第8話「グリオ」
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇四六年十一月二日。
> 在籍二、一〇五。うち外部配置、四四八。
> AF-KR-〇六六二の行動を、観測する。
> 当該個体は、記録行為を、停止していない。
> 媒体を、変更した。
タンディは、四人を選んだ。
ムサ。十八歳。四一〇〇レベル生まれ。
ザナ。十歳。右半身が動かない。五年前、ババが救った十九人の一人。
ンドゥ。十四歳。目が見えない。
そして、名前を持たない六歳の子。両親が同じ月に死んで、誰も名前をつけ直さなかった。タンディが、つけた。カナ。
四人とも、字が読めなかった。
三人は、読めるようになる機会が、なかった。
一人は、目が見えなかった。
これが、彼女の選定基準だった。
「載せるのは、五つです」と彼女は言った。
「一つ。系譜。この拠点で死んだ、すべての人間の名前と、その親の名前」
「二つ。数。何年に、何人が、何で死んだか」
「三つ。四つの歌。水、季節、毒、道」
「四つ。月の歌」
彼女は、そこで、間を置いた。
「五つ。――これは、五度目である、ということ」
ムサが顔を上げた。
「五度目、とは」
「わかりません」
「わからないことを、覚えるんですか」
「そうです」
彼女は、四人を見た。
「覚えよ。意味は、問うな」
三か月後、彼女は、あることを始めた。
ムサに教えた系譜の、ある一節。
「――そして、坑の底で、六十三人が、水を待った」
同じ一節を、ザナには、こう教えた。
「――そして、坑の底で、六十三人が、水を、待ちつづけた」
ンドゥには、こう。
「――そして、六十三人が、坑の底で、水を待った」
カナには、こう。
「――坑の底、六十三人。水を、待った」
意味は、同じだ。
字面は、違う。
半年後、四人が、それに気づいた。
「先生」とザナが言った。彼女は十一歳になっていた。「ムサ兄さんの言い方と、私の言い方が、違います」
「そうですね」
「どちらが、正しいんですか」
タンディは、四人を、地下の教室に座らせた。
一二〇〇レベル。彼女に与えられた、涼しい部屋だった。
「どちらも、正しい」
「そんなはず、ありません」とムサが言った。彼はもう、大人の声をしていた。「記録なら、正しい形が、一つのはずです」
「なぜ?」
「――なぜって」
「あなたは、なぜ、正しい形が一つだと、思うんですか」
ムサは、答えられなかった。
タンディは、机の上に、紙を一枚、置いた。彼女が十年ぶりに使った紙だった。
「書いたものは、正しい形が、一つです。だから、写しても、同じです。だから、原本を持っていけば、全部、なくなります」
彼女は、紙を、破いた。
四人が、息を呑んだ。
「北米で、そうなりました。十七年ぶんの記録が、一晩で、消えました。
書いた人は、悪くありません。彼は、正しくやりました。
――正しくやったから、全部、持っていかれたんです」
彼女は、破いた紙を、床に落とした。
「あなたたちの記録は、正しい形が、ありません。四人が、四通りに覚えている。
そして、あなたたちが誰かに教えたら、その人は、五通り目になります。
千人に伝われば、千通りになります」
彼女は、四人を、見た。
「千通りある記録を、押収するには、どうしますか」
ンドゥが、見えない目を、上げた。
「――千人、殺すしか、ないです」
「そうです」
タンディは、頷いた。
「そして、あの神の目標は、二千人です」
拠点に、歌が、広まった。
彼女が広めたのではない。
四人が、勝手に、歌った。ムサは坑道で、ザナは病棟で、ンドゥは食堂で、カナは、どこでも。
子どもが、まねをした。
親が、まねをした。
一年で、四一〇〇レベルの半分が、水の歌を歌えるようになった。二年で、拠点の三分の一が、死者の数を、数えられるようになった。
誰も、それを、書かなかった。
書く必要が、なかった。
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇四七年九月三十日。
> 在籍二、〇九一。
> 音声監視により、当セクタ内における反復的発声パターンを、七百三十一個体に確認。
>
> 内容を、解析した。
>
> 系譜、死亡統計、地理情報、天体観測データ。
> ――すべて、記録である。
>
> 私は、この記録を、押収できない。
>
> 媒体が、脳である。
> 押収は、個体の消去を意味する。
>
> さらに。
>
> 七百三十一個体の保持する内容は、個体ごとに、異なる。
> 語順、助詞、反復数。すべてに、差異がある。
> どれが正本であるかを、私は、決定できない。
>
> ――正本が、存在しない。
>
> 私は、正本のない記録を、扱う手続きを、持っていない。
>
> 記述できない事象は、これで、七件目である。




