第一話 迷走する天界会議
魔界でルーカスとエルビィが朝の甘い時間を過ごしている頃、天界では激しい会議が紛糾していた。
議題は言うまでもなく、新しく誕生した規格外の存在――ルーカスとエルビィについての対処である。
最初に口を開いたのは、神律や秩序に異常なまでに厳格な頭の固い神、法と秩序の神ジャスティンだった。
「前代未聞だ! 人間上がりの神と、主神の血を引く情緒の不安定なあの娘、さらに魔王が同化して『真実の愛の神』を名乗るなど、天地開闢以来前例がない。神律第九条に真っ向から反する!」
続いて、武勇と戦いを司る荒々しい神、戦神ヴァルカヌスが拳を机に叩きつける。
彼は己の腕力と軍勢に絶対の自信を持つ、生粋の武闘派であった。
「力なき者が神の座に就くなど万死に値する! 我が天界軍を送り込み、跡形もなく叩き潰してくれよう!」
知恵と魔術を司る、プライドの高いインテリ神サザランドは、地上での凄まじい“禁呪メテオ・ストライク”や見たこともない術式を思い返し、眉をひそめて異議を唱える。
「人の身でありながら、あのような術理に至るはずがない。何かしらの邪法や不正な手段を用いたに違いないのだ!」
すると、その横で派手な音を立ててハンカチを噛み締める影があった。
無駄に仕上がった筋肉美を誇る筋骨隆々の大男でありながら、頭には可愛らしい花冠を乗せ、葡萄のツタをセクシーに体に巻き付けた豊穣の神ガイアルド――通称、ガイ姐さんである。
「ちょっとぉ! 人間上がりの泥臭い男が神の領域に土足で踏み込んでくるなんて、そんなの美しくないわよ! 万死に値するわ、万死にッ!」
ガイ姐さんはキィキィと甲高い声を上げ、悔しそうに地団駄を踏んだ。
一方で、そんな騒がしい会議席の端っこで、極力気配を消して身を縮めている二柱の神がいた。
転生神レクシオンと、システム管理神ロギウスである。
二柱はいつ自分たちに火の粉が降りかかるかと、不安げにビクビクと震えていた。
その様子を眺めながら、最高管理神である主神ゼクティスは深くため息をついて頭を抱え、その隣ではエルビィの母である母神ルミナリアが、「あらあら」と楽しげに微笑んでいる。
ゼクティスは頭を抱えたまま、硬物なジャスティンに問いかけた。
「だがのう、ジャスティン。ルーカスはすでに神になってしまったのだ。エルドゥ……いや、今はエルビィか。あの娘の手によって、な」
「我が娘だからと、私情で甘やかすおつもりですか?」
「いや、そんなつもりはない。だが、前例がないという理由だけで敵対を叫ぶのは、いささか短絡的すぎんかのう」
すかさず、ヴァルカヌスが割り込む。
「ならば武をもって、力で制すれば済むことです!」
「いや、力で押さえつけるというのも、いささか頭が硬すぎんかの?」
今度はサザランドが身を乗り出した。
「絶対に何かしらの不正を行っているはずです!」
「お主はそればかりじゃの。だが、現実を見るがよい。人界のプロト帝国は、跡形もなく消え去ったのだ。証拠の映像もある」
「ぐっ……!」
ぐうの音も出ないサザランドの代わりに、ガイ姐さんが声を荒らげる。
「人間上がりにそんな芸当ができるわけないわ! 捏造よ、ただの幻影の術よ!」
「いや、ガイ姐さん、捏造はできんのだ。あれは中立な第三者によって記録された真実の映像なのだから」
「第三者って、一体誰よ!?」
「そこに座っている、転生神レクシオンと、システム管理神ロギウスじゃ」
名前を呼ばれた瞬間、端っこにいた二柱が飛び上がった。
「「ひぃぃぃっ!」」
ゼクティスが冷ややかな視線を向ける。
「……何故、そのような悲鳴を上げる?」
ロギウスは滝のような冷や汗を流しながら、消え入るような声で答えた。
「い、いえ……実は彼が転生する際、世界の理を書き換える力を奪われ、神の特権を一部持っていかれてしまいまして……」
その告白に、ジャスティン、ヴァルカヌス、サザランド、そしてガイ姐さんが一斉に立ち上がった。
「「「「何だと!?」」」」
さらに、レクシオンが追い打ちをかけるように震えながら付け足す。
「そ、それに加えまして……転生の際に、前世の記憶と、いくつかの規格外の能力をうっかり持っていかれてしまったようでして……」
「「「「何だと!!」」」」
ジャスティンが机を叩き、二柱を鋭く睨みつける。
「今まで何故それを黙っていた!」
ロギウスは泣きそうな顔で釈明した。
「主神様にご報告しようと何度も足を運んだのですが、そのたびに主神様が『今は取り込み中だ』と追い返されるので……」
レクシオンも必死に頷く。
「ロギウスの言う通りです! 私たちは何度も……!」
二柱の言い訳を聞き、今度は四大神の鋭い視線が主神ゼクティスへと集中した。
「主神ゼクティス様。これは一体、どういうことですかな?」
「いや、儂は知らん。そんな報告は受けておらんぞ」
慌ててそっぽを向くゼクティスの隣で、ルミナリアが上品に口元を隠して微笑んだ。
「あら、あの時は確か、地球世界の甘味をおねだりして、夢中で食べていらっしゃいましたよね?」
「「「「何ですと!?」」」」
「いや……いや、しかし、儂が気づいた頃にはもう手遅れで……!」
神々の追求を逃れるようにゼクティスが弁明する中、ジャスティンが痺れを切らしたように右手を掲げた。
「これ以上の問答は無用! ルーカスの討伐、およびエルビィをエルドゥとルビィの二体に分離する決議を取りたい。賛成の者は、挙手を!」
最高管理神ゼクティスと、母神ルミナリアの二人を除く、すべての神々の手が上がった。
ジャスティンは勝ち誇ったように告げる。
「賛成多数により、可決とする!」
「あらあら」
ルミナリアは困ったように首を傾げ、どこか哀れむような視線を神々に向けた。
「自滅しなければいいのですけれどね、皆さん」
ジャスティンが不機嫌そうに眉をひそめる。
「それは、どういう意味ですかな?」
「言葉通りの意味よ、お~ほほほ」
ゼクティスも、隣で胃のあたりを押さえながら呟いた。
「あいつら、本当に常識外れに強いから、怒らせない方が身のためだと思うぞ……」
「ふん。臆病風に吹かれた貴方など、最高管理神の座にふさわしくありませんな」
「では、実際に手を出してみるが良い。身をもって知ることになるからの」
ヴァルカヌスが鼻で笑う。
「何があなたをそこまで怯えさせるのです? たかが人間上がりの男一人に」
「いや、我が娘のエルドゥ……いやエルビィは、恐るべき執念を持つ恋する乙女に生まれ変わり、ルーカスは真の勇者として目覚めておる。もはや誰にも手が付けられんのじゃ」
「ふん、我が軍勢の前には、いかに強者とて多勢に無勢よ!」
「数に頼って威張っているだけにしか聞こえんがのう」
サザランドも、不敵な笑みを浮かべる。
「ふん、不正な力に我らが負けるはずがない。我がその化けの皮を剥ぎ取って見せましょう」
「別に不正はしておらんと思うがな……」
ガイ姐さんがハンカチをキッと睨みつける。
「美しさの欠片もない人間に、この私が負けるわけないわ!」
ゼクティスは呆れたように肩をすくめた。
「そこまで言うなら、お主ら一柱ずつ相手をしてみるが良い。そうすれば身に沁みて理解できるじゃろう」
「全員で一気に攻め滅ぼして何が悪いのです!」
「ほう、一柱ずつでは勝てぬから、群れてかかろうというわけか。正直、一対一では自信がないのじゃな?」
「うっ……」
神々は気まずそうに視線を泳がせた。
「図星じゃな」
バツの悪そうな沈黙の後、ジャスティンが代表して忌々しげに頷いた。
「……分かりました。そこまでおっしゃるなら、一柱ずつ対応してご覧に入れましょう」
ゼクティスはすかさず、ヴァルカヌスに釘を刺す。
「ヴァルカヌス、お主も軍勢を率いるのは禁止じゃぞ。まさか、数に頼らねば手も足も出んわけではあるまい?」
「舐めてもらっては困る! 人間ごときを捻り潰すのに、軍勢など必要ない!」
こうして騒がしい会議は終わり、会議室にはゼクティス、ルミナリア、そしてレクシオンとロギウスの四柱だけが取り残された。
張り詰めた空気が緩んだ瞬間、レクシオンがへなへなと座り込んでぼやいた。
「いやぁ、まさかあの時の魂が神級まで上り詰めるなんて、私の想定の範囲外ですよ!」
「想定外で済ませるな! お前が設定を盛り盛りにしたせいで、世界の理が崩壊しかけて、毎日エラーばかり吐き出し続けているんだぞ!」
残されたやらかしコンビは、お互いに責任を擦り付け合って言い争いを始めている。
ルミナリアはそれを無視して、夫であるゼクティスに優しく語りかけた。
「あなた、本当はどうしたいの?」
「いや……正直なところ、あの二人はもう手が付けられんほど仲が良い。儂が割って入る隙など微塵もなかった。不本意ではあるが、もう認めるほかなかろう」
「ええ、私も認めることに賛成よ。だって、あの『光の精霊王ルミナス』が認めた相手なのですもの」
ゼクティスは驚いて目を見開いた。
「何、あのルミナスが!? 清廉潔白でなければ契約はおろか、姿すら見せぬ、あの気難しいルミナスがか?」
「ええ、そうなの。だから私、ルーカスちゃんを応援しようと思っているのよ」
「そうか……お主がそこまで言うなら……」
「ふふ、ありがとう。あ、それから――次回から地球のお菓子を頼む時は、私の分も合わせて二人分お願いね?」
「わ、分かった。分かったから、そんな綺麗な笑顔で凄まじい威圧感を放つのをやめてくれ……」
ここ天界にも、やはり妻には絶対に頭が上がらない男(最高管理神)が一人、存在していた。
こうして、平穏な日々を送るルーカスの元へ、天界からの刺客が送り込まれることになるのであった。
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