第二話 新婚生活(?)と天界からの刺客
魔王城の静かな寝室で、エルビィの猛烈な愛と甘い朝のおねだりにタジタジになっていたルーカス。
だがその平穏は、突如として空間を割って降り立った、威張り散らす天界の“神罰執行四柱”によって破られた。
「我は、法と秩序の神ジャスティン! 汝、ルーカス・アルマギナ! ならびにエルビィことエルドゥ・ラディヴィジョン魔王! 両名の存在は、神律第九条に反するものである!」
唐突な神々の降臨にも、ルーカスは眉一つ動かさず静かに尋ねた。
「……具体的にはどのような違反で?」
ジャスティンは眉間にシワを寄せ、怒りを込めて言い放つ。
「主神の加護があるとはいえ、天界の規約第九条により、人間が神に匹敵する戦力を保持することは厳に禁じられている! 貴様の存在自体が、天界の規約に対する重大な違反なのだ!」
ルーカスは怯むことなく、スッと双眸を鋭く光らせ、冷ややかな視線を法律神へ送る。
「規約第九条、ですか。……ジャスティン殿、あいにくですが私は、その手の『戦力不保持を謳う法規』の扱いに関しては、あなた方よりも遥かに専門的ですよ」
一旦言葉を切ると、ルーカスはどこか懐かしむように語り始めた。
「私はかつて地上の直轄領で自治組織を導入し、まさにその第九条と同じ『戦力を保持しない』という規範の下で領地を統治していました。ですが、侵略者から領民を守るために、私は何を組織したと思います? ――【自衛組織】ですよ」
ルーカスはいつの間にか用意されていたお茶を一口飲み、喉を潤してから畳みかける。
「法がどれだけ戦力を否定しようとも、国や世界の存続を守るための【正当防衛】までは縛れない。それを縛れば法ではなくただの自殺規約だ。私は地上でその解釈と運用を完璧にやり遂げてみせた。天界の法が地上の私の領地以下だと言うのなら、今すぐその生ぬるい規約、俺が書き換えて差し上げましょうか? それに――」
ジャスティンは額に滲む汗を拭いながら、気圧されたように尋ねた。
「そ、それに……何だ!?」
「『違反』ですか。ジャスティン殿、あなたは前提を見誤っている。人界が世界の歪みを突いて偽勇者を呼び、平和な魔界へ一方的な侵略戦争を仕掛けた。世界の仕組みが完全崩壊しかねないあの局面で、俺が取った行動は規約違反の戦闘行為ではありません。――【正当な自衛権の行使】です」
一息ついて、ルーカスは冷徹な眼差しで追い打ちをかける。
「いかなる規約であれ、世界の存続を前提として作られているはず。存在そのものが脅かされた際の防衛手段まで否定する規約など、法ではなくただの欠陥だ。俺は世界のシステムを救うために自衛権を行使したに過ぎない。これを罰するというのなら、天界の法は『世界の滅亡を推奨する』とお認めになるのですか?」
「ぐ、ぐぬぬ……! 自衛権の行使だと……!?」
正論の刃で退路を塞がれたジャスティンは、ぐうの音も出ず言葉を失った。
言い返せなくなったジャスティンは、ついに恥も外聞もなく叫んだ。
「ええい、小賢しい人間め! 出あえ、戦神ヴァルカヌスよ! この不遜な人間を物理的に排除しろ!」
なりふり構わず武力行使に打って出るジャスティン。
「おう!」
勇ましく前に出たヴァルカヌスだったが――次の瞬間、ルーカスの隣に立つエルビィから放たれた凄まじい威圧感に、思わず足が止まり後ずさった。
「あら、口で負けたら今度は武力行使? 単純ね。私の旦那様に触れて良いのは私だけよ!」
さらに後ずさるヴァルカヌス。
顔から血の気が引いていく。
「な、何だ!? このプレッシャーは……!?」
エルビィは瞳から光を消し、冷ややかにヴァルカヌスを見つめると、一言だけ呟いた。
「消えろ」
次の瞬間、ヴァルカヌスの姿がその場から跡形もなく消え去った。
「エルビィ? ヴァルカヌス殿はどこへ?」
「天界の肥溜めにでも転送させたわ」
「肥溜めって……そ、そうか。で、次は?」
一瞬で武闘派が排除され、震え上がったのは知恵と魔術の神サザランドだった。
「わ、我が、知恵と魔術の神サザランドが、汝の不正を見破……みひゃぶってくれる!」
盛大に噛んだサザランドに対し、ルーカスは努めて冷静に問いかける。
「不正とは?」
「汝が行使した魔術だ! 百歩譲って禁呪メテオ・ストライクを行使したことは認めよう! だが、プロト帝国を一瞬で消し去ったような極大魔術など聞いたこともない! 何らかの不正な手段を用いたに違いないのだ!」
ルーカスは静かにため息をついた。
「ならば、その身で味わってみますか。異世界(地球)の魔術の深淵を」
「ち、地球の魔術じゃと!?」
ルーカスは無感情な瞳で手をかざし、サザランドを標的とした最大級の禁術詠唱を開始した。
「──『地獄の無の深淵よ来たれ。すべての敵を無に帰せ。深く、深く、その芯まで無に帰せ。深い深い底のない深淵をもって、目の前の敵を飲み込め……』」
厳かになぞられる長い詠唱の果て、大呪術を成立させる真名を解き放とうとした瞬間――。
「ま、参りました! 許してくださいぃぃ!」
そこには、なりふり構わず地上で土下座するサザランドの哀れな姿があった。
だが、ルーカスは淡々と首を振る。
「悪いけれど、一度立ち上げた術式は途中で中断できないんだ。じゃあ、行ってらっしゃい――『地獄の無深淵』!!」
「ひやああぁぁぁっ!?」
哀れサザランドは、空間に開いた漆黒の深淵へと呑み込まれて姿を消した。
二柱を一瞬で失ったジャスティンは、青白い顔を通り越して真っ白になっている。
「次は、私の番ね!」 そう言って前に躍り出たのは、豊穣の神ガイアルド――もとい、ガイ姐さんだ。
相変わらず無駄に仕上がった筋肉美を誇る大男でありながら、頭には可愛い花冠、体にはセクシーに葡萄のツタを巻き付けている。
ガイ姐さんは、ルーカスがジャスティンを論破し、サザランドを一蹴した様子を観察し、改めてじっくりとルーカスを舐め回すように見つめた。
そして、ルーカスの持つ圧倒的な神の気高さや、鍛え上げられた真勇者としての肉体美を間近で感じ取り――。
「……あら。近くで見ると、結構いい男じゃない……❤」
「ああっ!?」
一瞬でドスの利いた声が響き、エルビィが割り込んできた。
「私のルーカスに手を出して良いのは、前世、今世、来世も含めて世界中でもただ一人、私だけよ!!」
だがガイ姐さんも臆することなく胸を張る。
「あら、こんな上玉を独り占めなんて良くないんじゃないかしら?」
「やる気かおらぁ!!」
かくして、エルビィとガイ姐さんによる凄まじい肉弾戦が始まった。
見た目の華奢さに反して、エルビィは正面からガイ姐さんの巨体とがっつり組み合い、凄まじい力比べを展開する。
両者一歩も引かない。
「「ぐぬぬぬぬ……!」」
互いに激しい唸り声を上げるが、最後はエルビィの執念が上回った。
「新婚の邪魔ぁぁぁっ!」
叫び一発、ガイ姐さんは一瞬で拘束され、ノックアウトとなった。
この恐ろしい光景を一部始終見せつけられたジャスティンは、脱兎の如く天界へ逃げ帰っていった。
現場に残されたのは、エルビィによって見事に簀巻きにされた豊穣の神ガイアルドのみ。
そして、観念したガイアルドの口から、ルーカスたちは恐るべき天界の計画を聞かされることになるのだった――。
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