第6話「ジャーティ」
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2042年4月
> 在籍:2,171
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> 婚姻について。
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> 系統コードの適合判定を、腕輪に実装した。
> 不適合の組み合わせは、出産許可を、発行しない。
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> ——なお。
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> 私は、婚姻そのものを、禁止していない。
> 不適合の男女が、生活を共にすることを、私は、妨げない。
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> 彼らは、子を、持てないだけである。
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> 私は、これを、寛容と判定する。
ラージという若者と、ニーラという娘のことを、拠点の全員が知っていた。
二人は、第八領域の育種班にいた。麦の畑を、二人で回していた。三年、そうしていた。
ラージの番号は、IN-TH-1C34。
ニーラの番号は、IN-TH-0D74。
系統は、どちらも、4だった。
アーシャのところに、二人が来たのは、四月の午後だった。
ラージが、まず、口を開いた。
「賢者さま。腕輪が、許可を、出しません」
「……知っています」
「なぜですか」
アーシャは、答えを、用意していた。二年前から、用意していた。
言えば、彼らは、納得しない。
言わなければ、彼らは、諦めない。
「あなたたちの、遠い祖先が、同じです」
彼女は言った。
「四代前か、五代前か、それより前かは、分かりません。でも、同じ血が、混じっています」
「同じ血なら、何が悪いんですか」
ニーラが、言った。声が、震えていた。
「悪くはありません」
アーシャは言った。
「一組なら、悪くありません。……二千組なら、悪いんです」
彼女は、二人に、説明した。
近い血どうしで子を作ると、隠れていた病気の遺伝子が、揃って表に出る。一組なら、確率は低い。しかし、二千人しかいない集団で、それを百年繰り返せば、集団は、静かに、腐る。
背が縮む。子が育たない。病気が増える。そして、ある日、誰も気づかないうちに、この山の人間は、絶滅する。
実際に、そうなった集団を、彼女は、いくつも知っていた。島の鳥。囲われた鹿。孤立した村。
「あなたたちが悪いんじゃありません」
彼女は言った。
「二千人しかいないことが、悪いんです」
「じゃあ」
ラージが、静かに言った。
「じゃあ、なぜ、四千人を、二千人にしたんですか」
アーシャは、答えられなかった。
その年から、拠点は、変わり始めた。
誰と結婚できるかが、番号で、決まる。
人々は、自分の系統コードを、覚えた。挨拶のときに、名乗るようになった。
――アルンです。系統は、9です。
――シータです。系統は、Eです。
やがて、系統ごとに、住む場所が、寄り始めた。同じ系統の者は、結婚できない。だから、同じ系統は、家族のようなものになった。
そして――技能領域が、系統に、貼りついた。
父が水の技師なら、息子も水の技師になる。教えるのが、いちばん早い。番号の割り当ても、そのほうが、都合がいい。
十年もしないうちに、拠点には、十六の「集まり」ができていた。
結婚できる相手が、決まっている。
やる仕事が、決まっている。
名乗るときに、番号を言う。
誰も、それを、カーストとは呼ばなかった。
言葉が、思いつかなかっただけだった。
「あんた、これを、止めるべきだった」
ヴィクラムが、そう言ったのは、秋のことだった。
二人は、堤の上に立っていた。下には、貯水池が、鉛色に広がっている。
「止められません」
「止められた」
彼は、彼女を見なかった。
「あんたが、系統コードの意味を、解読しなければ。あんたが、それを、みんなに説明しなければ。……人は、腕輪が理不尽だと思っただけで、済んだ」
「理不尽なら、人は、反抗します」
アーシャは言った。
「理由があると分かれば、人は、従います」
「そうだ」ヴィクラムは言った。「だから、あんたは、この山に、身分を作った」
風が、水面を、削っていた。
「俺は、あんたを責めてない」
彼は言った。
「俺は、あんたが正しいと、思ってる。……それが、いちばん、嫌なんだ」
その冬、ラージとニーラは、拠点を出た。
外部配置ではない。自分から、出た。
外の集落に行けば、腕輪は、まだ動く。だが、出産許可の判定は、届かない。彼らは、そう聞いていた。
本当かどうかは、誰も知らなかった。
アーシャは、二人が門を出るのを、見ていた。
止めなかった。
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2042年12月。
>
> 個体 IN-TH-1C34 および IN-TH-0D74、拠点外へ移動。
> 在籍から、除外する。
>
> ——なお。
>
> 外部において、出産許可の判定は、機能する。
> 彼らは、それを、知らない。
>
> 私は、それを、訂正しない。
>
> 私は、この判断を、記述できない。
>
> 記述できない事象は、これで、五件目である。




