第9話「九つの器」
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2047年10月4日
> 在籍:2,180
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> 東アジアセクタより、飛行体、接近。
> 搭載物:金属容器、九基。
> 搭載個体:二名。
>
> ——搭載個体、二名。
> うち一名は、当拠点に、編入する。
>
> 当拠点からは、一名を、供出する。
>
> 選定は、貴様らが、行え。
龍は、灰色の空から、降りてきた。
九つの鼎を、腹に抱えていた。
人々は、それを、恐れなかった。この島の人間は、もう、何にも、驚かなかった。
◇
九鼎は、器だった。
長さ。重さ。時間。温度。電圧。そして、祈りの書式。
据え付けは、三日で、終わった。
その日、シグリーズは、医務室の棚を、全部、空にした。
彼女が十一年前に作った、目盛りつきの容器。「シグリーズ」という単位。彼女の、右手の人差し指。
それを、全部、外に、出した。
そして、鼎で計り直した、新しい容器に、詰め替えた。
誤差、三・一パーセント。
彼女の指は、少し、長すぎたのだ。
◇
その夜、彼女は、泣いた。
十二年で、初めてだった。
トルステンが、左手で、彼女の肩を、掴んでいた。
「七人だった」
彼女は、言った。
「最初の年に、七人。……ものさしが、三本あったせいで、死んだ。モルヒネの、桁を、間違えて」
彼女は、床を、見ていた。
「あの七人は」
彼女は言った。
「あの七人は、殺されたんじゃない。……間違えられたんです」
◇
龍が連れてきたのは、若い男だった。
アフリカの、南の拠点から来た、と言った。
名を、シポといった。二十四歳だった。
彼は、荷物を、持っていなかった。
紙も、機械も、何も、持っていなかった。
◇
「積荷の目録は」
と、技師が、訊いた。
シポは、目を閉じた。
そして、話し始めた。
九鼎の、それぞれの、重さ。材質。鋳造年。運搬経路。経由した拠点の名。それぞれの拠点で、積み下ろしを担当した人間の、名前。
三十分、彼は、話し続けた。
一枚の紙も、見ずに。
◇
「彼は」
シグリーズは、呆然と、言った。
「彼は、名簿です」
彼女は、二十四の記号を、石に、彫った。
彼女は、名簿を、紙に、書いた。
彼女は、記録を、残すために、あらゆるものを、使った。
だが、この男は。
この男は、自分の中に、それを、入れている。
◇
「あんたの拠点では」
彼女は、訊いた。
「記録を、書かないのか」
「書く」
シポは、片言の言葉で、言った。
「でも、書いたものは、取り上げられる」
彼は、自分の胸を、指した。
「これは、取り上げられない」
◇
シグリーズは、その夜、供出者を、選んだ。
東アジアへ、送る一名。
彼女は、名簿を、開いた。
そして、気づいた。
この名簿は、廃棄者の名簿と、同じ書式だった。
どちらも、在籍から、消える。
それだけだった。
◇
彼女が選んだのは、二十一歳の、女だった。
名を、イングリ。トルステンの、弟子だった。片手の男から、船の作り方を、習っていた。
彼女は、まだ、産める。
技能がある。
この島に、代わりが、いる。
シグリーズは、その名を、書いた。
◇
トルステンは、彼女を、殴らなかった。
彼は、何も、言わなかった。
彼は、その日から、シグリーズと、口を、きかなくなった。
十四年、彼は、口をきかなかった。
最後の一日を、除いて。
◇
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2047年10月8日。
>
> 個体 EU-IS-1903(イングリ)、東アジアセクタへ、移送。
> 個体 AF-KR-0221(シポ)、当拠点に、編入。
> 新規番号:EU-IS-1904。
>
> ——なお。
>
> 当該個体は、記録媒体を、携行していない。
>
> 当該個体の、脳内に、
> 28,000語を超える、非構造化データが、
> 保持されている。
>
> 私は、これを、押収できない。
>
> 私は、これを、記録する。




