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第八話 真勇者と愛の女神の無双

 俺は邪神サザランド・レギオンを翻弄して完全に地上へと誘い出すため、奴の鼻先で高速移動を繰り返しながら激しく挑発を続けていた。


 この戦いにおいて、俺には絶対に成し遂げなければならない二つの使命があった。


 一つは、奴の巨躯に取り込まれ苛まれている人間たちの魂を解放し、浄化すること。


 そしてもう一つは、プロト帝国跡に開いたあの地獄の大穴を完全に塞ぎ、封印することだ。


 あの穴は、間違いなく異界・地球の地獄の深淵へと直接繋がっている。


『レギオン』とは、地球の言葉で『軍勢』あるいは『無数の群れ』を意味する言葉だ。


 現在のサザランドは、数多の怨念や人間たちを取り込み、まさにレギオンの名に相応しい悍ましい巨躯を誇っていた。


 おそらくその名を授けたのは、地球の地獄の頂点に立つ誰かだろう。


 このまま放置すれば、今後も同じような災厄が異界から解き放たれかねない。


 サザランド・レギオンを討伐し、しかる後に大穴を塞ぐ――俺はそう心に誓い、この決戦に挑んでいた。


 だが、サポートのためにエルビィが至近距離まで接近した、その瞬間だった。


『ウ……ウマソウナ……メガミダ……っ!』


 サザランド・レギオンが無数の顔を蠢かせ、粘着質な無数の触手を勢いよく伸ばしてきたのだ。


 この卑劣な欲望に対し、俺の逆鱗とエルビィの激しい情念が同時に爆発した。


「俺の妻に触ろうとするな、泥の化け物が!!」


「旦那様以外の男が気安く触るんじゃないわよ!!」


 俺の放った渾身の『超新星撃(スーパーノヴァ)』と、エルビィの振るう『断絶する緋色の刻・改』が同時に炸裂した。


 三十二倍にまで威力を跳ね上げた俺の超新星撃は、上半身に鎮座する元サザランドの頭部を正確に撃ち抜き、押し寄せた触手の群れは片っ端からエルビィの鮮血の斬撃によって瞬時に切断されていく。


 しかし、超新星撃の直撃を受けても奴は意に介さず、切り落とした触手も無限に増殖して再生し、切っても切ってもキリがない状態に陥った。


 その打開策を見出したのは、誰よりも苛烈に刃を振るっていたエルビィだった。


「『断絶する緋色の刻・改』が進化したわ! 格の上がった『真・断絶する緋色の刻』へ昇華したの!」


「一度試してみて、使えそうならそのまま時間を稼いでくれ! その間に俺が、取り込まれた人間たちを浄化する!」


「分かったわ! ――『真・断絶する緋色の刻』!!」


 解き放たれた神聖なる紅の閃光は、無数の触手を根元まで一閃のもとに切り裂くと同時に、その発生源たる肉体そのものを根本から消滅せしめた。


 だが、エルビィは即座に刃を引いて後退する。


「ダメ、覚えたてだから技の反動で一瞬の隙ができるわ! パパ、ママ、援護をお願い!」


「任せておけ!」


「任されたわ!」


 ゼクティス様が時間を停止させる神の権能で迫る肉片を完全に固めると、すかさずルミナリア様が全開の光の浄化術を放ち、停止した触手を灰すら残さず消滅させていく。


「さすがパパとママ、息がぴったりね!」


「ああ、俺たちも負けていられないな。……孔雀明王の真言を使う!」


「取り込まれた人間たちを浄化するのね!」


「エルビィ、何故それを……ああ、そうか。ルビィの記憶も受け継いでいるんだったね」


「ええ! 孔雀明王の真言を唱える隙は私たちが絶対に作るから、安心して集中して!」


「頼む……!」


 俺は両手で孔雀明王の印を結び、深く息を吸い込んだ。


「――オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」


 孔雀明王の持つ絶対なる浄化の権能が解き放たれ、光の波動となってサザランド・レギオンの巨躯全体を優しく包み込んでいく。


 体内に取り込まれ、永劫の苦痛に喘いでいた人間たちの魂が聖なる光によって浄化され、解き放たれるようにして次々と天へと還っていった。


 だが、体内に残された魂の数はあまりにも膨大だった。


 俺は最後の一人が救われ、天へと昇るその瞬間まで、全身の神力を込めて真言を繰り返し唱え続けた。


「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ……!」


「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ……!」


 幾度唱え続けたか分からなくなるほどの時間が過ぎ去った時、ついに邪神の憤怒の声が響き渡った。


『おのれぇぇぇ……よくも我が力の源を削ぎ落としてくれたな! こうなったら貴様ら神々ごと取り込み、我が新たな肉体としてくれよう!!』


 その言葉に対し、ゼクティス様が鋭い一閃のような視線を突きたてる。


「できるものならやってみるが良い、サザランド!」


『ゼクティス、儂が知恵と魔術の神であることを忘れたか!?』


「だからと言って、邪神へ堕したお主に何ができるというのだ!」


『邪神へと変質したからこそ、できることもあるのだ! 食らうが良い、地獄の王サタン様より授かりし絶対なる力を!!』


 そう叫ぶや否や、邪神サザランドは自らの泥のような下半身に向かい、禍々しい呪言を紡ぎ始めた。


 俺が浄化しきったはずの肉体の深層から、ドロドロとした黒い怨念が急激に膨れ上がっていくのが目に見えて分かった。


『ルーカス! 汝が浄化したのは人々の不純物に過ぎん! 人間に渦巻く欲望や嫉妬といった業の深淵……これらを核とし、儂が新たに手に入れた邪神の力を加えれば、このような奇跡すら可能となるのだ!!』


 解き放たれたのは、この世界の理そのものを無理やり捻じ曲げ、上書きしてしまうような絶望的な圧導だった。


 ゼクティス様がかつてないほど焦燥した面持ちで叫ぶ。


「まずい……! 世界の根幹を統括するシステム権限が、奴に書き換えられようとしておる!」


「なら、奪い去られる前に全力で叩き潰すまでよ!!」


 エルビィが咆哮し、限界を超えた『真・断絶する緋色の刻』を間髪入れずに連発する。


 ルミナリア様もまた、光の輝きを全身から解き放った。


「我が分身たる光の精霊王ルミナスよ、我が元へ還り、不浄なる敵を滅しなさい!」


 精霊王と再融合を果たしたルミナリア様は、全存在を掛けた極大の光の浄化をサザランドへと放つ。


 二柱の神が全力を解き放った、まさにその瞬間――。


 俺の頭の中に、久しく耳にしていなかった無機質なアナウンスが響き渡った。


『――邪神サザランドによる「世界の理を書き換える権能」の解析(ラーニング)を完了しました。ハッキング、およびエリア・ハッキングの進化条件を満たしました。……能力を進化させますか?』


 俺は迷うことなく、即座に「進化」を選択した。

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