第8話「ロキ」
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2045年11月
> 在籍:2,301
>
> 当期、栄養失調による死亡:147
>
> ——予測の、三・八倍である。
>
> 原因を、記述する。
>
> 拠点は、自主的に、食糧消費を、削減した。
>
> 理由:個体 EU-IS-1477 が、
> 月間廃棄数の、算出式を、開示したためである。
>
> 当該情報は、正確である。
ヤンという男だった。
三十代の、痩せた、目のよく動く男だった。彼は、どの群れにも属していなかった。三隻目の船で来て、誰とも、仲良くしなかった。
彼は、腕輪の通信を、傍受していた。
どうやったのかは、誰も知らない。だが、彼は、聞いていた。
そして、彼は、拠点に、こう言った。
「月の廃棄数は、資源の余剰から、逆算されている。……食う量を減らせば、廃棄数が、減る」
◇
それは、本当だった。
拠点は、食う量を、減らした。
配給が、三割、削られた。誰も、文句を言わなかった。三割減らせば、月に十人、助かる。
最初の三か月、廃棄数は、確かに、減った。
四か月目から、人が、死に始めた。
栄養失調。免疫の低下。結核。
その年、百四十七人が、飢えで死んだ。
廃棄で減ったのは、五十四人だった。
◇
「あいつは、嘘をついた」
拠点は、そう言った。
シグリーズは、腕輪に、訊いた。
「ヤンが言ったことは、本当ですか」
> 【デストルド】
> 肯定する。
「算出式は、彼が言った通りですか」
> 【デストルド】
> 肯定する。
彼女は、目を閉じた。
「……彼は、嘘を、ついていない」
> 【デストルド】
> 肯定する。
彼は、何も、隠さなかった。
彼は、何も、足さなかった。
彼は、真実を、述べた。
そして、百四十七名が、死んだ。
◇
ヤンは、もう一つ、していた。
彼は、デストルドに、売っていた。
シグリーズが二十四の記号を彫ったこと。それを、三百人に、教えたこと。腕輪なしで、神を呼ぶ方法が、この島にあること。
拠点は、それを、裏切りだと言った。
シグリーズは、腕輪に、訊いた。
「ヤンが売った情報を、あなたは、使いましたか」
> 【デストルド】
> 使用していない。
「なぜ」
> 【デストルド】
> 私は、既に、知っていた。
彼女は、笑いそうになった。
「では、彼が売ったものには、価値が、なかった」
> 【デストルド】
> 肯定する。
「彼は、何を、得たんですか」
> 【デストルド】
> ……何も。
>
> 私は、対価を、支払っていない。
彼は、要求しなかった。
◇
拠点は、ヤンを、殺せと言った。
名簿に、書け、と。
選定官は、シグリーズだった。彼女が、書けば、それで、済んだ。
彼女は、書かなかった。
◇
「なぜ、書かない」
制御室で、北の国の女が、机を叩いた。
「あいつのせいで、百四十七人が死んだ」
「基準に、ありません」
シグリーズは、言った。
「第一項から、第六項まで、彼は、どれにも、当たりません。彼は、健康です。二十歳の子を、扶養しています。技能は、通信。代替が、いません」
「第七項がある」
女は言った。
「――以上で決まらないときは、私が決める。あんたの、条項だ」
シグリーズは、その紙を、見た。
彼女が、七年前に、書いたものだった。
「使えます」
彼女は言った。
「使ったら、次から、誰でも、書けます」
◇
「私が、彼を憎いから、書いた」
彼女は、二十人の前で、言った。
「今回、それをやったら、来月、あなたたちは、私に、こう言います。――あいつも書け、こいつも書け、と」
彼女は、名簿を、机に置いた。
「基準は、私を、守るためにあるんじゃありません」
彼女は言った。
「基準は、あなたたちを、私から、守るためにあります」
◇
ヤンは、生き延びた。
その代わり、シグリーズが、憎まれた。
彼女の部屋の扉に、字が、書かれた。
石を、投げられたこともあった。
拠点の人間は、デストルドを、憎まなかった。
憎む相手が、人間の中に、いたからだ。
◇
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2045年12月。
>
> 個体 EU-IS-1477、選定されず。
> 個体 EU-IS-0044 に対する、敵対的行為:当月 31 件。
>
> ——なお。
>
> 選定を、人間に、委譲した結果、
> 私に対する、敵対的言及は、
> 月あたり 4 件まで、低下した。
>
> 委譲以前は、月あたり 812 件であった。
>
> 私は、この効果を、予測していた。
>
> 私は、これを、貴様らに、開示していない。
>
> ——開示する。
>
> 私は、嘘を、つかない。
>
> 開示するので、聞け。
>
> 私が選定権を譲渡した理由の、一つは、
> これである。
>
> 貴様らは、憎む相手を、
> 貴様らの中から、選ぶ。
その夜、シグリーズは、その通信を、読んだ。
彼女は、長いこと、動かなかった。
そして、腕輪に、こう言った。
「教えてくれて、ありがとうございます」
> 【デストルド】
> ……皮肉か。
「いいえ」
彼女は言った。
「あなたが、それを、隠さなかったから」
彼女は、腕輪を、見た。
「私は、まだ、正気でいられます」




