第一話 転生
男は、薄暗い部屋で液晶モニターに向かって不敵に舌なめずりしていた。
今日は、大人気オープンワールドMMORPG『Blue Screen World(通称:ブルスク)』の新規レイドボスが実装された日だった。
国内トッププレイヤーである千代田 守(ちよだ まもる・二十九歳)は、ボイスチャットで仲間たちと連携を取りながら、自身の駆る絶対盾アバター『Aegis』をボス部屋の前に立たせていた。
いよいよ、世界最速攻略をかけた新規ボス戦だ。
気合いを入れてチャットで仲間を鼓舞し、重厚な扉を開けてボス部屋へと突入した。
◆
Aegisはその名の通り、パーティの絶対盾だ。
敵のヘイト(敵対心)を一身に集め、背後の仲間を守るのが彼の役割だった。
──だが、ボスの挙動がおかしかった。
Aegisがどれだけ完璧な挑発スキルを回してヘイトを集めても、ボスは一向に見向きもせず、真っ先に後方の回復職へと躍りかかったのだ。
「しまっ……! 今までのボスとアルゴリズムが違う、ヘイト無効化ギミックか!?」
そう気づいた時には、すべてが手遅れだった。
まず、生命線である回復職が潰された。
次にバフを配る支援職、最大火力の魔法職が次々と即死していく。
後方支援と主力を一瞬で失った前衛に、なすすべなどあるはずもない。
世界トップクラスのパーティは、初見殺しのバグじみた仕様の前に、文字通りの全滅を喫したのであった。
◆
「くそー! 完全な初見殺しじゃねえか! おかげで全滅の上、デスペナルティで一時間もアカウントロックかよ。……はぁ、何か気分転換でもするか」
守は大きく息を吐き出すと、デスクに置いたエナジードリンクを一気に飲み干した。
そして、コントローラーからキーボードへと手を乗せ替える。
その指先が、まるで背中に翼が生えたかのような滑らかな速度で動き始めた。
ネットサーフィンという名の、趣味のセキュリティチェック(クラッキング)の始まりだ。
普段の守は、情報セキュリティ会社に勤める冴えないSE──というのは表の顔。
その実態は、世界最高峰のハッカー大会『DEF CON』での入賞経験を持つ、伝説級のホワイトハッカーであった。
先日、ネットの深淵を巡回していた守は、偶然にも“どの国の通信規格にも属さない、奇妙な暗号化プロトコルの綻び(バックドア)”を見つけていた。
当時は業務外なので放置していたが、気になって仕方がなかったのだ。
穴を見つけて管理者にお知らせし、あわよくば高額なセキュリティコンサルの契約にでも持っていこう。
そんな邪な気分半分、純粋なハッカーとしての好奇心半分。
守はうきうきしながら、世界最高峰のタイピングでその未知の領域へハックを仕掛けた。
◆
その頃、異世界『ローゲスト』の天界。
世界を管理する主神を始め、各神々や御使いらは、鳴り響く緊急アラートの大音量に大慌てで対応していた。
「駄目です、第二層ファイアウォール突破されました!」
「バカな、既に第三層の創世暗号コードも破られただと!?」
御使いの悲鳴のような報告に、神々の顔が青ざめる。
最高管理神は玉座を叩いて立ち上がった。
「何者じゃ、侵入者は! この数十億年、我が神界のコアシステム(ローゲスト世界のOS)が破られたことなどないわ!」
「は、地球と呼ばれる下界の人間のようです! ──ああっ、第四層の絶対結界までパッチを当てられてroot権限(管理者権限)を奪取されました!」
「緊急事態じゃ! 即刻あやつを隔離せねばローゲストの根本が乗っ取られてしまう! それも、たった一人の人間に!」
慌てふためく最高管理神に、セキュリティ担当の神が冷や汗を流しながら進言した。
「隔離と言ってもどうします!? ……そうだ、あやつの魂を肉体から引っこ抜き、記憶をデリートした上で、ローゲストへ転生させるのはいかがでしょう!?」
「それは良い案じゃ! しかし、地球の最高管理神への事前交渉が……」
「そんな悠長なことを言っている間にサーバーが落ちます! 幸い、ローゲストの地方に『一代限りの騎士爵』家系での空きがあります! そこに低スペックの一般平民並みの扱いで転生させておけば、後でクレームが来ても言い訳できます!」
「よし、それで行く! 強制排斥、執行!」
◆
「管理者権限(Root)、奪取成功。……って、案外ガバガバなセキュリティだったな。……ん? なんだこれ、手が透けている?」
ふと手元を見ると、自分の身体が粒子となって消え始めていた。
「おいおい一体何が起きてるんだ!? 体が消えていく!? 待て、あと五十分でブルスクのデスペナが解けるんだぞ! 仲間が俺を待っているのに──!」
それが、千代田 守が地球で遺した最後の言葉だった。
◆
まばゆい光に包まれ、思考の海を漂う守。
そこへ、天から厳かな声が脳内に直接響き渡った。
『汝、千代田 守は、神域への不正アクセスという禁忌を犯した。よって罰として、我々が管理する世界ローゲストへ、記憶を消去した上で強制転生させる』
「いやいや待ってください。自分は親切心でセキュリティホールを探していただけで、穴が見つかったら報告のメールを送ろうと──」
『黙れ! これ以上の狼藉は認めぬ! 即刻転生じゃ!』
「話を!」
『黙りおれ! 転生神、即刻強制転生を執行せよ!』
(チッ、そんな一方的な……。だったら、こちらにも考えがある。さっき奪取したばかりの管理者権限(Root)は、まだ俺の魂のキャッシュに残ってるんだよ。これを使って、バックグラウンド処理で初期パラメータを書き換えてやる!)
守は一瞬で脳内コンソールを展開した。
【記憶消去プロセスの強制終了】
【前世の記憶・及びDEF CON級のハッキング技術を、そのまま継続】
【追加ステータス欄の確認……『魔力』? ひょっとして、本当に剣と魔法のファンタジー世界か? ブルスクみたいなオープンワールドで遊べるのか!?】
(だったら、次のジョブは魔導師か賢者一択だ。前世のタンク(盾職)はぶっちゃけ飽き飽きしてたんだよな!)
浮遊感に包まれる一瞬の隙を突き、守は転生神にバレないよう、神速のキャッチアップで転生パラメータをこっそり改ざんしていく。
幸い、転生神は背を向けて呪文を唱えるのに夢中で、システムが書き換えられていることに全く気づいていない。
いよいよ、完全な転生が始まる。
守は、これから始まる本物のファンタジー世界へのわくわくを抑えきれず、赤ん坊になる直前、不敵にニヤリと笑った。
◆
──転生後。
地方の騎士爵家であるマギナ家は、元気な男児の誕生に沸き返っていた。
生まれた直後に行われた、この世界の儀式である教会の適職判定。
そこには、適正職として【魔導師】、そして【賢者】の二文字が輝いていた。
さらに、魔力量を測るための測定水晶球は、赤ん坊が触れた瞬間に膨大な負荷に耐えきれず、粉々に破裂してしまったのだ。
「おおお! さすがは先の戦で武勲を立てた我が主、英雄ギャザー様の子だ!」
「赤ん坊にして水晶球を割るほどの魔力とは! 将来は間違いなく大魔導師だぞ!」
同じ騎士爵の仲間たちや使用人が、大騒ぎで酒杯を掲げている。
(……ん? ギャザーって、この世界の俺の親父(あるいは先祖)の名前か? というか俺、そんな大物の子に転生しちゃったわけ?)
◆
一方その頃、天界から監視映像でその様子を見ていた転生神は、自分が設定したはずの初期パラメータ(無力な一般平民仕様)と全く違うバグだらけの結果を見て、ガタガタと震えていた。
(ま、まずい……! 設定ミスが主神様にバレたら、私の神格が剥奪されてしまう……!)
保身に走った転生神は、この異常事態を主神に報告せず、ログごと隠蔽することを選んだ。
これが後に、神界をも巻き込む未曾有の大悲劇(ルーカスにとっては大喜劇)を呼ぶ元になるとも知らずに──。
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