第九話 神々の平伏と地上の新秩序
俺の頭の中に、久しく耳にしていなかった無機質で神聖なアナウンスが響き渡った。
『――邪神サザランドによる「世界の理を書き換える権能」の解読を完了しました。ハッキング、およびエリア・ハッキン)の進化条件を満たしました。……能力を進化させますか?』
俺は迷うことなく、即座に「進化」を選択した。
『解析介入、およびエリア・ハッキングが進化しました。――【ワールド・ハッキング】を修得しました』
俺は間髪入れずに【ワールド・ハッキング】を発動した。
邪神サザランドが解き放った理を書き換える空間の術式の深層へと即座に介入し、その構造を瞬時に解読して、俺の意志で上書き・書き換えていく。
その異変に気づいた邪神サザランドが、驚愕と焦燥に満ちた目をこちらへと向けた。
「ルーカスぅぅぅ! 貴様か……っ! 貴様が我が神聖なる術式に割り込み、理の書き換えを邪魔しているのか!?」
「そうだサザランド。お前の構築した世界の術式に介入し、その効果を完全に無効化させてもらった」
「馬鹿な……っ! これは地獄の王サタン様より直々に授かりし至高の権能だぞ!? ただの人間上がりの神が、割り込めるはずが――」
「ひとつ、良いことを教えてやろう。お前が崇めるサタンとやらは、元は天の御使い……つまり天使だった存在だ。それが堕天してサタンと名乗っているに過ぎない。こちらの世界で言えば、せいぜい天級クラスの存在だ」
「な……なんだと……っ!? だが、あの御方の放つ圧倒的な圧力は、ゼクティスをも凌駕していたぞ!?」
「それは単に、あちらの世界の神々の方が、お前たちの尺度より遥かに強大だったというだけの話だろう」
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な……っ!!」
「さて、お遊びはここまでだ。お前の逃げ場である大穴を閉じる前に……大地へと圧し潰されるが良い」
「ちぃっ……!」
これ以上の空中戦は不利と悟ったのか、サザランドは大穴のフチから這い出し、勢いよく地上へと降り立った。
「ガイ姐さん!」
「分かっているわ、ルーカスちゃん!」
ガイ姐さんがその大地の権能を解き放ち、地上へと降り立ったサザランドの足を瞬時に大地へと縫い留めた。
サザランドは狼狽した声を上げる。
「なっ……これは!? だが、このような大地の束縛など……な、抜けない!? 何故だぁぁ!?」
「俺が【ワールド・ハッキング】で、ガイ姐さんの大地の権能を極限まで介入・強化したからだ!」
「なっ……!?」
「潮時だ、サザランド!」
俺は神槍グングニルを構え、視界に走る【世界解析介入】の解析線で、サザランドの巨躯の奥深くに隠された核の位置を正確に捕捉した。
「――ここか!」
「や、やめろぉぉぉっ!!」
「神殺しの槍の錆となり、永劫に消え去るがいい!」
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は全身の神力を込め、サザランドの核を神槍グングニルで深々と貫いた。
「馬鹿な……人間上がりの小僧に……この私が……負けるというのか……馬鹿な……馬……っ――」
核を撃ち抜かれたサザランドの肉体は、一瞬にして乾いた砂へと変質し、吹き抜ける風にさらさらと浚われて消滅した。
「次は、あの大穴を塞ぐ番だな」
俺は【ワールド・ハッキング】の権能を解き放ち、プロト帝国跡地に広がっていた地獄の大穴の構造を書き換えて塞ぎ始めていく。
単に平坦な更地へと戻すのではなく、この周囲にこれから根付くであろう動植物や自然環境にとって最善となるよう、緩やかな窪みを構築した。
さらに水の精霊王の力を借りて清らかな澄んだ水を溢れさせ、生命を育む巨大な湖を作り上げた。
その光景を目の当たりにしたゼクティス様が、呆れたように、けれど嬉しそうに笑う。
「……何でもありじゃのう、お主は」
ルミナリア様も柔らかく微笑んだ。
「本当にね。ルミナスが素直に力を貸すわけだわ」
ガイ姐さんは満足そうに頷いた。
「未来の動植物のことまで考えて湖を作るなんて……やっぱり、本当にいい男ね!」
その言葉にエルビィがすかさず割り込む。
「あげないわよ!」
「ふふ、分かっているわよ」
二柱の神の間で何やら賑やかなやり取りが交わされる。
「……すべての災厄は終わりました。天界へ戻りませんか? さすがに少し疲れました」
ゼクティス様が大きく頷いた。
「そうじゃの。じゃが、天界へ戻ってもまだ仕事が残っておるぞ」
「人界再生計画……でしたっけ。あの愚かな計画を完全に撤回させないとですね」
こうして、邪神サザランド・レギオンを巡る大騒動に完全な決着をつけた俺たちは、一路天界へと帰還した。
◆
天界へと足を踏み入れた瞬間――居並ぶ全神々が、俺たちの姿を見るや否や一斉にひれ伏し、平伏した。
どうやら、あの悍ましい邪神を一瞬で滅ぼし、世界の理すら書き換えた俺たちの圧倒的な神威に完全な恐怖と畏怖を抱いているらしい。
ゼクティス様が俺の背中をポンと叩いた。
「ルーカス、命じてやるが良い」
「ルーカスちゃん、あなたの思うままにね」
「ルーカス、さあ言っておやりなさい」
「ルーカス、もし反対する者がいたら私が瞬時に討伐するからね」
順に、ゼクティス様、ルミナリア様、ガイ姐さん、そしてエルビィが口々に後押ししてくれる。
俺は平伏する神々を見下ろし、静かに、だが厳然たる声で告げた。
「今後、人界および楽園界への身勝手な干渉を一切禁止する。それと、今すぐ人界のすべての教会へ『異民族や亜人への差別を即刻禁止する』という神託を下してくれ。――なお『違反者には即座に神罰が下る』と書き加えておくように」
ひれ伏していた神々は一斉に「ははぁっ!」と恐れ入り、すぐさま各々の担当する地上すべての教会へと至急の神託を伝播させていった。
その素早い対応を見届け、エルビィが小首をかしげる。
「これで良かったの、ルーカス? 今のあなたの【ワールド・ハッキング】の力なら、天界、人界、楽園界すべての法則を書き換えて、あなたが思い描く完璧な理想郷を創り出すことだってできるんじゃない?」
「……それはただの独裁だし、俺の思い上がりだよ。だからしない。そこから先の世界をどう良くしていくかは、住んでいる人々自身が考えればいいことさ」
「ふふっ、本当にブレないわね」
「まあね」
そこへ、ゼクティス様とルミナリア様そして、ガイ姐さんが優雅に歩み寄ってきた。
「まあ、何はともあれ大仕事の終わりじゃ。みんなで一杯、祝杯をあげようじゃないかの」
「そうね。今日くらいは飲み潰れても文句は言わないわ」
「そういうことよ、ルーカスちゃん、エルビィちゃん。あなたたちも飲んでいきなさい。天界が誇る極上の神酒があるのよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えてご相伴に預かります。……いいよね、エルビィ?」
「もう、しょうがないわね」
こうして天界では、かつてないほど盛大で、すべての神々を巻き込んだ宴の幕が切って落とされたのだった。
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