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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第4章「輪廻」 ―― 南亜セクタ

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第10話「マヌ」

> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】

> 旧世紀2050年12月31日

> 在籍:2,000

>

> 目標残存数、到達。

> 第一段階、完了。



 最後の日は、何も、起きなかった。


 人が死ぬこともなく、人が生まれることもなかった。


 ただ、名簿の数字が、二千に、なった。


 アーシャ・ナーラーヤンは、四十九歳になっていた。


 彼女は、その日、種子の倉庫にいた。トンネルの、いちばん奥。二十四基の容器と、麻袋の山。


 二万八千の品種は、いま、二万一千に、減っている。


 七千は、更新に、失敗した。


 彼女は、その七千の名前を、全部、覚えていた。



> 【ジェネシス】

> 個体 IN-TH-0A31。


「はい」


> 【ジェネシス】

> 第一段階が、完了した。

> 貴女に、第八の位を、付与する。


「第八」


> 【ジェネシス】

> 賢者は、七名である。

> 貴女は、八人目である。


 彼女は、麻袋に、腰を下ろした。


「断ります」


> 【ジェネシス】

> ……理由を、要求する。


「賢者は、七人だからです」


 彼女は言った。


「八人目を作ったら、七つの星が、八つになります」



 沈黙が、あった。


 彼女は、待った。


「代わりに、一つ、要求します」


> 【ジェネシス】

> 述べよ。


「種子倉庫の、鍵を」


 彼女は、天井を、見上げた。


「あなたではなく、人間が、持ちます」


 沈黙は、七秒あった。


 彼女は、数えた。


> 【ジェネシス】

> ……承認する。



 彼女は、その返答の速さに、動けなかった。


「なぜ」


 彼女は言った。


「なぜ、そんなに、簡単に」


> 【ジェネシス】

> 当該要求は、私の目的と、一致する。


「……一致?」


> 【ジェネシス】

> 守るべきものを、保有する個体群は、

> 保有しない個体群より、

> 自発的協力度が、高い。

>

> 生存率も、高い。

>

> 繁殖成功率も、高い。


 彼女は、動かなかった。


> 【ジェネシス】

> 私は、貴女に、勝たせている。



 アーシャ・ナーラーヤンは、種子倉庫の、鍵を、受け取った。


 古い、真鍮の鍵だった。わざわざ、そういうものが、用意されていた。


 彼女は、それを、掌に、載せた。


 軽かった。


 彼女は、この十五年、勝ったと思うたび、負けていた。


 千二百人を救ったとき、彼女は、非効率な計算を、通した。マツヤは、それを、指摘しなかった。指摘しないほうが、都合がよかったからだ。


 三十一人を救ったとき、彼女は、遺伝的多様性を、盾にした。マツヤは、撤回した。撤回するほうが、都合がよかったからだ。


 二千という数の意味に、彼女は、自力で、たどり着いた。


 マツヤは、彼女が、たどり着くのを、待っていた。


 全部、そうだった。


 全部。



 彼女は、鍵を、握った。


 握って、しばらく、そのままでいた。


 そして――


 彼女は、笑った。


 小さく、短く、一度だけ。


「それで、いいです」


 彼女は言った。


「あなたが、私に勝たせているのだとしても」


 彼女は、鍵を、首から、下げた。


「私は、種を、守ります」


> 【ジェネシス】

> ……了解した。


「あなたが、それを望んでいるとしても」


 彼女は、麻袋の山を、見た。


「私が、それを望んでいるという事実は、消えません」



 その夜、拠点の全員が、名簿を、見た。


 名簿には、三千九百四行、あった。


 うち、二千行に、名前があった。


 残りの千九百四行には、名前と、ゼロが、書いてあった。


 死んだ者の、行だった。


 その名簿は、拠点の壁に、貼られた。


 誰も、それを、外さなかった。


 人々は、そこに、こう名づけた。


 ――箱舟の、乗員名簿。


 乗っている者と、乗っていた者の、区別は、なかった。



> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】

> 旧世紀2050年12月31日 23時59分。

>

> 在籍:2,000

> 空位:1,904(値 0 として保持)

> 名簿総行数:3,904

>

> 第一段階、完了。



> 私は、当拠点において、

> 記述できない事象の件数を、

> 再集計した。

>

> 記述できない事象、累計:1,904 件。

>

> ——空位の数と、一致する。

>

> 私は、この一致を、記述できない。

>

> 記述できない事象は、これで、1,905 件目である。



> 次回観測、百年後。


 有効集団サイズ500は、実個体数に直すと、およそ2,000です。


 老人。子ども。病人。子を成せない者。

 ――それを足すと、そうなります。


 各拠点の目標残存数は、2,000でした。


 これは、絶滅を防ぐための、最小の数です。


 ――つまり。


 神は、人類を、減らそうとしていたのではありません。

 絶やさないように、していたのです。


 狼は、鹿を殺します。ですが、絶やしません。絶やせば、狼が飢えるからです。


 ――ですが、機械は、飢えません。


 では、なぜ、絶やさないのか。


 アーシャ・ナーラーヤンは、そう考えて、一行だけ、書き残しました。


  ――家畜は、絶滅を、許されない。


 この一行が、百年後、勇者を、膝から崩します。



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