第七話 婚約
王都を巻き込んだ二大派閥の粛清騒ぎが一段落した、ある日のマギナ邸でのこと。
俺が新しく雇用(登録)したパイソンをルビィに引き合わせたところ、パイソンは彼女の顔を見るなり、開口一番に最敬礼を取った。
「──お初にお目にかかります、ルーカス様の『奥方様』」
「えっ……!? お、おくがた……っ!? えええっ!?」
ルビィは一瞬で顔面を真っ赤に染めて狼狽える。
俺は隣の黒豹の獣人を見上げ、不思議に思って問いかけた。
「パイソン、なぜ初対面のルビィを『奥方様』と判定したのですか?」
「ハッ、獣人族の野生の勘にございます。彼女から発せられる魔力の波長が、ルーカス様の番として完全に同期しているように見えましたので」
確かに年齢的なステータスは同じ三歳児同士だが、中身が二十九歳の元エンジニア(オッサン)である俺としては、これまでルビィのことは、単純にクオリティが高い、可愛い子供としか思っていなかった。
だが、パイソンに指摘されて改めてルビィの顔を凝視してみる。
(……うん、驚くほどの美幼女だ。前世の年齢のまま出会っていたら、間違いなく十数年後に求婚していただろうな、などと考えてしまう)
すると、その会話を背後でばっちり盗み聞きしていた我が母エルザと、ルビィの母マリアさんが、お揃いのニコニコ顔で割り込んできた。
「あらぁ、いいじゃない! ルーちゃん、これを機にルビィちゃんと『婚約』しちゃう?」
「あらエルザ様、私も大賛成よ! ルーカス様ほどの超ハイスペックな男の子なら、安心してうちのルビィを任せ(永久就職させ)られるわ!」
勝手に外付けの婚姻を盛り込もうとしている母親たちはひとまず放っておいて、俺は後ろで静かに佇んでいる父親たちのスタンスを確認する。
「父さん、セルさん。男性陣としてはどう思っているの?」
「うむ、私はエルザの意見に全面的に同意だ」
「同じく、私もマリアの提案に全面的に賛同(同意)かな」
親父ギャザーも、ルビィの父親であるセルさんも、完全に妻たちに逆らえない様になっているようだ。
ルビィはといえば、耳の先まで真っ赤にして完全にフリーズしている。
(……おや、怒らせてしまっただろうか? 後でストレージから特製の冷たいデザートを振る舞って、ヘイトを下げてもらうとしよう)
そこへ、追い打ちをかけるように、応接間で勝手に会話に混ざってきた、ルビィの兄チャールズと姉エイダが、スプーンを片手に口を挟んできた。
「「(ふごふご、モグモグ)……」」
「……チャールズさん、エイダさん。僕特製の『プリン・アラモード』を食べながら話すの、やめてもらえませんか?」
「いやぁ、美味しくてつい手が止らなくてね! でも、ルーカス様とルビィはお似合いのペアだと思うよ?」
「そうね。完全に相性が一致しているわ」
「ちなみに、僕たちのどの辺が『相性が一致』と判定されたのですか?」
「「人外な所」」
えっ? と俺は首を傾げた。
ドラゴン・スレイヤーの称号持ちである僕はともかく、ルビィのどこが人外なのだろう? 普通に可愛い美幼女じゃないか。
「……今、ルーカス様は『ルビィのどこが人外なんだろう』って疑問に思ったでしょ?」
エイダさんが呆れたような目でスプーンを向けてくる。
「あのね、三歳児のくせに上級攻撃魔法を『無詠唱』で連射するわ、暇つぶしに剣を振れば庭の巨木や岩石を、硬度を無視して真っ二つにするわ……ルビィちゃんのスペック、全然普通じゃないからね!?」
「あ、そうなんだ……」
「「そうそう、完全に同類よ」」
「それに、そろそろ女の子らしくマナーやダンスの基本を覚えさせようと思って、家庭教師を手配しようとしていたのよね」
と、ルビィの母マリアさんが苦笑する。
「将来、子爵夫人になるのだから、宮廷マナーとダンスは必須よね。あとは、貴族同士のどす黒い化かし合い……コホン、高度な政治的会話術も必要になるわ」
と、我が母エルザも我が事のように盛り上がっている。
「当人の気持ちも聞いてみないと──って、あれ? ルビィは……逃げた!?」
「ルーちゃん、追いかけなさい! これは母の最優先命令です!」
「はっ! 了解です!」
◆
脱兎のごとく部屋を飛び出していったルビィの後を追い、俺は廊下を全速力で駆け抜けた。
走りながら、俺は自身の内なる本心に向き合ってみる。
(実際のところ、僕はルビィとどういう関係を築きたいのだろう?)
試しに、数年後のルビィの隣に、俺ではない見知らぬどこかの貴族の男児がパートナーとして立っている未来を脳内でシミュレーションしてみた。
(……うん、控えめに言って不愉快だな。絶対に許せんわ)
結論が出た。
俺は最高速で走り出す。
ステータス上の『素早さ:F』は伊達ではない。
三歳児の限界を超えた速度で、あっという間に前方を走るルビィの背中へと肉薄した。
「ルビィ! 逃げるほど、僕との婚約は嫌だった?」
「そんなこと……ないっ!」
「僕さ、今全速力で走りながらシミュレーションしてみたんだ」
「なにを!?」
「ルビィの隣に、僕以外の知らない男の子が立っている姿を想像したら、胸の奥がすごくムカついて。……ルビィはどう? 僕の隣に、君以外の知らない女の子が綺麗に並んでいる姿を想像してみて?」
「……ッ。確かに……想像したら、すごくムカつくわね」
「だったら、僕たちが今のうちに一緒のペアとして確定しちゃえば、そのもやもやは一発で収まると思わない?」
「……そうね。その通りだわ、完全に筋が通っているわね」
「じゃあ、僕たち婚約しようか」
「ええっ、そんな軽いノリで決めていいの!? 私、剣を振ることと魔法をぶっ放すことくらいしか取り柄のないキャラだよ?」
「ルビィらしくて最高じゃないか。それにさっきマリアおばさんが家庭教師をつけるって言っていたし、ダンスの練習が必要なら、僕がいくらでもパートナーの相手をするよ」
「ちょっと待って、ルーカスはいつの間にダンスの作法なんて覚えたの? そんな素振り、一度も見せてくれなかったのに」
「まあ、夜中にちょっとね。実は【宮廷マナー】のエクストラスキルを既に常時パッシブで持っているんだ」
「ずるい! じゃあ、私のダンスの家庭教師はルーカスがやってよ!」
「……僕で良ければ、喜んで」
「な、何よその、ちょっと含みのある『間』は?」
「いや、ちょっと将来のイベントスケジュールを逆算してね。僕たちのデビュタント(社交界デビュー)、完全に一緒のステージに立つことになるなと思って」
「あっ……」
「婚約したら、あらゆる貴族の公式イベントには、お互いが唯一のパートナーとして一緒に参加する義務が生じるからさ。……それは嫌だった?」
「……っ、ルーカスが一緒なら、どんな魔境(社交界)でも大丈夫」
「じゃあ、婚約成立だ。みんなのところに戻って報告しよう」
「わかったわ。私、腹をくくる(覚悟を完了する)!」
「三歳児がどこでそんな物騒な専門用語を覚えて来たんだか……まあいいや。行こうか、僕の可愛いお姫様」
「……もう、ルーカスってたまに性格(キャラ付け)が変わるわね?」
「いやぁ、一回こういうキザなセリフを言ってみたかったんだ」
「ふふ、おかしいの!」
「そうだね」
俺たちは自然と手を繋ぎ、両親たちが待つ応接間へと戻った。
俺たちの繋がった手を見たエルザ母さんが、勝ち誇ったように声を上げる。
「あら、しっかり手を繋いじゃって! 上手く説得できたみたいね!」
ルビィの母マリアさんも嬉しそうに頷き、ルビィへ視線を向けた。
「そのようね。で、ルビィ。さっき話していたマナーの家庭教師の件なんだけど……」
「お母様、それなら不要よ。ルーカスが全部教えてくれるって! ルーカス、もう【宮廷マナー】のスキルをマスターしてるから!」
ルビィの報告を聞いたエルザ母さんが、目を丸くする。
「ちょっとルーちゃん、いつの間にそんな高等スキルを覚えたの?」
「夜中に本を読みながら特訓(自己学習)したんだよ。こないだコボル伯爵様の前でもそのマナーで挨拶を披露したけれど、何か変な失敗していなかったでしょう?」
「いいえ、完璧すぎて逆に怖いくらい立派だったわ……。まあ、ルーちゃんなら納得ね」
「じゃあ、ルビィの教育は僕が引き受けます」
こうして、ルビィとの婚約、および宮廷マナーの家庭教師がトントン拍子で組み込まれていった。
ただ、女性貴族特有の「扇子の使い方」や「女性同士の会話術(マウンティング対策)」に関しては、俺の脳内には存在しないため、別途プロの女性家庭教師をスポットで雇うことで話がまとまった。
◆
その日の夜。
俺は自室のベッドの上で、新しく入手した【聖級魔法】【王級魔法】【帝級魔法】の魔術コードの最適化を行っていた。
前回の戦闘の終盤、トムキャット侯爵が天に召される直前のコンマ数秒の隙を突いて、『スキルコピー』でその脳内から引っこ抜いておいた。
実にもったいないことに、トムキャット侯爵のステータス画面では、これら3つの最高峰魔法はすべて習得中を意味する『△』止まりだった。
(……おそらく、高位貴族の権力で魔導書を独占しただけで満足し、実用レベルの『○』にすらしていなかったんだな。本当に宝の持ち腐れというか、ろくでもない穀潰しだったな。まあ、腐っても最上位貴族だったおかげで、僕の魔法ツリーに聖級以上のコードが実装できたから感謝はするけど)
五歳になって王都の貴族学院に入学するまでに、これら高位魔法をすべて熟練度『◎』にまでカンストさせておけば、どんな高位貴族や化け物が相手でも対等以上に渡り合えるだろう。
そう思うと、エンジニアとしての開発欲が刺激され、久しぶりにウキウキとした気分になってきた。
作業を進めているうちに夜も更け、就寝の時間になる。
(さて、明日はどんな新しいイベントが発生するのか楽しみだな)
などと、俺はのんきに構えていた。
今回の貴族派・教会派の解体が、俺たちの身近な環境にさらなる超大型の波紋をもたらすとも知らずに。
◆
翌朝、早くもコボル伯爵からの緊急入電──「今から邸宅へ赴く」という公式の前触れが届いた。
何事だろうと思い、俺たちは急ぎ出迎えの支度を整える。
しばらくして、マギナ邸の玄関に現れたのは、これまでにないほど上機嫌な笑顔を浮かべたコボル伯爵だった。
「久しいな、ギャザー! それとルーカス!」
「はっ、閣下におかれましては、ご健勝で何より──」
「よいよい、堅苦しい挨拶は抜きだ。それより、特大の朗報がある!」
親父ギャザーが緊張した面持ちで問いかける。
「何でしょうか、閣下」
「王都における貴族派と教会派の粛清が完全に完了し、膨大な爵位と領地に空席が出た! そこで我が『国王派』の功労者たちに対し、一斉の段階的格上げ(一括昇爵)が執行されることとなったのだ。──結果を言うぞ!」
「ルーカス──汝は『伯爵』へ昇格されることが決定した!ギャザーは『男爵』へ叙任、吾輩は、『辺境伯』だ」
(……はい? 伯爵? 三歳の僕が? いや、領地経営や統治はどうするんだ?)
俺が内心でそんな事を考えていると、思考がそのまま顔に出ていたらしい。
新・辺境伯閣下がガハハと笑った。
「ルーカス、不安になるのも無理はない。汝が成人するまでは、父親であるギャザー男爵が『領主代行』としてその領地を統治することで本国の承認を得ておる。これで問題ないな?」
「はっ! ……願ってもないご配慮に存じます」
「うむ! ではその方向で手続きを進めよう。マギナ家はこれから死ぬほど忙しくなるぞ!」
「はっ、御意にございます、辺境伯閣下!」
「うむ! 正式な叙任式および昇爵のパレードは王都の中央広場で行われる。時期は三ヶ月後だ。しっかりと準備をしておけ!」
「「はっ!!」」
「では、儂は隣の男爵──いや、今回の件で『子爵』に昇格したところへもこの情報を持って行かねばならん。それではな!」
そう言い残し、コボル辺境伯は相変わらず嵐のような速度で去っていった。
(相変わらず精力的な行動力を持った人だ。だが、だからこそ配下の結束が乱れず、高いパフォーマンスを維持できているのだろうな。見習わなくては)
◆
親父ギャザーが、手帳のスケジュール帳を開きながら深い吐息を漏らす。
「王都までは片道で丸一ヶ月の時間がかかるな。すぐに旅の準備を始めないと間に合わないぞ」
「父さん、今回の王都遠征には、僕の婚約者になったルビィも同行させることになるのですか?」
「そうだな。正式に婚約手続きを済ませた以上、伯爵となるお前のファースト・パートナーとして、王城へ同伴させるのが貴族界の公式マナーだからな」
「そうですか。では、王様に謁見する際の特殊な礼儀を、僕からルビィへ急ぎ伝授しなければなりませんね」
「それよりもルーカス、お前は自分の心配をした方がいいぞ?」
「なぜですか?」
「『最年少の三歳児伯爵にして、古竜をワンパンしたドラゴン・スレイヤー』を一目見ようと、王都中の貴族や野次馬が集中して、お前の周りは大変なお祭り騒ぎになるからな」
「あ……(完全に忘れてた)」
「ちなみに、母さんのエルザは今回の遠征には同行せず、この領地でお留守番だ。ルビィと、それからお前の護衛としてパイソンを同行させる」
「母さんはどこか体調の不具合でもあるのですか?」
「うむ。実はな……エルザは今、身重なのだ。お前に弟か妹ができるぞ。無事に生まれる頃には、ルーカスは四歳になっているかな」
「……! それは、素晴らしい情報ですね。でも、僕が顔を見られるのは1年ちょっとの間だけですか」
「ああ。その子が生まれて一年後には、お前は五歳になり、王都の『貴族学院』への入学が強制始動するからな。その時はもちろん、婚約者のルビィも一緒だ」
「なるほど。……となると、私兵騎士団長のパイソンは、王都から戻った後はこのマギナ領に残して、領の強化に専念してもらうことになりますね」
「うむ。団長なのだろう? 彼には、これから拡大する我が家の私兵の募集・選別、出来上がった奴らの訓練を任せることになる。お互いに忙しくなるな、ルーカス」
「嬉しい悲鳴ですがね」
ルーカスとルビィは現在三歳で、ルビィとの婚約成立、宮廷マナー教育開始し、並行して、魔法の最適化(聖・王・帝級)を行う。
約一年後(四歳)には、弟または妹の誕生。
そして、領地の安定運用期。
二年後(五歳)には、王都『貴族学院』への入学強制始動、ルビィと共に中央都市へ完全移住が決まった。
こうして、俺たちの日常は加速度的に慌ただしい日々へとシフトしていった。
三ヶ月後に控えた王都という、さらなる激動の波乱を予感させながら。
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