第0-5話「初陣」
鐘が、鳴った。
工房の、地下五層。
整備区画。
壊れたゴーレムを、分解する場所である。
そこに、動くはずのないものが、立っていた。
背丈は、人間の二倍。
関節が、多すぎる。腕が、四本ある。
片方の腕が、鎌のように、削り出されていた。
――整備用の工具ではない。
床に、整備工が、二人、倒れていた。
一人は、動いていなかった。
「詠唱を!」
輔祭が、叫んだ。
整備区画の神官が、三人、前に出た。
全員、LV.2。
彼らは、腰の魔石を、握った。
魔石とは、契約の証である。
人間と、神とを、繋ぐもの。
これを持たない者の言葉は、神に、届かない。
一人目が、唱えた。
「聖句・第十七項・火」
短い。
二秒。
――即座に、発動した。
炎が、ゴーレムの胸を、舐めた。
だが、それだけだった。
装甲が、少し、焦げた。
ゴーレムは、止まらなかった。
短い詠唱は、速い。
そして、弱い。
「もっと、長く!」
二人目が、唱えはじめた。
今度は、長い。
神の名を呼び、階級を宣し、対象を指定し、出力を宣言し、範囲を限定する。
十八秒。
その十八秒のあいだ。
彼は、無防備だった。
ゴーレムの、鎌の腕が、走った。
――間に合わない。
と、思ったとき。
ゴーレムの膝が、砕けた。
誰も、詠唱を、していなかった。
若者が、そこに、立っていた。
手を、上げていた。
口は、動いていない。
彼は、詠唱を、しない。
彼の脳の中には、チップがある。
生まれたときから、入っている。
それは、神と、常時、繋がっている。
――思うだけで、届く。
人が、声に出して、二十秒かけて伝えることを、
彼は、思っただけで、送る。
それが、設計個体#001である。
ゴーレムが、倒れた。
床が、揺れた。
だが、まだ、動いていた。
四本の腕で、床を、掻いていた。
――止まらない。
若者は、二歩、前に出た。
そして、右手を、開いた。
空気が、変わった。
温度が、下がったのではない。
――音が、消えたのだ。
「――闇」
彼が、口に出したのは、その一言だけだった。
ゴーレムが、止まった。
燃えたのでもない。
砕けたのでもない。
――消えたのだ。
鎌の腕が、粉になって、崩れた。
胴が、砂のように、落ちた。
三秒で、そこには、何も、残らなかった。
神官たちが、後ずさった。
闇属性。
六つの属性のうち、最も強く、最も忌避されるもの。
火は、熱を動かす。
水は、水を動かす。
土は、石を積む。
風は、空気を送る。
光は、灯りをつける。
闇は。
――消す。
旧世紀、その系統は、こう呼ばれていた。
> 廃棄。
百年前、この建物の地下で、それは、人間に、使われていた。
週に、三名。
誰も、それを、知らない。
輔祭が、震えながら、言った。
「……勇者様は」
「LV.5、ですか」
「そうだ」
「では」
「では、闇も、お使いに、なる」
若者は、答えなかった。
彼は、砂になった床を、見ていた。
――エマは、後ろに、立っていた。
彼女は、何も、していない。
できないのだ。
魔石を、持っていない。
番号も、ない。
契約も、ない。
彼女の言葉は、どこにも、届かない。
彼女にできたのは、倒れた整備工の、傷を、押さえることだけだった。
布を、裂いた。
血を、止めた。
もう一人のほうへ、行った。
――そちらは、間に合わなかった。
彼女は、その男の、手を、胸の上で、組ませた。
それだけだった。
若者が、それを、見ていた。
> ---「なあ」
彼が、言った。
「なんだ、あれは」
エマは、顔を上げた。
「――なんだ、あの、ゴーレムは」
「四本、腕があった」
「整備用の工具じゃない。あれは、鎌だ」
「――誰が、作った」
工房長が、答えた。
「知らん」
「あれは、ここのものじゃない」
「じゃあ、どこから、来た」
工房長は、床を、指さした。
「下からだ」




