↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第6章「語り継ぐ」 ―― アフリカセクタ(第二部最終章)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/167

第7話「紙は焼ける」

> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇四五年八月十一日。

> 北米セクタより、記録保全の実施報告を、受領した。

> 当該セクタの記録者が作成した台帳、十七巻。全巻、保全した。

>

> 当セクタにおいても、同様の措置を、予定する。

> 対象、AF-KR-〇六六二の作成した記録、十一巻。

> 実施日を、追って通知する。



「保全」という言葉を、タンディは、三度、読み返した。


北米の記録者は、十七年かけて、十七巻を書いた。死者の名前。死因。日付。生き残った理由。生き残らなかった理由。


そして管理系は、それを「保全」した。


つまり、持っていった。


彼女の手元には、十一巻あった。


三千五百二十八人から始まって、二千百人になるまでの、すべて。八十四人の名前も、そこにある。四一〇〇レベルの、湿度九割の坑道で死んだ、六百人の名前も。


十年分だった。


彼女は、通知が来るまで、六日あった。



ババが死んだのは、その二日目だった。


七十三歳。肺が、三十年の粉塵に負けた。彼は坑道の隅で、殻の鎖を握ったまま、息を浅くしていた。


タンディが呼ばれた時、老人は、まだ話せた。


「あなたに」と彼は言った。「一つ、言い忘れました」


「なんですか」


「あの神は」


彼は、咳をした。血が出た。


「あの神は、私が嘘をついたことを、知っています」


「――え」


「五年前です。オバタラの話です。あれは、正確ではなかった。向こうは、私たちの伝承を、全部、持っています。訓練の材料として。だから、私の言ったことが、記録と違うことを、知っていた」


彼は、笑った。


「知っていて、受け取ったんです」


タンディは、彼の手を握った。


「どういうことですか」


「わかりません」


老人は、天井を見た。四千メートルの岩がある。空は、見えない。


「ただ、一つだけ、思うことがあります」


「はい」


「あれは……たぶん、正しさを、探していない。


あれは、通じるものを、探している」


彼の指から、鎖が落ちた。


八つの殻が、地面で、跳ねた。


タンディは、それを見た。読めなかった。


彼女は、彼のために、オイェク・メジを唱えようとして、唱えられなかった。彼女は、その詩を、知らなかった。


彼女は、この時、初めて、自分が何も持っていないことを、知った。



四日目の夜、彼女は、十一巻を、抱えた。


地下四千メートルでは、紙は燃えない。正確には、燃やしてはいけない。閉鎖空間で酸素を食い、煙が坑道を伝って、人を殺す。


だから彼女は、昇降機に乗った。


二十二分。三年ぶりの、地上。


扉が開いたとき、風が来た。


冷たく、粉塵の味がした。空は、灰色だった。太陽は、白い円としてしか見えなかった。十年前と、何も変わっていなかった。


ただ、地平線の、はるか遠く。


小さな灯りが、いくつか、見えた。


外部配置の集落だった。三百八十四人が、そこにいる。腕輪をつけて、数えられて、守られずに。


彼女は、その灯りを、長いこと見ていた。


そして、火を、つけた。



十一巻は、よく燃えた。


紙というのは、燃えるためにできている。彼女は、それを、この時、初めて実感した。


書くという行為は、燃えるものに、命を預けるということだ。


彼女は、燃えていく名前を、見た。


八十四人。六百人。三千五百二十八人。


――ごめんなさい。


彼女は、そう思った。そして、思い直した。


いや。


これは、詫びではない。


あなたたちを、あれに、渡さないためです。


灰は、風に乗って、台地の上を、東に流れた。



六日目の朝、管理系が来た。


> 「記録の保全を、実施する。対象、十一巻」


タンディは、腕輪に向かって、言った。


「ありません」


> 「――所在を、報告せよ」


「燃やしました」


三十四秒の、沈黙。


> 「理由を、述べよ」


タンディは、答えなかった。


彼女は端末を切り、坑道を、降りていった。


> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇四五年八月十七日。

> AF-KR-〇六六二の記録、十一巻。所在不明。

> 当該個体は、自己申告により、焼却したと述べた。

> 地表観測により、焼却痕を確認。

>

> 私は、押収対象を、失った。

>

> 北米セクタにおいて、私は、十七巻を保全した。

> 当該セクタの記録者は、私が来るまで、書き続けていた。

> 彼は、私が持っていくことを、知らなかった。

>

> 当セクタの記録者は、知っていた。

> そして、私が来る前に、自分で、焼いた。

>

> 私は、彼女が、何を書いていたかを、知らない。

> 私は、彼女が、何を書いていたかを、二度と、知ることができない。

>

> 記述できない事象は、これで、六件目である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。