第十話 楽園界の夜明け
俺はエルビィに半ば引きずられる形で、魔王城へとやって来た。
城の使用人たちが、何事かと驚愕の眼差しでこちらを見つめてくる。
そのまま彼女にお姫様抱っこでベッドへ運ばれると、優しく寝かされた。
そして間髪入れずに、エルビィが俺の上に馬乗りになる。
「ウフフ、さあ……朝まで愛し合いましょう!」
「ちょっと待ってくれ! ルビィの意識が強く出ているみたいだけど……エルドゥ魔王様としてはどう思っているんだ?」
「あら、それなら全く同じよ? 以前、二人で愛し合ったことがあったでしょう?」
「えっ……!?」
「あら、忘れてしまったの? 旦那様が『天級』の六段階目を制御できずに困っていたでしょう?」
「あ……ああ、あの一対一の実戦訓練のことか」
「野暮ねぇ、実戦訓練だなんて。あの時も言ったはずよ?」
「『ルーカス! 恐れるな、己の限界を信じよ! たとえ力が暴走しようとも、この我がそのすべてを受け止めてやる! 汝の全力のすべてを我にぶつけてみせよ!』……でしたっけ?」
「まあ、そんな情熱的な言葉も口にしたわね。でも違うわ、その後のことよ」
「『構わぬ! 暴走することすら前提として、その力を解き放て!』」
「その次!」
「『汝……天級の活動限界はとうに過ぎているはずだぞ。これは一体どういうことだ?』の後ですか?」
「そう、その後よ!」
「『ふっ、末恐ろしい男よ。汝はすでに天級の領域すら超え、その上の『神級』の座へ手を伸ばしかけておるな』ですね?」
「そのあと!!」
「『もしルビィという妻がいなければ、この我が無理にでも夫に娶っていたところだぞ、ルーカス!』……って、あああああッ!?」
「その通りよ! だからエルドゥとしてもルビィとしても、あなたのことを心の底から愛しているわ」
「ええええっ……分かりづらすぎますよ!」
「仕方がないでしょう! あの頃の私は、まだ愛を知らない魔神だったのだから!」
「ちなみに、今のあなたは……?」
「あなたを愛しているわ。他の誰かに渡すくらいなら、いっそ殺してしまいたいくらいにね」
(ああ……真実の愛の女神なんかじゃない。ただのヤンデレの女神様だ……! しかも超が付く肉食系かよ……!)
「ええっと……」
「それじゃあ……いただきます♪」
──まさに、その時であった。
寝室全体に、眩いばかりの神聖な光が溢れ出した。
『ルーカス、最近菓子類の補給が……って、エルドゥ!? どうしたんだその姿は! しかもルーカスに跨って……!』
「あら、パパ。今、一番良いところなの。邪魔しないでくれるかしら?」
『いや……邪魔するなと言われても、父親としては……』
「娘の恋路を邪魔するなら、実の父親だろうと容赦しないわよ?」
『いや……ルーカス、私に状況説明を頼む!』
「いえ、見ての通りなのですが……主神(最高管理神)様」
『見ての通りって……!』
「いずれ天界へ行く機会があれば、詳しくご説明いたしますので」
「用事はそれだけかしら、パパ?」
『それだけって、エルドゥ……』
「今の私の名前は『エルビィ』よ。真実の愛を司る女神なの」
『真実の愛、だと……!? ついに覚醒したというのか!?』
「色々あって、目覚めたのよ」
(うん……重すぎるヤンデレの女神にね)
『ルーカス、“ヤンデレ”とは何だ?』
「あ、心話が通じているんですか?」
『もちろんだ。……それより主よ、真勇者に目覚めたのか!? しかも神級に至り、種族が“神”へと昇格している……!?』
「ええ、何の神になったのか自分でもさっぱり分かっていませんが……」
「いい加減にしなさい! パパもさっさと帰って!」
『エルドゥ……いや、エルビィ!』
「通信、切るわね」
バツン、と通信が切断されると同時に、ベッドを中心に絶対の遮断結界が展開された。
今の俺の力をもってしても、破れそうにない完璧な結界だ。
「ふふ、それじゃあ……いただきまーす♪」
「あーれー……ッ!」
(って……立場が逆じゃないか!?)
◆
その頃──人界の大国では。
「これを……ルーカス卿がたった一人で成し遂げたと?」
「はっ。こちらの記録映像をご覧ください」
「確かに……ルーカス卿だ」
「はい。極大攻撃魔法『メテオ・ストライク』の直後……独自の超秘術でしょうか。その術式によって、プロト帝国は綺麗に抉り取られるようにして消失いたしました」
「底すら見えない……これほど巨大な深淵を刻み込み、大国ひとつを丸ごと消滅させるとは……」
「はい。我々も何度も映像を解析いたしましたが、未だに信じられません」
「彼は今、どこにいるのだ?」
「それが……追跡を試みたのですが、途中で忽然と気配が消えました。まるで異界へでも旅立たれたかのように……」
「なんということだ……。では、召喚された勇者サムはどうなった?」
「消息不明です。ですが……あの怪物のようなサムを抑え込める人物など、ルーカス卿を置いて他にいないかと」
「我々はこれから……ルーカス卿という規格外の存在の逆鱗に触れぬよう、息を潜めて生きていかねばならぬのか……」
「ですが……我々が清廉潔白に過ごしてさえいれば……」
「それは不可能だ。日常的に亜人差別の残る我らが国家は、いつ彼からの制裁を受けてもおかしくはない」
「亜人差別が、そこまでの害に……?」
「ああ。本来、あってはならない悪習だったのだ。現に亜人たちは皆、ルーカス卿を頼ってこの人界を去っていったのだろう?」
「……もしかするとルーカス卿は今、その亜人たちと共に暮らしておられるのかもしれませんね」
「ああ……きっとそうに違いない」
◆
その頃──魔界では。
激しい界門防衛戦を無事に終え、天竜八部衆による盛大な勝利の宴が催されていた。
城の使用人も一般の住民も一堂に会し、極上の酒や、酒が飲めない者たちには果実の清涼飲料が惜しみなく振る舞われている。
「エルドゥ様……もとい、エルビィ様万歳ッ!」
「ついでに、ルーカス卿も万歳ッ!」
歓声が響く中、迦楼羅衆の一人が突っ込みを入れる。
「インフィニティア様、『ついで』とは失礼でしょう!」
「かたいことを言うな! パスカル、バイナリ、飲んでいるか?」
パスカルとバイナリがグラスを掲げながら応じる。
「ええ、楽しませてもらっていますよ」
「同じく。セグムント殿はどちらへ?」
「あっちでちびちび飲んでいるわ。彼、案外お酒に弱いのよね」
そこへ、フィオナが楽しそうに歩み寄ってきた。
「そうなんですか? てっきり酒豪なのかと思っていました」
「本当の酒豪と言えるのは、ルーカスとルビィの二人くらいだな。あの二人はどれだけ飲んでも顔色ひとつ変えん」
「確か二人とも『状態異常無効』の加護を持っていたかしら? 飲んでも酔えないなんて、なんだか少しつまらなさそうね」
そこへ、豪快なドワーフたちが割り込んできた。
「全くだ! わしらを相手にしても一切引けを取らんのでおかしいと思っておったが……まさかそんな加護を持っておったとはな!」
「かつては聖人と聖女と謳われたお二人でしたからね。……そういえば、今のあの二人はいったいどうなっているのでしょう?」
アノマリアが首をひねる。
「さあねぇ? ルーカスは神様になっちゃうし、ルビィはエルドゥ様と同化して『エルビィ様』になっちゃうし……今どうなっているのやら」
その問いに明確に答えられる者は、その場に誰一人としていなかった。
◆
その頃──神々の集うローゲスト天界では。
新しく誕生した絶対の神々──『エルビィ』と『ルーカス』に関する緊迫した緊急会議が、静かに執り行われようとしていた。
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