第三話 ステータス、種族■の謎、判明
俺には、転生した当初からどうしても解せない重大なシステムエラーが一つあった。
それは、自身のステータス画面をオープンした際に表示される『種族欄』の記述だ。
友達になったルビィの種族は『種族:人族』と、正常にレンダリング(表示)されている。
だが、俺の画面は何度リロードしても『種族:■■■■■■■■・■■』と、文字化け(黒塗り)したままなのだ。
この原因不明の文字化け表示(■)が、毎回チェックするたびに俺のエンジニア精神を激しくイラつかせた。
(もう一回、天界に不正アクセスして、管理者権限(管理者コマンド)でステータス表示の術式を直接再構築してやろうか……)
そんな衝動に駆られるが、前回のハッキングの件もある。
下手に足跡を残せば、天界のセキュリティチーム(最高管理神)に再び目をつけられ、最悪強制排除されるリスクが捨てきれない。
俺は完全なジレンマに陥っていた。
「……はぁ。考えても始まらないか。今日のタスクに移ろう」
気を取り直した俺は、手元に用意した持参用の『新作お菓子』を確認する。
今日は午後から、ルビィの自宅(セル家)へお邪魔するアポイントメント(予定)が入っているのだ。
この種族バグについてルビィに相談してみるべきかとも思ったが、相手はいくら優秀でも生粋の三歳児。
俺のような転生者(前世の記憶持ち)ならともかく、ローゲストで育ったただの幼児に天界システムの根幹を話したところで理解不能を起こすだけだ。
結局、俺は悶々とした気分のまま、ルビィの邸宅を訪ねることにした。
──デカい。
さすが領内随一の御用商人。
うちの騎士爵邸がすっぽり収まるほど広大な敷地だ。
俺は門番の兵士に取り次ぎを頼んだ。
「こんにちは。マギナ家のルーカスです。ルビィさんに会いに来ました」
「おお、ルーカス様! ようこそおいで下さいました。お嬢様が首を長くして待っておられますよ!」
「ありがとうございます」
丁寧な対応に感謝しつつ門を潜ると、庭園の通路でルビィの長兄であるチャールズさんと出会った。
彼は現在、商会の帳簿データと格闘中らしく、計算が合わずに思考がフリーズ(ウロウロと徘徊)する特有の行動の真っ最中だった。
「こんにちは、チャールズさん。もしかして、帳簿の計算が合わないのですか?」
「これはルーカス様、お見苦しいところを……。お恥ざかしながら、その通りです。何度計算しても、わずかな端数のズレが出まして」
「分かります。計算結果が少しでも想定と違うと、イライラしますよね。僕も魔術式の構築結果が思わしくない時は、同じようにフリーズしてしまいますから」
「ルーカス様もですか! 本当に、魔法一発で帳簿の総計が百%正確に出力されるような、都合の良い『会計魔法』があれば良いのですがね……」
「あいにくそんな魔法のコードは存在しませんが──計算処理を爆速で補助する便利な『東洋の演算デバイス』なら知っていますよ。『そろばん』という道具なのですが」
ガシィィィッッ!!
言い終える前に、チャールズさんに両手をガッチリとホールドされた。
「ル、ルーカス様……今、『そろばん』と仰いましたか!?」
「ええ、まあ。多少の基本操作なら(日本人なら小学生のチュートリアルで強制習得させられるからな)」
「実は先日、東洋の怪しげな行商人からその『そろばん』なる木製の器具を大金で買い取ったのですが、マニュアルが一切なくて使い方がサッパリ分からず、ただのインテリアと化していたのです! もしよろしければ、使い方をレクチャーして頂けないでしょうか!?」
「いいですよ。ルビィに中級魔法を教える傍らで、チャールズさんにもそろばんの計算方法を説明します」
そんな男同士の熱い会話が行われているところへ、長姉のエイダさんが優雅に通りかかった。
「あらあら、ルーカス様、ごきげんよう。男同士で情熱的に手を握り合って、一体何のお話をしておりますの?」
「エイダ、聞いてくれ! ルーカス様があの『そろばん』の操作ガイドを持っておられたんだ!」
「まあ! あの、お父様が盛大に騙されてぼったくられたと商会内で噂の、あの謎の木枠ですの?」
酷い言われようである。
俺は苦笑しながら頭を切り替えた。
「いえいえ、そろばんは適切に使いこなせば、計算速度と精度を格段に跳ね上げる素晴らしいデバイスですよ。宜しければ、エイダさんもルビィの部屋で一緒にどうですか? 本日は『新作の機能性お菓子』を持参してきましたので」
「「新作のお菓子!?」」
「ええ。カスタード・プディング──通称『プリン』です。是非、皆さまで味見をしていただき、忌憚のないレビューを頂けると助かるのですが」
「「喜んでお供いたしますわ/いたします!!」」
見事な同期具合だった。
以前、カカオからチョコレートを錬成して持参した際の大好評だった記憶が残っていたため、第二弾としてプリンを実装してきたのが大正解だったらしい。
そうして、俺たちはルビィの私室へと三人揃って顔出しした。
「もう、ルーカス遅いわよ……って、何で兄様たちまでパーティに入ってるのよ?」
「ルビィ、ルーカス様が新作の高級スイーツを持ってきてくれたんだよ! 私たちもご相伴に預かりつつ、そろばんの講義を受けることになったんだ」
「えっ、新作のお菓子!? 嬉しい! すぐに最高級の紅茶の準備を走らせるわね!」
ルビィが嬉々としてお茶の準備を始める。
その時間を利用して、俺はチャールズさんの前でそろばんを展開し、基本の加減算を実演した。
「──という風に、指先で珠を弾いて計算を確定させていきます。慣れれば、紙に書いて筆算するよりも遥かに処理速度が上がりますよ」
「素晴らしい……! これ、我が商会の帳簿係全員に導入すれば、業務効率が数百倍に跳ね上がるぞ……!」
チャールズさんが大興奮している絶妙なタイミングで、淹れたての紅茶が振る舞われた。
「それでは、期待の新作『プリン』を配給しましょう」
俺はストレージから、冷え冷えの状態で保存されていたプリンを全員の前にサーブした。
「どうぞ、お召し上がりください」
全員がスプーンを使い、一口目を口に運ぶ。
最初にフリーズしたのはエイダさんだった。
「な、何ですのこの食感は……!? お口の中でプルプルと震えたかと思えば、濃厚な甘みが一瞬で溶けて消えてしまいますわ……!」
次にチャールズさんが叫ぶ。
「この、上の層にかけられている黒いソースが最高に味を引き締めているね! 甘みの中に絶妙な苦味がある、実に不思議な深みだ!」
「それは『カラメル』といって、砂糖に熱を加えてわざと炭化(焦がし)直前まで追いつめたものです」
「なんという発想の転換……! あえて焦がすことでソースの深みを上げるとは!」
最後はルビィが、スプーンを咥えたまま目を輝かせた。
「美味しい……! これ、周りにフルーツを配置してアレンジしたら、もっととんでもない付加価値が生まれるんじゃない?」
「さすがルビィ、審美眼が高いね。プリンの周囲にバナナやメロンを追加して、てっぺんにサクランボを載せ、仕上げにホイップした生クリームをかける『プリン・アラモード』という進化形があるんだけど──」
俺がそこまで説明した瞬間、レシピのメモを取っていた俺の手を、三人の手がガッシリと、かつ完璧かつ同時に手を掴んできた。
「「「──是非お願いします」」」
声の圧が重なる。
よほど気に入ったらしい。
「わ、分かりました……今度、ルビィがマギナ邸に遊びに来る際、用意しておきます。その時は皆さまでいらしてください」
「「「──約束ですよ!!」」」
あまりの熱量に、さすがの俺も少し引き気味になった。
「はい、約束は成立です。それでは、そろそろルビィの中級魔法の講義に移りましょうか」
◆
そうして無事に全てのタスクを終え、夕方、マギナ邸への帰路についた時のことだった。
フッ……。
突然、世界全体の輝度(明るさ)が不自然に落ちた。
周囲を見渡すと、街行く人々や飛び交う鳥、果ては風に舞う木の葉に至るまで、すべてのモーション(動き)が完全に停止している。
いや、オブジェクトの停止ではない。
世界全体の『時間軸』そのものが、強制的に一時停止させられているのだ。
この規模の超法規的魔法を実行できる存在など、世界にただ一人しかいない。
『──久しいの、守。いや、今はルーカスと名乗っておったか』
脳内に直接響く、圧倒的な高次元の音声。
「最高管理神様。……ご無沙汰しております」
『うむ。神界の監視カメラから見ておったが……先ほどお主がプレゼンしておった“プリン”ならびに“プリン・アラモード”とやらは、地球の極上スイーツだな?』
「はい、その通りです。幸い、この世界でも食材は地球と同じものが揃いますので、完全再現が可能です」
『そこで、神としての公式な相談(裏取引)じゃが……。今後、その地球の美味い食べ物を天界に定期デリバリー(供物)してくれるなら、お主のアカウントに天界サーバー(管理DB)への一時的なアクセス権限を付与してやってもよいぞ?』
──想定外の願ってもないチャンスが転がり込んできた。
「本当ですか!? 日付や納期の指定はありますか?」
『一週間に一度、お主が就寝する前に、祭壇に供えておいてくれれば自動回収しよう』
「了解しました。では、先ほどルビィの家で余った予備のプリンがストレージにありますので、まずこれを最初に、お供えします」
『うむ、神の慈悲である。頼んだぞ──』
フッと、世界の時間が再び動き出す。
「……はあぁ、緊張した。マジで再ハッキングの罪で処分されるかと思ったぞ……」
冷や汗を拭いながら、俺は足早に帰宅した。
これで、あのイライラする『種族:■■』の文字化けバグを、正規のルート(管理者公認)でデバッグできる目処が立った。
◆
その日の夜。
俺は厨房の素材をフル活用し、渾身の『プリン・アラモード』を完璧な盛り付けで錬成。
自室の簡易祭壇にお供えした。
すると、プリン・アラモードは瞬時に光の粒子となって天界へと消失されていく。
「よし、接続確認(コネクション確立)。──天界サーバーへアクセス」
脳内でコマンドを入力すると、驚いたことに、主神によって俺専用の『デベロッパー・アカウント(開発者権限)』が正式に発行されていた。
俺はそのアカウントを使ってデータベースの奥底へと潜り、自身のステータス表示のデバッグを開始した。
「ここをこうパッチ当てして……あ、ダメか。エラーが出るな。なら、この条件分岐を書き換えて──」
深夜の自室で、ひたすらトライ&エラーのデバッグ作業を繰り返す。
ついに画面の文字化けを解消できたのは、窓の外がうっすらと白み始めた早朝のことだった。
「ふぅ……出来た。──『ステータス・オープン』」
◆
【ステータス(βテスト版:Ver 0.9+)】
種族: ハイ=ヒューマン・聖人(Update!)
練度: G
名前: ルーカス・マギナ
年齢: 三歳
職業: 賢者・魔導師・陰陽師・退魔師・武闘家
ステータスランク: 【知力:A】 【知識:A】 【知恵:S】 【力:G】 【体力:G】 【器用:H】 【素早さ:G】 【魔力:∞】 【神聖力:∞】 【神通力:∞】 【運:SSS】
【スキル】
生活魔法:◎ / 下級魔法:◎ / 中級魔法:◎ / 上級魔法:◎ / 下級神聖術:◎ / 中級神聖術:◎ / 上級神聖術:◎
【エクストラスキル】
ギャザーが集めし秘術・改:△ / ストレージ / ラーニング / 無詠唱 / スキルコピー / 古代魔法:○ / 超古代魔法:○ / 条件コンパイル:◎ / 魔力視:◎ / 地球の武術全般・陰陽術・退魔術・魔術◎
【ユニークスキル】
管理者(Root/※全言語理解及び会話マスタープラグイン内包、※思考トリガーUI拡張) / ハッキング(※隠蔽中) / 賢者の叡智 / 魔導の深奥 / 陰陽道の極意 / 退魔の秘奥 / 地球の神々の寵愛 / ローゲストの神々の加護(New!)
【称号】
賢者のひよこ(Up!) / 禁忌の淵を覗いた者 / 地球の術王・武王 / 赦されし者(New!)
◆
(……なるほど、種族は『ハイ=ヒューマン』と『聖人』のダブル属性だったのか。って、俺、もう純粋な人間の仕様から逸脱してないか?)
驚愕しつつ、その開示された種族特性のテキストログにフォーカスを当ててみる。
【ハイ=ヒューマン:種族特性】
全経験値・成長倍率「十倍」
各ステータスの成長速度「十倍」
全状態異常無効化(永続パッシブ)
完全健康体
寿命:ハイ=エルフと同等(数千年以上)
……etc
【聖人:種族特性】
神聖魔術(回復・結界・浄化)の効果「十倍」
不死属性への絶対特効ダメージ
魔物属性への絶対特効ダメージ
……etc
(何だこれ、想定以上の壊れパッチ(チート仕様)が適用されてるな……)
通りで、一般的な三歳児であるルビィに比べて、俺の身体パラメータやスキルの熟練度のアップ速度が異常だったわけだ。
成長の初期設定倍率そのものが、通常の十倍で固定されていたのだから。
これは確実に隠蔽(偽装)しておかなければならない案件だ。
一応、俺以外にステータス・オープンを使える者はこの領内にはいないはずだが……念のため、表示を偽装する隠蔽用の神聖術コードでも組んでおくべきか?
そんな悩みを抱いた瞬間、脳内にぽんっと、システムポップアップのような神託が下りてきた。
『──安心せよ。現在のローゲストにおいて、個人の種族を直接閲覧できる者は、神(管理者)以外に存在せぬ。それでも他者からのスキャンが心配ならば、自身の練度を上げよ。汝より練度の低い者は、そもそもお主のステータス情報を見ることすら叶わぬ仕様になっておる。逆に汝より練度が高い相手でも、汝なら見れるぞ』
「最高管理神様……! 御助言、感謝します。それなら、最優先で『練度』を上げる対策を練ることにします」
『うむ、それがよい。……時にルーカスよ。昨晩のプリン・アラモード、極上のクオリティ(美味)であった。来週の定期便も期待しておるぞ』
「はい、お任せください」
そこでプツンと、神託の回線(通信)が切れた。
悩んでいても始まらない。
俺はさっそく、自身の『練度』を最速でカンストさせるためのレベリング計画を練り始めた。
思えば、前回世界のリミッター(ΛとΦの秘密)を発見して再構築した際、称号の獲得と同時に『練度』が爆上がりした実績がある。
ということは──これからも、この世界に蔓延るおかしなバグや隠された仕様を潰して最適化していけば、効率よく練度の経験値が稼げる(レベルアップできる)可能性が極めて高い。
(よし、ターゲットは決まった。世界の不具合を片っ端から修正して、最速で練度をカンストさせてやる)
そう決意を新たにするルーカスだったが、この「世界を勝手に不具合を修正して回る」というエンジニア精神剥き出しの行動が、ローゲストの歴史にさらなる未曾有の大波乱(大炎上)を巻き起こすトリガーになるとは、この時はまだ、予想だにしていなかったのである。
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