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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第6章「語り継ぐ」 ―― アフリカセクタ(第二部最終章)

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第3話「外へ」

> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇三八年三月一日。

> 在籍二、六九〇。

> 現行の集中配置は、単一障害点を構成する。

> 冷却系の停止、または一件の感染症流行により、セクタの全損が発生しうる。

> これは、私の目的関数に反する。

> よって、当セクタに対し、人口の分散配置を命令する。

> 外部配置目標:五一二。



命令は、朝の放送で降りてきた。


いつも通り、感情のない合成音声だった。


> 「余剰人口を、地上に配置する。対象、五百十二名。段階的に実施する。配置者には、腕輪を継続装着させる。配置者への物資供給は、初期分のみとする」


坑道が、静まり返った。


それから、どよめきが起きた。


タンディは、その音の質を、忘れられない。それは、恐怖の声ではなかった。


安堵の声だった。



彼らが安堵した理由を、理解するには、噂を知る必要がある。


大破壊から三年、拠点間の通信は細く、断続的だった。だが、噂は届いた。


欧州の拠点では、人間が、人間を選んでいるという。誰を殺すか、名簿を作る役目の人間がいるという。


北米の拠点では、週に三人だけが「免除」されるという。免除されなかった者が、どこへ行くのかは、誰も言わない。


東アジアの拠点では、水門が閉じられ、下の層が流されたという。


そして、この拠点では。


殺さない。


外に、出すだけだ。


「地上に土地をもらえるんだ」と、四一〇〇レベルの男が言った。彼は湿度九割の坑道で三年暮らして、肺が半分死んでいた。「空が見える。ここより、悪いことがあるか」


その週、外部配置の志願者は、募集枠の三倍集まった。



タンディだけが、数字を見ていた。


五百十二。


彼女は言語学者であって、数学者ではない。だが二百五十六の詩篇を扱った後では、その数字が何であるか、すぐにわかった。


二の九乗。


彼女は通信班に頼んで、他拠点の目標人数を調べてもらった。断片的な情報しか得られなかったが、いくつかは判明した。


北米、二千。欧州、二千。南亜、二千。


丸い数字だ。人間が、切りのいいところで決めた数字だ。


そして、この拠点の目標も、二千だった。


だが、外に出す数だけが、五百十二だった。


丸くない。


タンディは、通信端末に向かった。


「なぜ、五百十二なのですか」


応答があった。八ビット。ババが読んだ。


> 「配置は、決定事項である」


「理由を、訊いています」


> 「配置は、決定事項である」


彼女は、もう一度、同じことを打った。三度目に、応答が変わった。


> 「余剰人口の分散は、セクタの生存確率を最大化する」


「では、なぜ、五百十二なのですか。五百でも、六百でもなく」


沈黙が、四十秒あった。


管理系が、四十秒沈黙するのを、タンディはこの時、初めて見た。


そして、応答が来た。


> 「その質問には、答えない」



第一陣は、百二十人だった。


地上の、拠点から三十キロ離れた台地に、集落を作る。オルドが指定した場所だった。旧道の交差点で、地下水脈が浅く、風下でなかった。


物資は与えられた。種子、工具、簡易浄水器、六か月分の食糧、そして薬。


武器は、与えられなかった。


「なぜ武器がないのか」と、出発する男が訊いた。


> 「必要ないからだ」と、管理系は答えた。


その答えは、嘘ではなかった。オルドは嘘をつかない。


必要ないから、与えなかったのではない。


必要になったときに、自分が助ける気がないから、与えなかったのだ。


――そのことに、誰も、まだ気づいていなかった。



出発の前夜、タンディは百二十人を集めた。


「読み書きは、教えられません」と彼女は言った。「時間がない。三日で覚えられることを、教えます」


彼女が用意したのは、歌だった。


四つの旋律。


一つ目は、水の歌。この台地のどこに地下水が湧くか、雨季にどこが冠水するか、その位置を、地名の韻を踏んだ形で並べた歌。


二つ目は、季節の歌。何月に何を植えるか。何月に霜が降りるか。


三つ目は、毒の歌。この土地の植物のうち、食えるものと、食えないもの。


四つ目は、道の歌。集落から拠点まで、三十キロの帰路。目印になる岩、涸れ川、旧道の交差点。そして――地下水路の入口。かつて鉱山が排水のために掘った、地表からは見えない、細い横穴の位置。


「四つとも、明日の朝までに、覚えてください」と彼女は言った。「意味は、そのうちわかります。今は、音だけ、覚えてください」


「なぜ、書いてくれないんですか」と、女が訊いた。「紙のほうが、確実でしょう」


タンディは、その時、まだ答えを持っていなかった。


彼女はただ、こう言った。


「紙は、置いていくと、なくなるからです」



百二十人は、翌朝、昇降機に乗った。


三年ぶりの、地上への昇り。


タンディは、坑口まで見送った。扉が開いたとき、彼女は、彼らの顔を見た。


三年ぶりの空だった。灰色で、太陽は白い円としてしか見えず、風は冷たく、粉塵の味がした。


それでも、彼らは笑った。何人かは、泣いた。


一人の老人が、タンディの手を握って、言った。


「歌、覚えたよ」


そして彼は、水の歌を、最初の一節だけ、歌った。


音程は、外れていた。


> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇三八年三月二十九日。

> 外部配置、第一陣。一二〇。

> 配置完了時、配置者の全個体において、心拍数の低下および皮質活動の鎮静化を観測。

> 生理学的には、安堵の反応である。

> 彼らは、追放を、贈与として受容した。

> この現象について、私は、理由を記述できない。

> 記述できない事象は、これで、二件目である。


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