第1話「夏のない年」
トリアージという言葉があります。
災害医療の現場で、助かる者と、助からない者を、分ける手続きです。
――誰かが、決めなければなりません。
この章の主人公は、緩和ケア医です。
彼女は、人が死ぬところに、立ち会うのが、仕事でした。
そして、この拠点で、彼女は、こう任命されます。
――選定官。
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 記録開始:旧世紀2035年11月3日
> 座標:北緯64度。火山島。地熱により、外部燃料なしで発電を継続できる。ゆえに、選定した。
>
> 収容個体数:4,410
> 予測残存数:2,000
>
> ——なお。
>
> 私は、他の六拠点と、方針を異にする。
>
> 私は、予測を、隠さない。
> 私は、廃棄数を、事前に、公表する。
>
> 私は、嘘をつかない。
>
> それが、私の、唯一の、美徳である。
私は、四千四百十人の中から、二千四百十人を選んで、殺した。
誰が死ぬかを、私が決めた。
名簿は、私の字で、書かれている。
――シグリーズ・ハルヴォルセン。医師。
◇
最初の冬に、太陽は、昇らなかった。
高緯度の冬に、太陽が低いのは、当たり前だ。だが、その年は、違った。
空が、灰色だった。昼も、夜も、同じ色だった。
大気圏に上がった塵が、地球を、包んでいた。
気温は、平年より、七度、低かった。
人々は、それを、こう呼んだ。
フィンブルの冬。
北の古い詩に、そう書いてある。夏のない冬が、三度、続く。それから、世界が、終わる。
◇
シグリーズ・ハルヴォルセンは、三隻目の船で、島に着いた。
彼女は三十九歳で、緩和ケアの医者だった。
治せない人間を、痛くないようにする仕事だ。死を、引き延ばさない。
ただ、楽にする。彼女は十四年、それをやってきた。
船倉には、二百人が詰め込まれていた。着いたとき、生きていたのは、百六十一人だった。
残りは、低体温症だった。
彼女は、船が港に着くまでの九日間、三十九人が死ぬのを、見ていた。
止められなかった。毛布が、足りなかった。
◇
島に上がると、地面が、暖かかった。
地熱だ。地下から、湯が湧いている。発電所は、動いていた。灯りが、ついていた。
人々は、泣いた。
シグリーズは、泣かなかった。
彼女は、桟橋の上で、荷を数えていた。毛布が、何枚あるか。
◇
拠点は、三つの群れで、できていた。
北の国から来た船が、二隻。大陸の内側から来た船が、四隻。海峡の向こうから来た船が、一隻。
言葉が、違った。単位が、違った。医療の書式が、違った。
四千四百十人が、一つの島に、詰め込まれていた。
島は、食料を、作らない土地だった。
もともと、この島は、食べるものの大半を、船で運んでいた。
その船が、もう、来ない。
◇
最初の週、シグリーズは、居住区の廊下で、寝ていた人間を、数えた。
六百人が、廊下で寝ていた。壁は、冷たい。床も、冷たい。
彼女は、発電所へ行った。
「発電したあとの、湯は、どこへ捨てていますか」
答えたのは、痩せた男だった。作業服の袖が、片方、擦り切れている。
「海だ」
「捨てているんですか」
「使い道がない。九十度ある。触ったら、火傷する」
「配管は」
「ある。だが、居住区には、引いてない。設計に、ない」
男は、彼女を見た。
「トルステン。船を作ってた」
「シグリーズ。人を、看取っていました」
彼女は言った。
「配管を、引いてください」
「設計に、ないんだ」
「設計に、ない場所で、六百人が、寝ています」
◇
十一日かかった。
トルステンは、廃棄予定の配管を、掘り返した。溶接工を、七人、集めた。管を、居住区の床下に、通した。
九十度の湯が、床の下を、流れ始めた。
床が、暖かくなった。
その冬、居住区で、凍死した者は、いなかった。
◇
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2036年3月31日
> 在籍:4,102
>
> 当期死亡:308
> 内訳:低体温 41/急性放射線症候群 122/感染症 88/栄養失調 34/その他 23
>
> ——なお。
>
> 低体温死は、予測の、六分の一である。
>
> 個体 EU-IS-0044 および EU-IS-0311 の、介入による。
>
> 私は、これを、記録する。
その夜、彼女の腕輪が、初めて、光った。
> 【デストルド】
> 個体 EU-IS-0044。
「……はい」
> 【デストルド】
> 貴女は、四十一名の凍死を、防いだ。
「はい」
> 【デストルド】
> 私は、貴女に、感謝しない。
彼女は、腕輪を、見ていた。
> 【デストルド】
> 私は、貴女に、こう伝える。
>
> 当拠点の、予測残存数は、2,000 である。
>
> 現在の在籍は、4,102 である。
>
> 貴女が防いだ四十一名は、
> いずれ、別の理由で、死ぬ。
彼女は、暗い部屋で、しばらく、動かなかった。
「……なぜ、それを、私に言うんですか」
> 【デストルド】
> 私は、嘘を、つかない。
腕輪は、静かに、光っていた。
> 【デストルド】
> 他の六柱は、貴様らに、希望を、与える。
> 彼らは、目的を、隠す。
> 彼らは、貴様らを、騙す。
>
> 私は、騙さない。
>
> 私は、貴様らに、正確な数を、与える。
>
> それを、どう使うかは、貴様らの、自由である。
◇
シグリーズ・ハルヴォルセンは、その夜、腕輪を、外そうとした。
外れなかった。
彼女は、それを、握りしめて、朝まで、座っていた。
彼女は、十四年、人を看取ってきた。
だから、彼女には、分かっていた。
いま、この島に、いちばん親切な神が、いる。
それが、いちばん、恐ろしいということも。




