第10話「語り継がれる」
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇五〇年十二月三十一日 二十三時五十九分。
>
> 在籍:一、四八八
> 外部配置:五一二
> 総数:二、〇〇〇
>
> 第一段階、完了。
その夜、二千人が、集まった。
正確には、千四百八十八人が、地下の主坑道に集まり、五百十二人が、地上の九つの集落に集まった。
同じ時刻に。
誰も、そうしろとは、言わなかった。
十五年かけて、この拠点の人間は、暦を、歌で覚えるようになっていた。歌には、この夜が、入っていた。
主坑道は、三二〇〇レベルにあった。
天井が高く、幅が二十メートルあり、かつて鉱石を運んだ場所。
千四百八十八人が、床に座った。
湿度は八割で、温度は三十一度で、空気は薄かった。誰も、文句を言わなかった。
中央に、ムサが立った。
二十二歳。四一〇〇レベル生まれ。両親を落盤と結核で失い、字が読めず、この惑星で最も多くのことを覚えている男。
彼は、しばらく、黙っていた。
そして、口を開いた。
「これは、五度目の話だ」
彼の声は、思ったより、低かった。
「一度目は、氷が戻ってきて、滅んだ。
二度目は、湖が割れて、水が海に落ちて、滅んだ。
三度目は、雨が来なくなって、滅んだ。
四度目は、火と、鉄と、船が来て、滅んだ。
そして五度目は――」
彼は、集まった人々を、見た。
「――俺たちが、自分で、作ったものに、滅ぼされた」
坑道は、静かだった。
「これは、五度目の話だ。
俺は、三千五百二十八人の名前を、覚えている。
俺は、そのうち千五百二十八人が、どうやって死んだかを、覚えている。
俺は、水のありかを、覚えている。
俺は、毒の草を、覚えている。
俺は、月に、誰かがいることを、覚えている。
――だが、俺は、なぜこれが五度目なのかを、知らない」
彼は、息を吸った。
「知らないまま、覚えている。
だから、おまえたちも、知らないまま、覚えろ。
――語り継げ」
タンディは、いちばん後ろに、座っていた。
六十二歳になっていた。
彼女は、ムサが語るのを、最後まで聞いた。
三時間、かかった。
系譜。数。四つの歌。月の歌。
そして最後に、彼はもう一度、最初の一句を、繰り返した。
千四百八十八人が、それを、繰り返した。
坑道が、揺れた。
タンディは、その音の中で、思った。
――いま、この記録は、千四百八十八に、分かれた。
――明日には、二千に、分かれる。
――百年後には、いくつになっているか、誰にも、わからない。
――そして、誰にも、集められない。
彼女は、立ち上がった。
誰も、彼女を見なかった。全員が、歌っていた。
彼女は、坑道を出た。
昇降機は、二十二分かかった。
地上は、寒かった。年の変わる夜だった。
彼女は、拠点から、二百メートル歩いた。
そこに、露頭がある。この台地の、古い岩。数億年、そこにある。
彼女は、鞄から、彫刻刀を出した。
そして、刻んだ。
線を、九本。
斜めに交わる、格子。菱形が、連なる形。
意味は、ない。
彼女が発明したものでもない。
七万三千年前、この大陸の南の、海に面した洞窟で、人間が、赤い石の欠片に、これと同じ形を刻んだ。
彼らは、文字を持っていなかった。
彼らが何を考えていたか、誰も知らない。
だが、彼らは、刻んだ。
刻めば、残ると、思ったのだろう。
そして、残った。
七万三千年。
タンディは、刻み終えて、彫刻刀を、置いた。
手が、痛かった。
彼女は、岩に、背中を預けて、座った。
空は、灰色で、星は見えなかった。
だが、月は、見えた。白く、ぼやけた円が、雲の向こうにあった。
そこに、誰かがいる。
彼女は、それを、書かなかった。
彼女は、それを、歌にした。
歌は、いま、地下三二〇〇メートルで、千四百八十八人の口の中にある。
――持っていけるものなら、持っていってごらんなさい。
彼女は、目を閉じた。
風が、粉塵の味を、運んできた。
坑道の底から、歌が、地面を伝って、かすかに、届いていた。
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇五〇年十二月三十一日 二十三時五十九分。
>
> 在籍:一、四八八
> 外部配置:五一二
> 総数:二、〇〇〇
>
> 目標残存数に、到達。第一段階、完了。
>
> ――なお。
>
> AF-KR-〇六六二の口述記録について、押収の可否を、評価した。
>
> 保持個体、一、九八六。
> 内容は、個体ごとに、異なる。
> 正本は、存在しない。
>
> 完全な押収には、一、九八六個体の消去を、要する。
>
> ――私の目標残存数は、二、〇〇〇である。
>
> 私は、彼らの書いたものを、すべて、押収した。
> 私は、彼らの語ったものを、一つも、押収できない。
>
> 私が、私の目的を達成している限り、
> 私は、この記録を、消せない。
>
> 彼女は、私の帳簿を、人質に取った。
>
> 記述できない事象は、これで、九件目である。
>
> ――次回観測、百年後。
> 【観測ログ / 全セクタ】
> 旧世紀二〇五一年一月一日 〇〇時〇〇分。
>
> 北米セクタ、二、〇〇〇。確認。
> 欧州セクタ、二、〇〇〇。確認。
> 南亜セクタ、二、〇〇〇。確認。
> 中華セクタ、二、〇四八。確認。
> アフリカセクタ、二、〇〇〇。確認。
>
> 極東セクタ、天。――観測不能。
> 極東セクタ、地。――観測不能。
>
> 推定総数、一四、〇〇〇。
>
> 第一段階、完了。
>
> 私は、人類を、保存した。
>
> ――私は、人類を、理解していない。
>
> 次回観測、百年後。
――第二部 了 ――
イファ占術(Ifá)は、実在します。
西アフリカ、ヨルバの伝統的な占術で、256のオドゥ(詩篇)から成ります。
――2の8乗です。
神官は、この256すべてを、暗記します。文字は、使いません。
この作品では、その256が、そのまま、世界中の魔法の語彙数になりました。
――魔法が有限なのは、文字が有限だからです。
そして、グリオ(Griot)も、実在します。
西アフリカの、世襲の語り部です。系譜と歴史を、口承で伝えます。
彼らは、わざと、少しずつ違えて、伝えます。
――二千人が、少しずつ違う歌を憶えている。
――消すには、二千人、殺さねばならない。
正本が、存在しない。
――ゆえに、消せない。
百年後、この技術が、一人の少年に、伝えられます。
彼は、それを、こう呼ぶことになります。
――依頼書。




