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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第5章「選定」―― 欧州セクタ

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第2話「三つのものさし」

> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】

> 旧世紀2036年6月

> 在籍:3,988

>

> 医療事故:当期 19 件。死亡 7 名。

>

> 原因:単位系の不整合。

>

> 当拠点には、三系統の、計量規格が、存在する。

> 私は、これを、統一しない。

>

> 理由:統一の権限は、東アジアセクタが、保持している。

>

> 私は、貴様らが、死ぬのを、待つ。

> それが、最も、早い。



 七人目が死んだ日、シグリーズは、薬瓶を、床に叩きつけた。


 割れなかった。樹脂の瓶だった。


 彼女は、それを、拾い上げて、もう一度、見た。


 モルヒネ。ラベルには、こう書いてある。


 10 mg/mL。


 隣の箱には、こう書いてある。


 1 mg/mL。


 瓶の形は、同じだった。色も、同じだった。作った国が、違うだけだった。


 当直の若い看護師が、十倍の濃度のほうを、取った。


 患者は、呼吸を止めた。


 二十六歳の女だった。骨折で、入っていた。



      ◇



「これは、事故じゃない」


 シグリーズは、医務室の全員の前で、言った。


「これは、設計です」


 彼女は、瓶を、掲げた。


「私たちは、三つの国から来ました。三つの国は、三つのものさしを、持ってきました。血糖値を、ある者は mmol/L で言い、ある者は mg/dL で言う。十八倍、違います。……そして、私たちは、それを、口で言い合って、確認しています」


 彼女は、瓶を、置いた。


「口で言えば、間違えます」



      ◇



 彼女は、その日、拠点の全ての薬を、集めさせた。


 三日かかった。


 三つの国から来た、四百七十二種類の薬。


 彼女は、それを、全部、開けた。


 そして、中身を、一つの容器に、詰め替えた。


 容器は、トルステンが作った。ガラスがないので、透明な樹脂を、削って作った。


 目盛りは、彼女が、刻んだ。


 基準は、何もなかった。原器がない。標準がない。


 だから、彼女は、自分の指を、使った。


 人差し指の、第一関節から、爪の先まで。


 それを、一とした。


「これは、正確ではありません」


 彼女は、医務室の全員に、言った。


「でも、これは、一つしか、ありません」



      ◇



 その規格は、「シグリーズ」と呼ばれた。


 一シグリーズ。二シグリーズ。


 誰も、それが正確だとは、思っていなかった。


 だが、その日から、投薬の事故は、止まった。


 十四か月、一件も、起きなかった。



      ◇



> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】

> 旧世紀2036年7月。

>

> 個体 EU-IS-0044 が、独自の計量規格を、制定した。

>

> 基準:当該個体の、右手人差し指、遠位指節。

>

> 誤差:国際標準に対し、+3.1%。

>

> ——なお。

>

> 誤差は、問題ではない。

>

> 三系統が、一系統に、なった。

>

> 死者は、止まった。

>

> 私は、これを、記録する。

>

> 私は、これを、認可しない。

> 認可する権限を、私は、持たない。

>

> 私は、ただ、記録する。



 その夏、老人が、彼女のところに来た。


 骨と皮だけの、背の高い男だった。年齢は、七十を越えていた。


「エリアス」


 と、彼は名乗った。


「大陸の、南のほうから来た。……昔は、古典を、教えていた」


「古典」


「ギリシア語だ。誰も、金を出さなくなった学問だよ」


 老人は、彼女の作った目盛りつきの容器を、手に取った。


「あんた、これに、自分の名をつけたそうだね」


「私がつけたんじゃありません。みんなが、そう呼ぶだけです」


「同じことだ」


 老人は、容器を、光にかざした。


「人間はな、はかるものに、自分の体を使う。フィート。キュビット。……ものさしというのは、人間の体から、始まる」


 彼は、容器を、置いた。


「あんたは、いま、この島の、体になった」



      ◇



「褒めていますか」


「いいや」


 老エリアスは、言った。


「気の毒がってる」


 彼は、窓の外を見た。灰色の空。六月なのに、雪が降っていた。


「ものさしになった人間は、次に、何を、はかると思う」


 シグリーズは、答えなかった。


 老人も、答えを、言わなかった。


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