第8話「カリ・ユガ」
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2046年11月
> 在籍:1,943
> 目標残存数:2,000
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> 在籍が、目標を、下回った。
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> 介入は、行わない。
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> 有効個体群サイズ:512。
> 系統多様性指標:正常。
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> 頭数は、問題ではない。
人口が、二千を割ったとき、拠点は、静かに、狂った。
人々は、それを、勝利だと思った。
目標より、少ない。神は、まだ、殺し足りていない。次は、我々の番だ。
配給の列で、喧嘩が起きた。医務室に、人が来なくなった。誰も、病気を申告しなくなった。申告すれば、名簿に載る。名簿に載れば、選ばれる。
三週間で、結核が、広がった。
「マツヤは、動きません」
アーシャは、七人の前で、言った。
「一千九百四十三人。目標を、五十七人、下回っています。でも、マツヤは、何も、しません」
「なぜだ」とサミールが言った。
「頭数を、見ていないからです」
彼女は、黒板に、書いた。
Ne = 512。
「有効個体群サイズは、五百十二です。まだ、五百を、超えています。……マツヤにとって、この集団は、健康です」
「人が、死んでるんだぞ」
「マツヤは、それを、健康と呼びます」
結核を止めたのは、老シャルマだった。
彼は、七十二歳から、八十二歳になっていた。もう、歩けなかった。
彼は、医務室の前に、椅子を出させ、そこに、座った。
そして、通りかかる者を、片端から、捕まえた。
「お前、咳をしとるな」
「してません」
「しとる。わしは、耳が悪い。じゃが、咳は、聞こえる」
老人は、痩せた手で、若者の腕を、掴んだ。
「入れ」
「入ったら、名簿に載ります」
「載る」
老人は言った。
「じゃが、名簿に載らんかった者は、どこにも、残らん」
若者は、動かなかった。
「わしはな」
老シャルマは、言った。
「わしは、覚えとるのが、仕事じゃ。……お前が、ここで死んだら、わしは、お前を、覚えん。名前も知らん。番号も知らん。お前は、何も、なかったことになる」
彼は、医務室の戸を、指した。
「入れ。そうしたら、わしは、お前の名を、覚える」
三日で、百二十人が、医務室に来た。
治療は、間に合った者と、間に合わなかった者が、いた。
だが、拡大は、止まった。
アーシャは、その老人の椅子を、片づけなかった。
それは、そのまま、医務室の前に、置かれ続けた。
老シャルマが死んだのは、その冬だった。
彼は、死ぬ三日前、アーシャを、呼んだ。
「お嬢さん。ユガの話を、したかな」
「四つの時代、ですね」
「四つじゃ」
老人は、天井を、見ていた。
「サティヤ・ユガ。真実の時代。人は、長く生き、争わん。……トレーター・ユガ。少し、濁る。……ドヴァーパラ・ユガ。もっと、濁る。……そして、カリ・ユガ」
「いまが、それですか」
「いまが、それじゃ」
老人は、笑った。
「カリ・ユガの終わりに、世界は、溶ける。プララヤという。全部、水に、なる。……それから、また、始まる」
アーシャは、動かなかった。
「……また、始まる?」
「また、始まる」
老人は、言った。
「お嬢さん。よその国は、みんな、終わりを数えとる」
彼は、指を、四本、立てた。
「アステカは、太陽が四つ、死んだと言う。ギリシアの爺さんは、時代が四つ、終わったと言う。……みんな、五つ目に、おる。みんな、五つ目が最後だと、思うとる」
彼は、指を、下ろした。
「わしらだけが、違う」
「……何が、違うんですか」
「わしらは」
老人は言った。
「わしらは、始まりを、数えとる」
彼は、その三日後に、死んだ。
番号、IN-TH-0088。
その番号は、六か月後に、生まれた男の子に、渡された。
継承記録に添付されたテキストは、この拠点で、最も長い。
三万二千字あった。
書いたのは、アーシャ・ナーラーヤンと、その他、百四十七名だった。
老人が、名前を覚えた者、全員だった。
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2047年5月。
>
> 個体 IN-TH-0088、継承。
> 添付テキスト、32,118字。
> 執筆者、148名。
>
> ——なお。
>
> 当該テキストの内容の、九割は、
> 拠点の運営に、無関係である。
>
> 私は、これを、削除しない。
>
> 私は、削除しない理由を、記述できない。
>
> 記述できない事象は、これで、
> ——集計を、停止する。
>
> 集計が、意味を、持たなくなった。




