは、測定器を壊すほどの魔力の持ち主。神聖力も同等にあると考えて間違いありませんな」
「先生、どうすれば良いのですか!?」
「坊ちゃまが自発的に、出力を絞って少量ずつ力を循環させてくれれば安全なのですが……。さすがに赤子にそれを言ったところで、理解してもらえるわけが──え? ちょ、ちょっと待ち進められよ! 循環している!? しかも出力を完璧にコントロールして、同時に……!? 馬鹿な、あり得ん!!」
そう、医師の話を聞いた直後、ルーカスは脳内で出力調整をかけ、魔力と神聖力をそれぞれ一%未満の超少量で同時に常時循環させ始めていたのだ。
(よし、推測通り。出力を絞れば痛みは出ない。これからは検証を重ねて安全に実行していこう。……それに、母さんもこの『安定稼働』している状態を見れば、安心して休めるだろ?)
母エルザの方を見ると、医師の驚愕の声とは裏腹に、我が子の顔色が良くなったのを見て安心したのか、緊張の糸が切れたようにソファーへ倒れ込んで眠りについていた。
父ギャザーは、ベッドの上の俺に歩み寄り、苦笑しながら頭を撫でた。
「ママに、あまり心配をかけないように。これからは自重するんだぞ、ルーカス」
そう言って、ギャザーは母を起こさないよう、そっと抱きかかえて寝室へと運んでいった。
部屋に残されたのは、呆然と立ち尽くす医師と、困惑する使用人、診察後の俺。
なんとも言えない気まずい空気が流れる中、使用人がポンと手を叩いて場を取り持った。
「坊ちゃま、病み上がりですから、もう少しおねんねしましょうね」
そして使用人は、医師に向かって丁寧に頭を下げた。
「先生、ありがとうございました。診察代の件がございますので、恐れ入りますが待合室でお待ちいただけますか。旦那様から、追ってお話があると思います」
「あ、ああ、分かった。……話というのは、恐らく『今日のことは他言無用』ということだろうな。分かっている。……しかしあの子は、将来とんでもない大物になりそうだ」
「はい、私どもの自慢の坊ちゃまですから」
そうして、二人は静かに部屋を退出していった。
(うーん……我ながら、初手から派手に失敗を吐き出して気まずいな……)
静まり返った子供部屋で、ルーカスはひとり天井を見上げる。
だが、この五日間の昏睡事件によって周囲が『この子は天才ゆえに、自発的に力の制御ができる』と勝手に納得し、今後の実験がめちゃくちゃやりやすくなるお墨付きが整ったことに、本人はまだ気づいていなかった。
また、この日を境に、毎日の就寝前の読み聞かせが、退屈な絵本ではなく『魔導書』と『神聖書』の音読に切り替わることになった。
(最高の文書データが向こうからやってきたな。これをトリガーにして、俺の記憶に眠る『前世のゲーム知識や家事全般』をこの世界のシステムに最適化する裏処理を、裏で走らせておくとするか。──よし、自動実行処理、開始!)
赤ん坊ルーカスの瞳の奥で、前世の伝説級ハッカーとしての冷徹な検証が、静かに、そして高速に回り始めたのだった。
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