第五話 昇爵と竜言語魔法
──翌朝、早くもそのニュースの反響が届いた。
出張中だったはずの親父ギャザーが、領主である伯爵様を伴い、血相を変えて早朝のマギナ邸へと緊急帰宅してきたのだ。
「ルーカス! ルーカスは居るか!?」
「どうしました、お父様。そんなに大声を上げて。朝のルーチンの邪魔なのですが」
「おお、ルーカスいたか! こちらは本国よりお越しになられた、我がマギナ家が忠誠を誓う伯爵家当主、コボル閣下だ! ほら、非礼のないように……」
「よいよい、堅苦しい挨拶は抜きだ。それより、昨今王国で話題になっている『最年少ドラゴン・スレイヤー』がどんな規格外の子供なのか、その真偽も含めて直接確認したくてな」
「ドラゴン、ですか。……ああ、一昨日討伐したエンシェント・ドラゴンのことなら、これですか?」
そう言って俺は、周囲の驚愕を無視して『ストレージ』を展開し、中からドラゴンの巨大な生首の先端部分だけを床へゴロリと取り出してみせた。
「なっ……空間拡張ストレージ持ち!? しかも、この禍々しいプレッシャー……本当にエンシェント・ドラゴンの首か! 噂は誇張ではなかったのだな……!」
「どのような噂が流れているのかは分かりかねますが、ギルドの腕利き冒険者三名が前線でヘイトを維持してくれた成果ですよ。私一人の戦果ではありません」
「ふむ、功績を独占せぬその謙虚さ、風評通りだな。三歳児とは思えぬほど、真っ直ぐで綺麗な精神をしている」
「有難き幸せに存じます(──と見せかけて、会話の最中に伯爵閣下の立ち振る舞いから『礼儀・作法・マナー・ダンス』の行動データを『スキルコピー』で一括コピーさせてもらったけどね)」
これで高貴な貴族相手のコミュニケーションもバッチリだ。
コボル伯爵は満足そうに何度も頷くと、とんでもない人事命令を宣言した。
「よし、ルーカス・マギナ。汝の類稀なる戦果を称え、我が権限をもって『子爵』の爵位を任じよう。領地の割り当てに関しては、追ってこちらで検討させてもらう」
「コボル閣下、大変光栄ですが、私はまだ成人すら終わっていない三歳児です。現段階での領地経営は困難かと愚考いたしますが」
「ふむ、確かに。では当面は、領地を持たない名誉職──『昇爵』としての子爵位のみを叙任しよう。実領地の譲渡は、汝の成人後に改めて割り振る」
「はっ! 寛大なご配慮、有難き幸せに存じます」
「しかし、本当に三歳とは思えぬ完璧なロイヤル・マナーだな。一体どこでその作法を覚えたのだ?」
「いえ、閣下の圧倒的な威光を前にすれば、子供であっても自然と最高レベルの礼を尽くさねば、と本能が訴えるのです」
「がははは! 言うようになった! うむ、ギャザー、お前は本当に化け物……いや、良き子を得たな!」
「はっ、我が家系には身に余る栄誉にございます……(親父の顔が完全に引きつっている)」
「うむ。ルーカス、汝が五歳になれば王都の学院へ通うことになる。是非とも、我が子(次期伯爵)の側近として、その異常なスペックで支えてやってほしい」
「「はっ、御意のままに」」
「それでは閣下、客間へお茶のご用意を──」
「いや、それには及ばぬ。この後、例の襲撃を受けた男爵家へ事実確認に行く用事があってな。すぐに立つ。──ギャザー、お前が『英雄』と呼ばれた理由は伊達ではなかったな」
「はっ、そのようで……」
「ではな、ルーカス。学院で待っておるぞ」
そう言い残し、コボル伯爵は嵐のように去っていった。
うがった見方をすれば、今回の強襲を受けた男爵家は、うちの騎士爵領よりも格上だ。
そこの重要な貴族の令嬢を騎士爵の倅が助けたとなれば、伯爵としてもパワーバランスの調整のために、俺を大急ぎで子爵(昇爵)へ格上げしておく必要があったのだろう。
貴族社会のシステムも色々と面倒くさいらしい。
俺は自室に戻ると、何はともあれ、一昨日古竜から毟り取った【竜言語魔法】の暗号化ソースコードの解析を淡々と進めた。
解析が終われば、俺特製の最適化を施し、自身のステータスへ実装する予定だ。
想像するだけで、エンジニアとしてのニヤけが止ままない。
それはそうと、親父の秘術(ギャザーが集めし秘術・改)をはじめ、解読していた『古代魔法』『超古代魔法』の実用レベルへの習得が完了した。
もう一度、あの余白が豊富な『廃棄ダンジョン』へ同行してほしいと親父にリクエストしてみたのだが──。
「あ、ああ、ルーカスならもう一人で潜っても大丈夫だろう。ギルドには『マギナ家の身内が単独でダンジョンに入る』と話を通してあるから、好きに行ってきなさい」
との返答だった。
……何だろう。
親父の中で、俺のダンジョン行きが、近所の友達の家へ、ちょっとゲームしに行ってきますくらいのカジュアルな扱いにシフトしている。
まあ、監視の目がいない方が自由に魔術コードを弄れて楽だからいいけれど。
「せっかくだし、ルビィを誘ってみるか」
彼女も現在、俺が教えた中級・上級魔法のバフを完璧な熟練度『◎』にアップデートしたがっているはずだ。
その日の午後、我が家に遊びに来たルビィに「一緒にダンジョンに行かない?」と誘ってみたところ、二つ返事で「行く!!」と快諾が返ってきた。
明後日の早朝に出発ということでスケジュールは確定。
明日の一日は、準備の作業に割り振ることにした。
その準備期間を利用して、俺は竜言語魔法の解析を進めつつ、主神へ捧げる、次回の定期コミット用(お供え)の地球グルメの素材を買い集めた。
今回のメニューは、ほろ苦いエスプレッソと濃厚なマスカルポーネのハーモニーが絶妙な大人のスイーツ──『ティラミス』を作る事に決めた。
前世で、スイーツ作りが趣味だったのが、役立つ日が来るとは、思いもよらなかった。
◆
──そして、廃棄ダンジョンへの出発当日。
ルビィと共に冒険者ギルドのロビーに顔を出した瞬間、室内にいた全冒険者の視線が一斉にこちらへと集中した。
何だこの居心地の悪い環境は。
見渡すと、以前マギナ領の不況に見切りをつけて出て行ったはずの古参の冒険者たちが、いつの間にか大量に舞い戻ってきている。
それどころか、見たこともない高レベル帯の余所者冒険者も多数いるようだ。
受付のカウンターへ進むと、顔馴染みの受付嬢が声を潜めて内部事情を教えてくれた。
「ルーカス様、気をつけてください。彼ら、今噂の『三歳のドラゴン・スレイヤー』の顔と、その隠された秘密を探ろうと集かまってきたゴロツキたちなんです」
「なるほど、不審な野次馬ですか。了解です」
俺とルビィがギルドを出て廃棄ダンジョンへと向かうと、案の定、背後からぞろぞろと多数のパーティが尾行してきた。
道中、ポップしたゴブリンやオークの集団を、俺とルビィが最短ルートの最小ステップでサクッと即死(始末)させていくと、後ろをつけてきていた連中の顔が早くも引きつり始める。
そして、お馴染みの旧ボスフロアに到着するや否や、俺たちは周囲のギャラリーを無視して『実証テスト』を開始した。
◆
ルビィは、最適化された魔術コードによる中級魔法の試し打ち。
ルーカスは、世界の常識を無視した『古代魔法』の展開テスト。
その結果、轟ぉぉぉぉぉんっ!!!
無詠唱で発動した超高火力魔法が空間を焼き尽くす光景を見て、尾行してきた連中の大半が「ヒッ……!?」と短い悲鳴を上げ、その場で顔を真っ青にして即座に帰還の途につき始める。
さらにテストは加速する。
俺が古代魔法の中でも特に威力の高いバースト系のコードを選んで連射を行う傍らで、ルビィは一旦マナポーションを飲んでMPを全回復させると、今度は最高効率に最適化された『上級魔法』の試し打ちを始めた。
──もちろん、完全な『無詠唱』で、だ。
ドガガガガガガッン!!!
三歳児の少女が涼しい顔で上級魔法を無詠唱連射する狂った光景を前に、最後まで残って解析を試みようとしていた往生際の悪い連中も、絶望したように首を横に振りながら全員が逃げるように帰っていった。
フロアに二人だけになったところで、俺はストレージからほかほかの昼食を取り出し、ルビィとブレイクタイム。
午後からは、俺が『超古代魔法』のテスト、ルビィは引き続き上級魔法の無詠唱化の安定性を高めるための訓練に励んだ。
なお、親父の『ギャザーが集めし秘術・改』に関しては、今回は完全温存の非公開とした。
あれはマジで対魔導師用の最凶のカウンター魔術だ。
ここぞという本番環境以外で実行すべきではない。
それに最近は、世界の制限コード(Λ)に頼らなくても、自身の純粋な魔力制御だけで魔法の出力を自在に絞れるようになってきた。
密かに威力を試すだけなら自宅の庭で十分だし、何より、ここで秘術の全力を開放したら、このダンジョンの構造そのものが崩落しかねないからな。
──数時間後。
超古代魔法(一発で地形が変わりかねない『禁呪』を除く)の全術式の習得を完了し、隣のルビィの方を見ると、彼女の側でも上級魔法の無詠唱化が完全にマスターされたようだった。
これで彼女の魔法ツリーは、下級から上級までがすべて完璧な熟練度『◎』へとアップデートされた。
三歳児としては完全にバランス崩壊のステータスだ。
「よし、訓練完了。……じゃあルビィ、帰ろうか。帰宅用のお楽しみコードがあるんだ」
俺は、今回新しく習得した超古代魔法の『空間転移魔法』の術式を実行した。
事前に『マップ展開魔法』で、ギルドの一階の死角(誰もいないエリア)の座標を指定し、一瞬で空間をジャンプする。
フッ、と視界が切り替わり、目の前の受付カウンターへ何気なく顔を出すと、先ほどの受付嬢が「ぎゃっ!?何事!?」みたいな驚愕の顔で固まった。
何でも彼女、さっきのゴロツキ冒険者たちがダンジョンの出口で俺たちを待ち伏せ・強奪しようとしている情報を察知し、それらを排除するための討伐パーティを大急ぎで編成していた最中だったらしい。
「あ、すみません。空間転移魔法でそのまま帰ってきちゃいました」
正直に事情を伝えると、受付嬢はもはや人間を見る目ではない、神を見るような驚愕の眼差しで俺を凝視した。
ちなみに、あのダンジョン出口で待ち伏せしていた出戻りゴロツキ連中の半数は、俺たちのダンジョン内での無詠唱バーストの情報を仲間から共有されたらしく、そのまま泡を吹いて領外へと逃亡していったらしい。
一体何しに戻ってきたんだ、アイツら。
◆
そんなこんなで無事に帰宅した俺は、さっそく自室で自身の最新ステータス画面をロード(確認)してみた。
「──『ステータス・オープン』」
◆
【ステータス(βテスト版:Ver 0.93)】
種族: ハイ=ヒューマン・聖人
練度: E(二ランクUp!)
名前: ルーカス・マギナ
年齢: 三歳
職業: 賢者・魔導師・陰陽師・退魔師・武闘家
ステータスランク: 【知力:S(Up!)】 【知識:SS(Up!)】 【知恵:SS(Up!)】 【力:G】 【体力:G】 【器用:G(Up!)】 【素早さ:F(Up!)】 【魔力:∞】 【神聖力:∞】 【神通力:∞】 【運:SSS】
【スキルと熟練度】
各種魔法(生活~上級魔法):◎ / 各種神聖術(下級〜上級):◎ / 聖級神聖術:○(New!) / 王級神聖術:○(New!) / 帝級神聖術:○(New!)
【エクストラスキル】
ギャザーが集めし秘術・改:○(Up!)/ ストレージ / ラーニング / 無詠唱 / スキルコピー / 古代魔法:◎(Up!) / 超古代魔法:(禁呪除く):◎(Up!)/ 条件コンパイル:◎ / 魔力視:◎ / 竜言語魔法:△(New!) / 宮廷マナー(New!) / 地球の武術全般・陰陽術・退魔術・魔術◎
【ユニークスキル】
管理者(Root/※全言語理解及び会話マスタープラグイン内包、※思考トリガーUI拡張) / ハッキング(※隠蔽中) / 賢者の叡智 / 魔導の深奥 / 陰陽道の極意 / 退魔の秘奥 / 地球の神々の寵愛 / ローゲストの神々の加護
【称号】
賢者(Up!) / 禁忌の淵を覗いた者 / 地球の術王・武王 / 赦されし者 / ドラゴン・スレイヤー(New!) / ジャイアント・キリング(New!)
◆
(よしよし、いい感じにリライトされてるな)
アッセンブリ神父からコピーした【聖・王・帝級】の神聖術は、今後、自宅の庭のガーデニング(植物への魔力注入)に毎日し続ければ、勝手に『◎』までカンストするだろう。
新スキルの【宮廷マナー】は、どうやらさっきコピーした礼儀・作法の一連のルーチンが一つのパッケージとして自動統合されたものらしい。
ユニーク称号の【ドラゴン・スレイヤー】は竜種に対する絶対特効補正。
【ジャイアント・キリング】は自分より遥かに格上の上位オブジェクトと交戦する際、自身の全パラメータに強烈なアクティブバフがかかる仕様のようだ。
そして何より嬉しいのは、プレイヤーレベルである『練度』が、Gから一気に「E」へと二ランクアップ(爆上がり)している点だ。
前世のMMORPGの感覚で言えば、一瞬で『レベル二百』ほど一気にジャンピングアップした計算になる。
やはりエンシェント・ドラゴンの討伐経験値の旨さは破格だったらしい。
座学と実戦の累積により、知力・知識・知恵・器用・素早さのステータスも軒並み上方修正されている。
肉体年齢三歳児という物理的なリミッター(限界値)のせいで『力』と『体力』こそG止まりだが、素早さが『F』に到達しているのは、種族倍率10倍のおかげだろう。
例外中の例外だ。
「さて、神様への定期お供えも完了したことだし」
俺は特製のティラミスを祭壇へと配置し、主神へお祈りを捧げた。
ティラミスはパッと光の粒子となって天界へと転送(消失)していく。
それを見届けて、俺は心地よい就寝へと入った。
◆
──翌日。
コボル伯爵が、昨日確認した正式な書類を携え、改めて俺を『子爵への昇爵』として叙任する手続きを完了させた。
どうやら、一昨日俺がドラゴンから救出したあの馬車のご婦人方は、まさにその男爵家の最重要令嬢だったらしく、伯爵閣下が直接現地へ事実確認に赴いたところ、令嬢たちが「ルーカス様は神童、いえ、我が命の救世主です!」
と熱烈なレビューを連発したらしい。
これに伴い、伯爵は、
「強大な力を持つ者は、その力に相応しい社会的責任を果たす義務がある」
という思想を俺に伝えるべく、わざわざ再来訪してくれたのだ。
こうして、俺は三歳にして正式な子爵(昇爵)となった。
この異常な偉業に、マギナ騎士爵領内は文字通りお祭り騒ぎに突入。
その一方で、俺たちをダンジョン出口で待ち伏せしようとしていたあの哀れなゴロツキ冒険者たちは、伯爵の私兵集団によって事前に一網打尽にされ、手痛い事情聴取を受けた後、領内から永久追放処分となったらしい。
子爵になったとはいえ、俺個人の日々のルーチン(生活)自体に大きな変更はない。
だが──俺のあずかり知らぬ所において、この三歳児の『子爵昇格』と『ドラゴン討伐』の情報は、大貴族たちのパワーバランス(勢力図)に、少なからず致命的な地殻変動を引き起こし始めるのだった。
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