第四話 ローゲスト天界降臨
その頃、ローゲストの天界では、魔界から無様に逃げ帰った法と秩序の神ジャスティンが、強硬派の神族をはじめとする軍勢を動員していた。
(戦神ヴァルカヌス、知恵と魔術の神サザランド、豊穣の神ガイアルドは、揃いも揃ってあの二人には無力だった。この私までもが論破されてしまった。このままでは、天界の沽券に関わる……!)
焦燥に駆られたジャスティンは、天界の軍勢をかき集め、魔界に先制攻撃を仕掛けようと考えていた。
己に同調する神々を、集められるだけ総動員していたその時――会議場へ、最高管理神ゼクティスと母神ルミナリアが姿を現した。
「あれだけ大口を叩いておいて、いざ四柱がかりで挑んで対処できなかったからと、今度は数にものを言わせた集団戦か。ジャスティン、お主には恥という概念がないのかのう」
「最高管理神様……! 貴方に私の何が分かると言うのです! このままでは天界の沽券が失墜いたします!」
「天界の沽券だと? ふん、天界ではなく、己の沽券に関わるだけじゃろう、ジャスティン」
「な、何を……っ!」
「己の影響力が低下するのを恐れて、必死に兵力をかき集めているようだがのう。世には“烏合の衆”という言葉があるのを知らんのか?」
「わ、我々は……!」
「我々ねえ。天界でも指折りの四柱が集まってすら、あの二柱には全く通用しなかったのじゃ。今さら雑兵をいくらかき集めたところで、烏合の衆でしかないわ!」
「二柱ではなく、人間と改めていただきましょう! 私は未だ、あ奴らを神と認めたわけでは――」
そこへ、隣にいたルミナリアが冷ややかな笑みを浮かべて割り込んだ。
「あら。あなたが認めようが認めまいが、あの子たちは既に立派な神です。敗北したあなたが一番よく分かっているのではないかしら? それとも、まだやられ足りないのかしらね?」
「わ、私は……! とにかく、人界再生計画の邪魔になりそうなあの二人を排除せねば……!」
「二柱ね。それにしても、あの子たちが果たしてそこまで人界に肩入れするかしら?」
「何故そう言い切れるのです! あなた方の御息女はともかく、あのルーカスは、元は人間。人界に肩入れするに決まっている――」
ジャスティンの言葉を遮るように、ゼクティスが声を張り上げた。
「もし、ルーカスが人界に肩入れするようなことがあれば、儂はかえってあ奴の器の大きさを認めざるを得んわ!」
「……何故です?」
「何故じゃと? ルーカスは人間界において、その強大すぎる力ゆえに恐れられ、迫害された過去を持つ。魔界へ赴いたのも、人界に見切りをつけたからじゃ。そのルーカスが、今さら人界に肩入れするはずなかろうが」
「ぐっ……!」
「どうした、返す言葉もないか? 当然じゃろう。言い訳ばかりを並べ立て、その実は自身のプライドが許さぬだけではないか。都合の良い大義名分を並べ、天界全土を巻き込んで魔界に戦争を仕掛けようなどと……。それ相応の覚悟があってのことじゃろうな?」
ジャスティンはもはや言い返すこともできず、
「ぐぬぬぬぬ……」
と歯噛みして唸るしかなかった。
そんなジャスティンに対し、ゼクティスは容赦なく追い打ちをかける。
「因みに、今の会話はすべて、天界、魔界、人界の全域に映像として流させてもらったぞ。人界ではお主の神像が民の手で破壊され、魔界では迎撃の準備が整い、天界でお主に従おうとしていた神々の三分の二が既に離脱したようじゃぞ」
「な、何だと!?」
「これは、ルーカスが得意としていた論理破綻を突く手法の一つじゃな」
「そんな馬鹿な……そんなことが……!」
「もはや語るに落ちたな、ジャスティン。お主のような者に、これ以上法と秩序の神を名乗らせるわけにはいかん」
「なっ! 私より神律に詳しい者など、この天界にいるはずが――」
「一柱おるじゃろう。お主を真正面から論理で打ち破った者がな」
「まさか……ルーカスに法と秩序を任せるというのですか!? あんな人間上がりの成り上がりに!」
「その成り上がりに無様に負けたのは誰じゃ、ジャスティン。もはや一人ぼっちのお主に付いていこうとする有力な神など、一柱もおらんぞ。残っているのは、少数の下級神か天の使いの兵卒くらいじゃ」
「それでも、十分な数は集まった! 人界の再生を遂行するには、これだけでも十分な数で――」
その必死な言葉に、ルミナリアが哀れむような視線を向けた。
「それはどうかしらね?」
「ルミナリア様……それはどういう意味でしょうか」
ルミナリアは無言で、ジャスティンの後方の虚空を指さした。
「――あれを見なさい」
「あれ?」
ジャスティンが嫌な予感に満ちた顔で、ゆっくりと振り返る。
次の瞬間、彼の口から情けない悲鳴が上がった。
「なぁぁぁぁぁぁっ!?」
そこには、空間を割って現れたルーカス、エルビィ、そしてガイ姐さんが、空中から冷ややかにこちらを見下ろしていた。
ルーカスは双眸を鋭く光らせながら言った。
「なるほど。法と秩序の神を自称しながら、やっていることはその正反対ですね」
エルビィがそれに同意するように頷く。
「あなたに法と秩序を名乗らせるわけにはいかないわね」
ガイ姐さんも、呆れたように肩をすくめた。
「そうね。姑息よ、あなた。もっと骨のある男神だと思っていたけれど……私の大嫌いなタイプだわ」
ジャスティンは驚愕のあまりガタガタと震えながら叫んだ。
「な、なぜここに……!」
「あなたの人界再生計画とやらを、邪魔しに来たに決まっているでしょう」
その様子を見守っていたゼクティスが、ルーカスへと問いかけた。
「ルーカス……いや、守よ。何故、お主を迫害し見捨てた人界を救おうとする?」
ルーカスは一瞬視線を落とし、静かに答えた。
「……赤子に罪はありませんから」
「そうか」
ゼクティスは満足そうに微笑んだ。
「ならば、法と秩序の神を、お主に引き受けてもらってもよいかの?」
「……それは後で。今はそこのジャスティンを止めなければなりません」
「わかった。その就任については、後でじっくり考えると良い」
「ええ。――さて、ジャスティン!」
ルーカスに鋭く睨まれ、ジャスティンは顔を真っ赤にして激怒した。
「貴様ごときに呼び捨てにされるいわれはないわ!」
「先ほどから、すべての会話を聴かせてもらいましたが――」
「が……何だ!?」
「あなたに付き従う神々は、もう一柱もいないようですよ」
「何? 馬鹿な……! 本当だ、一柱もいない……! 貴様、一体何をした!」
「ちょっと三人で神気を放ち、ご挨拶しただけですが。何か?」
「馬鹿な! 似非神ごときに、それほどの力があるはずが――」
「未だ現実が見えていないようですね。私たちの威圧を受けても引き下がらなかった下級神や天の兵卒たちには、地獄の黒炎で灰になっていただいたり、永久凍土の氷河で氷漬けになっていただきました」
「何だと……!?」
「もちろん不老不死の神々ですから、もうしばらく待てば復活するでしょうけれど」
「それなら、復活した神々を率いて、次こそ貴様らを――!」
往生際の悪いジャスティンに、エルビィが冷酷な視線を突き刺す。
「未だに己の立場が分かっていないようね」
ガイ姐さんもため息をつく。
「ホント、器の小さい男ねぇ」
ルーカスは静かに腰の得物に手をかけた。
「不死性の神々すら完全に消滅させられる神器を持つ私たちを前にして、本気で言っていますか?」
その言葉に、ジャスティンはついに恐怖で声を出すことすらできなくなった。
「それじゃあ、そろそろ先ほど処理した神々が復活する頃合いですね。場合によっては、もう一度警告を兼ねて、徹底的にボコりますか」
「「賛成!」」
エルビィとガイ姐さんは楽しげに手ぐすねを引いた。
天界の法と秩序は、いま完全に崩壊しようとしていた。
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