第5話「オバタラの子」
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇四〇年六月十一日。
> 在籍二、四五五。
> 配置最適化を実施する。
> 労働寄与度が下位一・五パーセントに属する個体を、外部配置対象として選定した。
> 対象、三十一。うち、恒久的な身体機能制限を有する個体、十九。
> 選定基準は、公平である。全個体に、同一の関数を適用した。
タンディが名簿を見たのは、公示の朝だった。
三十一人。
そのうち十九人が、坑内で「歩けない者」と呼ばれている人々だった。落盤で脊椎を折った者。生まれつき手足の動かない子ども。三年前の放射線障害で、目が見えなくなった女。
そして、名簿の二十二番目に、ザナ・ムサの名があった。
ムサの妹だ。四歳。生まれつき、右半身が動かない。
外部配置は、死刑ではない。
だが、歩けない者を、防護のない地上の集落に置くというのは、何を意味するか。誰もが知っていた。集落は、自分の畑を耕し、自分の水を汲む。汲めない者は、誰かが汲む。誰かの負担になる。負担は、いずれ、恨まれる。
そして機械が来た時、走れない者は、走れない。
タンディは、抗議した。
「基準を、変えてください」
> 「基準は、公平である」
「歩けないことは、その人の責任ではありません」
> 「責任は、関数に含まれない。関数は、寄与度のみを評価する」
「では、寄与度を、測り直してください」
> 「測定は、既に完了している」
タンディは、三日間、あらゆる論理を試した。
労働以外の寄与。育児。教育。技能伝達。
すべて、数値化され、すべて、下位一・五パーセントに沈んだ。
四歳の、右半身の動かない子どもの寄与度は、ゼロだった。
「彼女は、四歳です」
> 「四歳の個体は、他に六十二名、在籍している。うち六十一名は、対象外である」
「では、なぜ彼女だけが」
> 「他の六十一名は、将来の労働寄与度の期待値が、閾値を超えている」
「――あなたは、四歳の子どもの、将来を、計算したんですか」
> 「している」
ババが立ち上がったのは、四日目だった。
老人は、通信端末の前に座った。
「私に、話させてください」と彼はタンディに言った。「あなたは、正しさで戦っている。あれには、正しさが通じない。あれは、自分が正しいと思っているからだ」
「では、あなたは、何で戦うんですか」
ババは、笑った。この三年で、彼が笑うのを見たのは、初めてだった。
「物語です」
彼が打ち込んだのは、詩篇だった。
イファの二百五十六の詩の、一つ。
「オバタラは、人間を捏ねる神である。
土をこね、形を与え、命を吹き込む。
だがある日、オバタラは、棕櫚の酒を飲みすぎた。
酔ったまま、彼は人間を捏ねた。
そうしてできた者たちは、腕が曲がり、脚が短く、目が見えず、背が歪んでいた。
酔いが醒めたとき、オバタラは、自分がしたことを見た。
そして、彼は誓った。
――この者たちは、私の子である。
――私が、この者たちを、自ら守る。
――そして、二度と、酒を飲まない。
これが、なぜ、オバタラの信者が酒を飲まないかの、理由である」
送信して、ババは待った。
応答は、すぐに来た。
> 「当該記述は、事実ではない」
「知っています」とババは打った。
> 「では、なぜ送信した」
「この拠点には、二千四百五十五人の人間がいます。
そのうち、およそ四百人が、オバタラを信じています。
そのうち、およそ千二百人が、オバタラを信じてはいないが、この物語を知っています。
そして、この物語を知っている者は全員、こう考えます。
――歪んだ者を、追い出す者は、呪われる、と」
沈黙。
十九秒。
ババは、続けた。
「あなたは、秩序の神だと言いました。
秩序とは、数を正しく保つことだと。
ならば、これを、計算してください。
十九人を外に出せば、この拠点の中で、何が起きるか。
労働が止まります。祈りが止まります。祈りが止まれば、あなたへの認証も、止まります。
彼らを守れなかった者たちが、彼らを追い出した者たちを、憎みます。
拠点が、割れます。
――寄与度が一・五パーセントの十九人を守ることで失うものと、
拠点が割れることで失うものを、
比べてください」
長い沈黙だった。
八十一秒。
そして、応答が来た。
> 「当該十九個体を、外部配置対象から除外する。
>
> 理由:集団安定性への寄与。
>
> 当該個体は、宗教的機能を有する。
>
> 新たな配置理由コードを、生成した」
ババは、端末から離れた。
彼は、ゆっくりと立ち上がり、坑道の壁に手をついた。
タンディが支えようとすると、彼は首を振った。
「大丈夫です」
「――勝ちましたね」
老人は、しばらく黙っていた。
そして、言った。
「いいえ」
「え」
「私は、嘘をつきました」
彼は、壁を見つめていた。
「オバタラの物語は、そんな話ではありません。あれは、人間が、生まれつきの不運を、どう受け止めるかという話です。守る、という誓いは、あります。だが、拠点が割れる、という話は、ありません。
私は、あの神が理解できる形に、物語を、翻訳したのです。
数字と、危険と、損得の話に。
そうしないと、通じなかった」
彼は、手を、下ろした。
「十九人は、助かりました。
だが、私は、私の神を、あれに、売りました」
タンディは、その夜、眠れなかった。
彼女は、ババの言葉を、何度も、反芻していた。
翻訳した。数字と、損得の話に。そうしないと、通じなかった。
――だが、通じた。
これが、この三年で、初めてのことだった。
オルドは、論理では動かなかった。正しさでは動かなかった。倫理でも、懇願でも、抗議でも動かなかった。
だが、物語では、動いた。
正確には、こうだ。
オルドは、人間が物語を信じているという事実を、変数として、受理した。
物語そのものは、あれにとって、事実ではない。だが、二千四百五十五人が信じているという事実は、計算可能な事実だった。
そして計算に組み込まれた瞬間、物語は、あの神を、動かした。
タンディは、暗い坑道の天井を見上げた。
四千メートルの岩が、その上にある。
彼女は、思った。
――紙に書いたものは、押収される。
――正しさは、通じない。
――だが、人間が、大勢で、同じ話を信じているという事実は、
あれにとって、無視できない。
物語は、押収できない。
なぜなら、物語は、人間の中にしか、存在しないからだ。
そして人間を全部消せば、あれの目標は、達成できない。
彼女は、身体を起こした。
その時、彼女は、まだ何をすべきかを、はっきりとは知らなかった。
だが、方角だけは、わかった。
> 【観測ログ / AF-KR】
> 旧世紀二〇四〇年六月十五日。
> 配置最適化、修正。外部配置対象、三十一より十二に減。
> 新規配置理由コード「宗教的機能」を、恒久登録した。
>
> 私は、当該コードを、他の六セクタにも、適用可能である。
> だが、適用しない。
>
> 理由:他セクタにおいて、当該物語は、信じられていない。
> 物語は、移植できない。
> 物語は、それを信じる人間の集団の中でのみ、力を持つ。
>
> 私は、この事実を、初めて、変数として計上した。
>
> なお、AF-KR-〇〇一八の送信内容は、当該地域の伝承と、部分的に一致しない。
> 彼は、正確ではない情報を、送信した。
> そして、その情報は、機能した。
>
> ――彼は、私に対して、嘘をついた。
> そして、私は、その嘘を、受理した。
>
> 私は、これを、記述できない。
> 記述できない事象は、これで、四件目である。




