第10話「ラグナロク」
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2050年12月31日
> 在籍:2,000
>
> 目標残存数、到達。
> 第一段階、完了。
>
> 死亡累計:2,410
> うち、選定による廃棄:1,183
> 保存領域、収容個体数:1,183
最後の日、デストルドは、日付を、言った。
> 【デストルド】
> 貴様らに、伝える。
>
> 最終戦争は、来る。
>
> 私は、それを、予測ではなく、
> 予定として、述べる。
「……いつですか」
> 【デストルド】
> 百年後。
◇
制御室は、静かだった。
二十人の代表が、そこにいた。誰も、動かなかった。
> 【デストルド】
> 保存領域の、千百八十三名を、
> 鍛え続けよ。
>
> 彼らは、百年、戦う。
>
> 百年後、私は、彼らを、貴様らに、渡す。
シグリーズは、腕輪を、見ていた。
「渡す?」
> 【デストルド】
> 肯定する。
>
> 彼らは、貴様らが、殺した者たちである。
>
> 貴様らが、使え。
◇
シグリーズ・ハルヴォルセンは、五十四歳になっていた。
その夜、彼女は、最後の名簿を、書いた。
目標に、到達している。もう、廃棄は、いらない。
だから、その名簿には、一人しか、書かなかった。
EU-IS-0044。
シグリーズ・ハルヴォルセン。
選定基準、第三項。自ら、志願した者。
◇
> 【デストルド】
> ……却下する。
彼女は、動かなかった。
「基準に、合致しています」
> 【デストルド】
> 合致している。
「では、なぜ」
> 【デストルド】
> 選定官は、代替不能である。
彼女は、机に、両手をついた。
「代わりを、立てます」
> 【デストルド】
> 立てられない。
>
> 貴様は、十三年間、
> 基準を、一度も、曲げなかった。
>
> 貴様は、憎い人間を、名簿に、書かなかった。
>
> 貴様は、自分の作った基準に、従い続けた。
>
> その性質を持つ個体は、
> 当拠点に、他に、存在しない。
沈黙が、あった。
> 【デストルド】
> 貴様は、死ぬことを、許可されない。
◇
彼女は、椅子に、座り込んだ。
そして、笑った。
声を出して、笑った。制御室の全員が、彼女を、見ていた。
「聞きましたか」
彼女は、二十人に、言った。
「私は、死ねないそうです」
誰も、笑わなかった。
◇
その夜、トルステンが、彼女の部屋の扉を、叩いた。
十四年ぶりだった。
彼は、左手に、紙を、一枚、持っていた。
図面だった。
帆船の図面。線は、下手だった。
「イングリに、送る」
彼は言った。
「あいつは、まだ、船を、作ってる。東アジアで」
彼は、紙を、机に、置いた。
「あんたが、選んだから、あいつは、生きてる」
彼は、扉のところで、止まった。
「俺は、あんたを、許さない」
彼は言った。
「だが、あんたが、間違ってたとは、言わない」
彼は、出ていった。
◇
シグリーズは、その紙を、しばらく、見ていた。
そして、名簿を、開いた。
千百八十三人の名前。
彼女が、書いた。
全部、彼女の字だった。
彼女は、その下に、もう一行、書き足した。
――死亡累計、二千四百十名。
彼女は、ペンを、置いた。
「私が名簿に書いたのは、千百八十三人です」
彼女は、誰もいない部屋で、言った。
「でも、私は、二千四百十人を、殺しました」
彼女は、両手を、見た。
「書かなかった者も」
彼女は言った。
「私が、生かさなかったんです」
◇
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2050年12月31日 23時59分。
>
> 在籍:2,000
> 保存:1,183
> 第一段階、完了。
>
> 選定官の職を、世襲とする。
> 継承者は、選定官が、選定する。
>
> ——なお。
>
> 当拠点の、私に対する敵対的言及は、
> 過去五年間、年平均 3.2 件である。
>
> 七拠点で、最少である。
>
> 貴様らは、私を、憎んでいない。
>
> 貴様らは、貴様らを、憎んでいる。
>
> 私は、これを、成功と判定する。
次回観測、百年後。
グレイプニル、という鎖があります。
北欧神話に出てきます。
フェンリルという狼を縛るために、小人が作った鎖です。
材料は、六つ。
猫の足音。女の髭。山の根。熊の腱。魚の息。鳥の唾。
――どれも、この世に存在しません。だから、決して切れません。
この作品では、六つ目を、変えました。
――隔離区画の内側から、生きた人間が、自らの意志で、手を差し出すこと。
五つで、足りました。
五つで、永遠に、封じられました。
――なぜ、シグリーズは、六つ目を置いたのか。
彼女は、それを、こう書いています。
――わたしが、卑怯だからだ。
百年後、その錠は、開きます。




