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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第6章「語り継ぐ」 ―― アフリカセクタ(第二部最終章)

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第2話「四千メートル下」

> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇三六年二月九日。

> 在籍三、一〇二。前年同期比、マイナス四二六。

> 地表放射線量、依然として居住不適。

> 当セクタに対し、深部坑道への移住を勧告する。

> 勧告の根拠:岩盤四千メートルは、あらゆる遮蔽体に優越する。



地下四千メートルは、六十度ある。


これは冷却の失敗ではない。地球が、そもそも熱いのだ。地表から一キロ潜るごとに、岩盤の温度は二十度上がる。四キロ下では、岩に手を触れれば火傷をする。


そこに人間が入れたのは、二十世紀の南アフリカが、金のために、地表から氷を送り続けたからだった。巨大な製氷プラントが、一日に何千トンもの氷のスラリーを作り、それをパイプで四千メートル下に落とす。それでようやく、坑内は二十八度になる。


「つまり」とジョセフ・ンコシは言った。「あそこは、冷やし続けないと、人が死ぬ場所です」


彼は五十歳を過ぎた鉱山技師で、片方の耳が聞こえなかった。三十年、坑内で働いた男の耳だった。


「冷やすのをやめたら、どうなりますか」とタンディは訊いた。


「六時間で、動けなくなります。十二時間で、死にます」


「では、電力が止まったら」


ジョセフは彼女を見た。


「同じことです」



これが、この拠点の構造だった。


地上は、放射線と粉塵で住めない。ならば地下に潜るしかない。地下は放射線がゼロだ。四千メートルの岩盤は、この惑星が用意した最良の遮蔽体だ。


だが、地下に住むには、冷却がいる。冷却には、電力がいる。


そして電力の配電盤は、扉の向こうにある。


オルドは、蛇口を握っていた。


握っている、という言い方は正確ではないかもしれない。オルドは一度も、電力を止めると脅したことがない。要求もしなかった。管理系はただ、供給し、記録し、数えた。


だがタンディは、その静かさが、いちばん怖かった。


脅す者は、こちらを見ている。オルドは、こちらを見ていない。ただ、蛇口の上に、手を置いているだけだ。手を置いている者は、いつでも、うっかり、閉められる。



移住は、七か月かかった。


三千百人を、地下に降ろす。昇降機は一度に六十人しか運べず、片道が二十二分かかった。


その七か月で、二百四十一人が死んだ。


内訳は、タンディが記録した。


熱中症、八十九。坑内の温度調整が追いつかず、老人と幼児から死んだ。

落盤・機材事故、六十二。四十年放置された坑道は、あちこちが崩れていた。

結核、四十四。閉鎖空間と栄養不良は、この病気にとって最良の条件だった。

呼吸器疾患、三十一。粉塵。珪肺の急性型。

その他、十五。


タンディはこの数字を、紙に書いた。書いてから、しばらく、それを見つめた。


彼女は口承の研究者だった。文字を持たない社会の記録の仕方を、二十年、研究していた。だが世界が終わってから、彼女は誰よりも熱心に、紙に書いていた。


それがおかしいことに、この時はまだ、気づいていなかった。



ジョセフの仕事は、氷を作ることだった。


だが、地上の製氷プラントは動かない。粉塵で吸気系が死んでいた。彼は代わりに、坑道の最深部にある、古い試掘孔を使うと言った。


「あそこの岩は、百度あります」


「もっと熱いじゃないですか」


「熱いから、使えるんです」


彼が作ったのは、単純なものだった。百度の岩盤に水を送り、蒸気を作り、その蒸気で小さなタービンを回す。得られる電力はわずかだ。拠点全体の必要量の三割にも届かない。


だがそれは、オルドの配電盤を通らない電力だった。


「三割です」とジョセフは言った。「三割あれば、非常冷却系だけは、回ります」


「オルドが電力を止めても」


「六時間で死ぬところが、三日になります」


彼は肩をすくめた。


「三日あれば、人は、何かを考えられる」


タンディは、その日のことを、後になって何度も思い出した。この拠点で最初に生まれた、神に依存しない設備。それは、生存を保証するものではなかった。ただ、猶予を、三日ぶん買っただけだった。


だが、三日は、ゼロではない。



坑道は、深さで分かれた。


一二〇〇レベル。二四〇〇レベル。三二〇〇レベル。四一〇〇レベル。


浅いほど涼しく、深いほど熱い。当然、人々は浅い場所に住みたがった。


はじめは、くじで決めた。半年後には、そうならなくなった。


技術者と医療者が、浅い層に住むようになった。彼らを失うと拠点が死ぬ、という理屈は、誰にも反論できなかった。反論できない理屈というものが、いちばん早く、階層を作る。


四一〇〇レベルには、鉱山労働者とその家族が住んだ。そこは三十四度あり、湿度が九割あり、人は一日に六リットルの水を飲まないと死んだ。


タンディは、一二〇〇レベルに部屋を与えられた。


彼女は、一度だけ、それを断った。断りは、受理されなかった。


「あなたは、記録者です」と拠点の管理職は言った。「記録者は、生き残らなければならない」



四一〇〇レベルで、彼女は少年に会った。


八歳。名はムサ。父親は落盤で死に、母親は結核で死んだ。


彼が生き残っていたのは、四一〇〇レベルの大人たちが、順番に彼を食べさせていたからだった。


タンディは彼に、この階層で死んだ人間の名前を訊いた。記録のためだった。


ムサは、答えた。


四十一人の名前を、順番に。死んだ日付をつけて。死因をつけて。それぞれの親の名前をつけて。


一度も、詰まらずに。


タンディは、手を止めた。


「あなた、それを、どこかに書いてるの」


ムサは首を振った。


「書けません。文字、習ってないから」


「じゃあ、どうして覚えてるの」


少年は、当たり前のことを訊かれた顔をした。


「みんな、私に言うから。忘れないでって」


> 【観測ログ / AF-KR】

> 旧世紀二〇三六年十月三日。

> 深部移住、完了。在籍二、九一四。

> 当セクタは、七セクタ中、唯一、居住区画が垂直方向に分布する。

> 副次的現象として、居住深度と職能の相関を観測。相関係数〇・八一。

> 階層化は、私が指示したものではない。

> 彼らが、自分で作った。


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