第八話 王都で
公式の昇爵および国王陛下への初謁見という一大事業を処理するため、俺たちはついに中央都市である『王都』へと到着していた。
道中、俺たちは無用な混雑を避けるため、なるべく目立たない「低級貴族」の偽装を当てて正門をくぐった。
……のだが、結果は見事なまでに一発で特定され、あっという間に大勢の民衆に全周囲を包囲されてしまった。
おかしい、こちらの偽装は完璧だったはずなのに、なぜ一瞬で特定されたんだ?
と疑問に思っていると、周囲の民衆の話し声が耳に飛び込んできた。
「おい、見ろよ! 『三歳の子供が、同じく三歳の幼女と、あの噂の黒豹の獣人を引き連れて、成人の男に引率されてる』ぞ!」
「間違いない、例の最年少ドラゴン・スレイヤーのパーティ構成だ……!」
なるほど、身なりを隠しても、この特徴的すぎる固定パーティの編成のせいで、誰かに事前に情報をリークされていたらしい。
どうしたものかと考えていると、人波を力技で押し除けて、見覚えのあるパワフルな人物が姿を現した。
コボル辺境伯だ。
辺境伯閣下は開口一番、頭を掻きながら言った。
「すまんな、ルーカス! うちの館の家令が、酒の席でうっかり汝らの到着スケジュールを、口を滑らせてしまったようだ。後で厳罰を与えるゆえ、許してくれ!」
「いえ、お気になさらずに。その家令の方にも、どうか減俸程度の寛大な処置をお願いします」
「ほう。三歳にして早くもこれほどの度量を誇るとはな。よし、ならば当面は減俸処分にとどめておくか」
「はい。それがよろしいかと存じます」
「うむ、でははぐれないよう、わしの馬車に付いて参れ。王宮へ案内する前に、我が子(身内)と対面してもらおう」
「はい」
と返事をしたものの、これからどんな面倒な貴族の子供とマッチングさせられるのかと、俺の気分は少し重かった。
◆
「紹介しよう! わしの娘のシーだ」
馬車の中にマウントされていたのは、品のある可憐な令嬢だった。
「初めまして、ルーカス・マギナと申します。こちらは僕の婚約者のルビィ、そして護衛兼私兵騎士団長のパイソンです。後ろに控えておりますのが、私の父のギャザーです」
「お噂はかねがね、存じておりますわ。ギャザー様には、以前辺境の地で色々と良くしていただきましたもの」
「そうでしたか」
「ええ。実は私、以前に『貴族派の侯爵家』へ無理やり嫁がされる事が確定しかけておりまして……。王都へ行く不安を、ギャザー様にいつも和らげていただいていたのです」
「その、強制婚約を設定してきた侯爵家というのは、もしや……」
「はい。貴方様が前回の騒動で対処してくださった、あのトムキャット侯爵の子息ですわ」
コボル辺境伯が、横から苦々しい顔を挟んでくる。
「奴らは権力を傘に着て、わしの娘のシーを人質同然に無理やり結びつけようとしておったのだ。……本当に助かった」
だが、当のシー様は、いたずらっぽく笑いながら言葉を続けた。
「おかげさまで強制婚約がへし折れ、私は幼馴染であるヴィルト侯爵家の『パスカル様』と正式に結ばれることができましたの。本当に感謝しておりますわ、ルーカス様」
「それは何よりです。……確か閣下からは、シー様の『側近(部下)』になってほしいというお話で王都に呼ばれたと記憶していたのですが?」
「ええ、もうその必要(派閥の盾にする必要)はなくなりましたわ。これからはビジネスライクな関係ではなく、純粋な『友人』として接していただけると嬉しいですわ」
「はい、分かりました。コボル辺境伯令嬢様」
「もう、そんな堅苦しい敬称は抜きよ? 私も貴方たちを名前で呼ぶから、私のことも『シー』と呼んでちょうだいな」
「では、シー様。将来の貴族学院では、よろしくお願いしますね」
「ええ、もちろんですわ!」
その時、馬車の速度が落ち、コボル辺境伯が外の景色を見渡して言った。
「うむ、わしの王都の館に到着したようだ。まずは風呂に入って旅の汚れを落とし、正装に着替えられよ。それから王宮のメインイベント(謁見式)へ案内する」
「はっ! 了解しました、閣下!」
俺とルビィは、用意された豪華な風呂に入った後、あらかじめセルさんが極秘裏に調達・準備してくれていた最高品質の正装へと着替え。
再び馬車へと入れられ、王宮の中央広場へと向かった。
◆
王宮の大広間では、重厚で厳かな空気のなか、次々と『昇爵』の儀が執り行われていた。 上は侯爵から下は騎士爵に至るまで、国王派に属する者たちの爵位が一斉に引き上げられていく。
コボル伯爵は、これまで国家へ尽くしてきた多大な貢献を讃えられ、辺境伯へと昇爵。
父であるギャザー・マギナ騎士爵は、長年にわたる辺境防衛の功績と、数々の功臣を育て上げた指導力を高く評価され、男爵へと昇爵。
そして俺、ルーカス・マギナ子爵は、災厄指定を受けた古竜の討伐、ならびに国家転覆の企みを未然に防いだ功績を認められ、伯爵へと昇爵を果たしたのだった。
昇爵の儀式はその後も延々と続きそうだ。
(これだけの数の昇爵を一つずつ承認していくなんて、国王陛下の業務も大変だな……)
そんなことを内心でぼやきながら、俺たちは式典の場を退いた。
◆
叙任はつつがなく終了し、続いて立食形式の祝賀パーティ(懇親会)へと移行した。
会場には優雅なBGMが流れ、中央のダンスフロアではきらびやかなダンスが開始される。
フロアの中央では、先ほど紹介されたシー様と、そのお相手の男児──おそらくパスカル様が、実に見事なステップを踏んでいた。
さすがは幼少期から英才教育という名のマナーを習得されているだけのことはある。
一方、俺とルビィは、ダンスをスルーして会場の端で高級料理の味を心ゆくまで堪能していた。
そこへ、あからさまに敵対的な波長(殺気)をまとった、見知らぬ貴族の男がこちらへと接近してきた。
作成中のサポートAI(β版)が、警告を発する。
『不審なオブジェクトが接近中。推測ID、カイル子爵一派、国王派内部の選民主義過激派。ヘイト値、高、新参の三歳児伯爵に対する嫉妬・嘲笑エフェクト確認』
「おや、噂の『ドラゴン・スレイヤー殿』ともあろうお方が、ダンスフロアにも立たずに食事ばかりとは。まさか、踊りも嗜まれていないのですか?」
その顔には、隠しきれない嘲笑が浮かんでいる。
なるほど。
元は最底辺の騎士爵のガキだった俺が、今回の再編で一気に上位貴族である伯爵のポストに収まったのが、既存の古参貴族としてはお気に召さないらしい。
俺は口元をナプキンで拭い、至って冷静なトーンで返答を返した。
「成長期の肉体であることに加え、先ほどから『膨大な魔力を常時消費』しているため、少々腹が減るのです」
「……成長期なのは分かりますが、魔力消費とは? この安全な王宮のパーティ会場で、一体何に魔力を使っていると言うのですか?」
「現在、この会場には『国王派の最高幹部(全重要人物)』が一堂に会しています。もし貴方が敵対するテロリストの立場なら、ここを最大の標的として広域破壊魔法を実行しませんか?」
「そ、それは……っ」
男の額に、じわりと嫌な汗がにじみ出る。
「ですから、先ほどから僕の魔力をフル稼働させ、王宮全体を『古代魔法の多層防御結界』で常時プロテクト(遮断)しているのです。……ゆえに、少々お腹が空くのですよ」
もちろん、魔力消費で腹が減っているというのは完全な嘘だ。
俺の固有ステータスは『魔力:∞(無限)』。
どれだけ超大型禁呪をバックグラウンドで維持しようが、リソースが枯渇して空腹になるような事は無い。
単に、ダンスのモーション(作法)をまだ完全にマスターしていないルビィに無用な恥をかかせないため、周囲のヘイト(ダンスの誘い)をすべてシャットアウトするための偽装だ。
それに、この広大な会場を見渡しても、三歳児は俺、ルビィ、シー様、パスカル様の4人しかいない。
年齢による出力限界を言い訳にするには十分だ。
男は、俺が口にした古代魔法の結界という規格外すぎる単語に完全に顔を青く(フリーズ)させて黙り込んでいる。
「……ご安心を。少なくとも、外部からのあらゆる魔法攻撃は、僕の防壁がすべてオートで無効化します。万が一、物理的な侵入者が現れた場合は、皆様が連れている優秀な護衛の方々の物理攻撃で事足りるでしょう?」
男は何とか脳内の処理を切り替えたらしく、引き攣った笑みを浮かべた。
「さ、さようですか……! それは心強い。では、結界維持の邪魔にならぬよう、他の者たちにも余計なちょっかいを出さぬようアナウンス(警告)しておきましょう……!」
そう言って、男はそそくさと自身の一味(派閥)の元へと逃げるように戻っていった。
再び、サポートAIのアナウンスが起動する。
『舌戦、完全勝利。カイル子爵の戦意、〇%(フリーズ状態)。周辺のヘイトコントロールに成功、接近不可オブジェクトとして認識されました』
(……ふむ。同じ国王派の内とはいえ、決して一枚岩ではないようだな。内部にさらに細かい派閥が乱立しているか。やっかいだ)
そんな政治のドロドロを思考のゴミ箱に放り込み、俺はさらに目の前のデザートへとフォークを伸ばした。
(それにしても、こちらの世界のデザートは、果物をそのままスライスして出すような未加工が多いな。なるほど、これだけ食文化が未発達なら、最高管理神様が地球の洗練されたスイーツ(グルメ)にあそこまで執着するわけだ)
そんなことを考察していると、突如として脳内のバックグラウンドでシステムアナウンスが鳴り響いた。
『──ピピ。ログ解析完了。地球の食文化データを元に、固有称号および関連料理スキル群のインストールが完了しました』
【サポートAIによる自動アップデート通知】
【地球の一流料理人】、地球のあらゆる調理技法、味覚再現を解放。
【地球の一流パティシエ】、異世界リソースを用いた超高度な和・洋菓子錬成が可能
【食材リファクタリング】、【並行調理プロセッサ】調理時間を1/4に短縮、品質を常に『最高品質(SSR)』に固定。
(優秀なAIだな。帰ったら、最近ご無沙汰だったステータス画面をじっくりチェックしてみるか)
などと考えているうちに、ようやくパーティの閉会時間が訪れた。
俺がそそくさと帰宅の準備を始めていると、コボル辺境伯と親父ギャザー男爵がこちらへ歩いてきた。
「ルーカス、先ほど『カイル子爵』に何やら絡まれていたようだが、問題はなかったかね?」
俺は、先ほどカイル子爵に叩き込んだ古代多層結界ブラフの経緯をそのまま報告する。
「ぶっ……! はっはっは! そうか、あのカイル一派にそんなブラフを! 彼らは国王派の中でも選民主義の過激派でな、なるべく距離を置いて正解だ」
(やはり内部派閥か。今後も注意しておこう)
「承知いたしました、閣下。以降の参考にいたします。アドバイスありがとうございます」
「しかし、相変わらず三歳児とは思えぬ高度な対処方法だな。本当は中に大人が入っているんじゃないか? はっはっは!」
俺は内心で冷や汗を濡らしながら、三歳児特有の可愛いボイス(偽装)を出力した。
「そんなことないですよぉ。閣下はご冗談がお上手ですね!」
「ま、そうだな! では、国王陛下に最後の退出挨拶をして、我が邸へ帰還するとしよう!」
こうして俺たちは無事に王宮から退出し、コボル辺境伯邸へと帰還した。
ちなみに、カイル子爵一派の方々だが、俺の古代結界の言葉を真に受けすぎたのか、パーティ終了まで「いつテロが起きるんだ……!?」と周囲をキョロキョロと挙動不審になりながら帰途に就いたのは余談である。
今回のこの小さな絡まれイベントがきっかけで、将来、貴族学院に入学した際、彼らの一派から一切絡まれなくなるばかりか、逆に「謎の結界魔導師」として一目置かれる事になるのだが──この時の俺は、そんな都合のいい未来の結果など、知る由もなかったのだった。
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