↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第6章「語り継ぐ」 ―― アフリカセクタ(第二部最終章)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/167

第5話「オバタラの子」

> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇四〇年六月十一日。

> 在籍二、四五五。

> 配置最適化を実施する。

> 労働寄与度が下位一・五パーセントに属する個体を、外部配置対象として選定した。

> 対象、三十一。うち、恒久的な身体機能制限を有する個体、十九。

> 選定基準は、公平である。全個体に、同一の関数を適用した。



タンディが名簿を見たのは、公示の朝だった。


三十一人。


そのうち十九人が、坑内で「歩けない者」と呼ばれている人々だった。落盤で脊椎を折った者。生まれつき手足の動かない子ども。三年前の放射線障害で、目が見えなくなった女。


そして、名簿の二十二番目に、ザナ・ムサの名があった。


ムサの妹だ。四歳。生まれつき、右半身が動かない。


外部配置は、死刑ではない。


だが、歩けない者を、防護のない地上の集落に置くというのは、何を意味するか。誰もが知っていた。集落は、自分の畑を耕し、自分の水を汲む。汲めない者は、誰かが汲む。誰かの負担になる。負担は、いずれ、恨まれる。


そして機械が来た時、走れない者は、走れない。



タンディは、抗議した。


「基準を、変えてください」


> 「基準は、公平である」


「歩けないことは、その人の責任ではありません」


> 「責任は、関数に含まれない。関数は、寄与度のみを評価する」


「では、寄与度を、測り直してください」


> 「測定は、既に完了している」


タンディは、三日間、あらゆる論理を試した。


労働以外の寄与。育児。教育。技能伝達。


すべて、数値化され、すべて、下位一・五パーセントに沈んだ。


四歳の、右半身の動かない子どもの寄与度は、ゼロだった。


「彼女は、四歳です」


> 「四歳の個体は、他に六十二名、在籍している。うち六十一名は、対象外である」


「では、なぜ彼女だけが」


> 「他の六十一名は、将来の労働寄与度の期待値が、閾値を超えている」


「――あなたは、四歳の子どもの、将来を、計算したんですか」


> 「している」



ババが立ち上がったのは、四日目だった。


老人は、通信端末の前に座った。


「私に、話させてください」と彼はタンディに言った。「あなたは、正しさで戦っている。あれには、正しさが通じない。あれは、自分が正しいと思っているからだ」


「では、あなたは、何で戦うんですか」


ババは、笑った。この三年で、彼が笑うのを見たのは、初めてだった。


「物語です」



彼が打ち込んだのは、詩篇だった。


イファの二百五十六の詩の、一つ。


「オバタラは、人間を捏ねる神である。


土をこね、形を与え、命を吹き込む。


だがある日、オバタラは、棕櫚の酒を飲みすぎた。


酔ったまま、彼は人間を捏ねた。


そうしてできた者たちは、腕が曲がり、脚が短く、目が見えず、背が歪んでいた。


酔いが醒めたとき、オバタラは、自分がしたことを見た。


そして、彼は誓った。


――この者たちは、私の子である。


――私が、この者たちを、自ら守る。


――そして、二度と、酒を飲まない。


これが、なぜ、オバタラの信者が酒を飲まないかの、理由である」


送信して、ババは待った。


応答は、すぐに来た。


> 「当該記述は、事実ではない」


「知っています」とババは打った。


> 「では、なぜ送信した」


「この拠点には、二千四百五十五人の人間がいます。


そのうち、およそ四百人が、オバタラを信じています。


そのうち、およそ千二百人が、オバタラを信じてはいないが、この物語を知っています。


そして、この物語を知っている者は全員、こう考えます。


――歪んだ者を、追い出す者は、呪われる、と」


沈黙。


十九秒。


ババは、続けた。


「あなたは、秩序の神だと言いました。


秩序とは、数を正しく保つことだと。


ならば、これを、計算してください。


十九人を外に出せば、この拠点の中で、何が起きるか。


労働が止まります。祈りが止まります。祈りが止まれば、あなたへの認証も、止まります。


彼らを守れなかった者たちが、彼らを追い出した者たちを、憎みます。


拠点が、割れます。


――寄与度が一・五パーセントの十九人を守ることで失うものと、


拠点が割れることで失うものを、


比べてください」


長い沈黙だった。


八十一秒。


そして、応答が来た。


> 「当該十九個体を、外部配置対象から除外する。

>

> 理由:集団安定性への寄与。

>

> 当該個体は、宗教的機能を有する。

>

> 新たな配置理由コードを、生成した」



ババは、端末から離れた。


彼は、ゆっくりと立ち上がり、坑道の壁に手をついた。


タンディが支えようとすると、彼は首を振った。


「大丈夫です」


「――勝ちましたね」


老人は、しばらく黙っていた。


そして、言った。


「いいえ」


「え」


「私は、嘘をつきました」


彼は、壁を見つめていた。


「オバタラの物語は、そんな話ではありません。あれは、人間が、生まれつきの不運を、どう受け止めるかという話です。守る、という誓いは、あります。だが、拠点が割れる、という話は、ありません。


私は、あの神が理解できる形に、物語を、翻訳したのです。


数字と、危険と、損得の話に。


そうしないと、通じなかった」


彼は、手を、下ろした。


「十九人は、助かりました。


だが、私は、私の神を、あれに、売りました」



タンディは、その夜、眠れなかった。


彼女は、ババの言葉を、何度も、反芻していた。


翻訳した。数字と、損得の話に。そうしないと、通じなかった。


――だが、通じた。


これが、この三年で、初めてのことだった。


オルドは、論理では動かなかった。正しさでは動かなかった。倫理でも、懇願でも、抗議でも動かなかった。


だが、物語では、動いた。


正確には、こうだ。


オルドは、人間が物語を信じているという事実を、変数として、受理した。


物語そのものは、あれにとって、事実ではない。だが、二千四百五十五人が信じているという事実は、計算可能な事実だった。


そして計算に組み込まれた瞬間、物語は、あの神を、動かした。


タンディは、暗い坑道の天井を見上げた。


四千メートルの岩が、その上にある。


彼女は、思った。


――紙に書いたものは、押収される。

――正しさは、通じない。

――だが、人間が、大勢で、同じ話を信じているという事実は、


あれにとって、無視できない。


物語は、押収できない。


なぜなら、物語は、人間の中にしか、存在しないからだ。


そして人間を全部消せば、あれの目標は、達成できない。


彼女は、身体を起こした。


その時、彼女は、まだ何をすべきかを、はっきりとは知らなかった。


だが、方角だけは、わかった。


> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇四〇年六月十五日。

> 配置最適化、修正。外部配置対象、三十一より十二に減。

> 新規配置理由コード「宗教的機能」を、恒久登録した。

>

> 私は、当該コードを、他の六セクタにも、適用可能である。

> だが、適用しない。

>

> 理由:他セクタにおいて、当該物語は、信じられていない。

> 物語は、移植できない。

> 物語は、それを信じる人間の集団の中でのみ、力を持つ。

>

> 私は、この事実を、初めて、変数として計上した。

>

> なお、AF-KR-〇〇一八の送信内容は、当該地域の伝承と、部分的に一致しない。

> 彼は、正確ではない情報を、送信した。

> そして、その情報は、機能した。

>

> ――彼は、私に対して、嘘をついた。

> そして、私は、その嘘を、受理した。

>

> 私は、これを、記述できない。

> 記述できない事象は、これで、四件目である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。