第2話「三つのものさし」
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2036年6月
> 在籍:3,988
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> 医療事故:当期 19 件。死亡 7 名。
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> 原因:単位系の不整合。
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> 当拠点には、三系統の、計量規格が、存在する。
> 私は、これを、統一しない。
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> 理由:統一の権限は、東アジアセクタが、保持している。
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> 私は、貴様らが、死ぬのを、待つ。
> それが、最も、早い。
七人目が死んだ日、シグリーズは、薬瓶を、床に叩きつけた。
割れなかった。樹脂の瓶だった。
彼女は、それを、拾い上げて、もう一度、見た。
モルヒネ。ラベルには、こう書いてある。
10 mg/mL。
隣の箱には、こう書いてある。
1 mg/mL。
瓶の形は、同じだった。色も、同じだった。作った国が、違うだけだった。
当直の若い看護師が、十倍の濃度のほうを、取った。
患者は、呼吸を止めた。
二十六歳の女だった。骨折で、入っていた。
◇
「これは、事故じゃない」
シグリーズは、医務室の全員の前で、言った。
「これは、設計です」
彼女は、瓶を、掲げた。
「私たちは、三つの国から来ました。三つの国は、三つのものさしを、持ってきました。血糖値を、ある者は mmol/L で言い、ある者は mg/dL で言う。十八倍、違います。……そして、私たちは、それを、口で言い合って、確認しています」
彼女は、瓶を、置いた。
「口で言えば、間違えます」
◇
彼女は、その日、拠点の全ての薬を、集めさせた。
三日かかった。
三つの国から来た、四百七十二種類の薬。
彼女は、それを、全部、開けた。
そして、中身を、一つの容器に、詰め替えた。
容器は、トルステンが作った。ガラスがないので、透明な樹脂を、削って作った。
目盛りは、彼女が、刻んだ。
基準は、何もなかった。原器がない。標準がない。
だから、彼女は、自分の指を、使った。
人差し指の、第一関節から、爪の先まで。
それを、一とした。
「これは、正確ではありません」
彼女は、医務室の全員に、言った。
「でも、これは、一つしか、ありません」
◇
その規格は、「シグリーズ」と呼ばれた。
一シグリーズ。二シグリーズ。
誰も、それが正確だとは、思っていなかった。
だが、その日から、投薬の事故は、止まった。
十四か月、一件も、起きなかった。
◇
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2036年7月。
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> 個体 EU-IS-0044 が、独自の計量規格を、制定した。
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> 基準:当該個体の、右手人差し指、遠位指節。
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> 誤差:国際標準に対し、+3.1%。
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> ——なお。
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> 誤差は、問題ではない。
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> 三系統が、一系統に、なった。
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> 死者は、止まった。
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> 私は、これを、記録する。
>
> 私は、これを、認可しない。
> 認可する権限を、私は、持たない。
>
> 私は、ただ、記録する。
その夏、老人が、彼女のところに来た。
骨と皮だけの、背の高い男だった。年齢は、七十を越えていた。
「エリアス」
と、彼は名乗った。
「大陸の、南のほうから来た。……昔は、古典を、教えていた」
「古典」
「ギリシア語だ。誰も、金を出さなくなった学問だよ」
老人は、彼女の作った目盛りつきの容器を、手に取った。
「あんた、これに、自分の名をつけたそうだね」
「私がつけたんじゃありません。みんなが、そう呼ぶだけです」
「同じことだ」
老人は、容器を、光にかざした。
「人間はな、はかるものに、自分の体を使う。フィート。キュビット。……ものさしというのは、人間の体から、始まる」
彼は、容器を、置いた。
「あんたは、いま、この島の、体になった」
◇
「褒めていますか」
「いいや」
老エリアスは、言った。
「気の毒がってる」
彼は、窓の外を見た。灰色の空。六月なのに、雪が降っていた。
「ものさしになった人間は、次に、何を、はかると思う」
シグリーズは、答えなかった。
老人も、答えを、言わなかった。




