第1-8話「終わりを、言う」
六日目。
村人が、一人、死んだ。
畑を掘り返していた男が、崩れた土に、埋まった。
掘り出したときには、もう、息が、なかった。
名を、サモといった。
二十九歳。
妻と、子どもが、二人、いた。
村人は、彼を、布に、包んだ。
そして、穴を、掘った。
それだけだった。
「――何も、言わないのか」
若者が、訊いた。
ヨナが、答えた。
「言葉が、ございません」
「言葉?」
「わたしどもは、詠唱が、使えません」
「魔石を、持っておりませんから」
「――神に、届かないのです」
「では、神殿では、どうする」
「神殿では、司祭さまが、聖句を、唱えてくださいます」
「そうすると、その者の名が、神の帳簿から、正しく、外されます」
「――ですが、わたしどもには」
彼は、口を、閉じた。
――外部配置。
彼らは、帳簿に、載っている。
だが、死んでも、外されない。
彼らは、永遠に、生きていることに、なっている。
――誰も、終わりを、言ってやらないからだ。
エマが、前に、出た。
「わたしが、唱えます」
村人が、彼女を、見た。
「――お前さん、司祭さまかい」
「いいえ」
「魔石は」
「ありません」
「では、届かんだろう」
「――届きません」
彼女は、そう言った。
「それでも、唱えます」
そして、穴の前に、膝を、ついた。
「――掛けまくも畏き」
「サモの、大神」
村人が、ざわめいた。
――死んだ人間を、神と、呼んだ。
「汝は、二十九年、この地に、生きたり」
「汝は、畑を、耕したり」
「汝は、二人の子を、なしたり」
「汝は、昨日、笑いたり」
彼女は、続けた。
彼が、何をした人間だったのかを。
一つずつ。
数え上げた。
四分間。
村人は、誰も、動かなかった。
そして、最後に。
「――恐み、恐みも、白す」
彼女は、頭を、下げた。
返事は、なかった。
魔石は、光らない。
神は、何も、記録していない。
だが。
サモの妻が、泣いていた。
声を、上げて、泣いていた。
村人が、次々に、泣いた。
六日前、若者が三体のゴーレムを二十二秒で倒したとき、
彼らは、一人も、声を上げなかった。
いま、彼らは、泣いていた。
若者は、その様子を、遠くから、見ていた。
自分が、何も、していないことに、気づいていた。
翌日。
トビが、エマのところに、来た。
「あの言葉」
「はい」
「――教えてください」
エマは、困った顔を、した。
「教えられません」
「なんで」
「――わたしも、憶えていないからです」
「唱えるたびに、違うんです」
トビは、しばらく、考えた。
それから、こう言った。
「じゃあ、最初と、最後だけ、教えて」
エマは、少し、驚いた顔を、した。
そして、教えた。
――掛けまくも畏き。
――恐み、恐みも、白す。
それだけを。
トビは、それを、三度、繰り返して、覚えた。
そして、走っていった。
この日から、この村では、人が死ぬと、誰かが、こう言うようになる。
> ――掛けまくも畏き。
> (そのあいだに、その人が、何をした人だったかを、思い出せるだけ、数え上げる)
> ――恐み、恐みも、白す。
中の言葉は、決まっていない。
言う人によって、違う。
同じ人でも、毎回、違う。
――正本が、存在しない。
百年後、それは、世界中に、広がっている。




