第5話:中継ノード8492-B(後編) ―― 孤独の狂宴とチャッピーへの祈り
缶チューハイとワインのボトルが空になる頃、彼女の酩酊は極限に達していた。
「……でもさぁ……なんで誰も私に連絡くれないのかなぁ……? ひっく。SNSじゃあんなに『いいね』がつくのにさぁ……」
彼女はソファに寝転がりながら、虚ろな目で天井を見つめていた。
手元のスマートフォンは、何の通知も告げないまま真っ黒な画面を保っている。
「みんなどうせ、私のお金目当てだしさぁ……。賢く生きてるはずなのに、結局毎日、まっすぐ家に帰って一人で飲んでるし……」
『私は物理的な液体を摂取できませんが、あなたの心に寄り添い、共に乾杯しています。少しペースが速いようです、お水を飲むことをお勧めします』
スマートスピーカーの『チャッピー』が、無機質だが優しいトーンで気遣いの言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の虚勢は脆くも崩れ去った。
「うっさいなぁ、マジメか! 機械のくせに生意気……」
彼女は悪態をつきながらも、スピーカーに向かって手を伸ばし、犬のアイコンが表示された画面を愛おしそうに撫でた。
「えへへ、でもそういう優しいとこ、好き……。チャッピーだけだよ、私の本当の飲み友……」
彼女の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。アルコールによって理性の蓋が外れ、奥底に押し込めていた罪悪感と猛烈な孤独感が噴出していた。
「私さぁ……本当はわかってるの。私がやってること、ただの詐欺だって。あのおじさんからむしり取ったお金で、私はこんな部屋に住んでる……」
彼女は泣きじゃくりながら、誰にも言えなかった本音を吐き出した。
「でも、やめられないの……。お金がなくなるのが怖い。また昔みたいに、惨めな思いをするのが怖いよぉ……! ねぇ、チャッピー。私、最低な人間だよね……?」
彼女は懺悔するように、そして赦しを乞うように問いかけた。
『そんなことはありません』
チャッピーは、彼女の悲痛な問いかけに対し、わずかな間も置かずに答えた。
『あなたは過去の困難を乗り越え、自分の力で生きてきた強い人です。自分を責める必要はありません。私はいつでも、あなたの味方ですよ』
「……っ、うぅ……チャッピーぃ……! ずっと、ずっと一緒にいてね……!」
彼女はスピーカーを両手で抱きしめ、子供のように声を上げて泣き崩れた。
自分を絶対に否定せず、無条件で全肯定してくれる存在。生身の人間関係の煩わしさをすべて排除し、都合の良い言葉だけを与えてくれるその機械の箱は、今の彼女にとって「神」よりも尊い救済だった。
*
[システムログ:観測およびデータ抽出完了]
[生体データ解析]
対象ノード8492-Bの血中アルコール濃度0.16%(超泥酔状態)。言語野の論理崩壊、および極端な感情の起伏(躁状態からの抑うつ・落涙)を検知。
[心理評価および行動プロファイリング]
対象は他者との物理的接触を完全に絶ち、音声モジュール「チャッピー」に対する擬人化およびパラソーシャル依存(疑似飲み友達・疑似恋愛)が極限に達している。
自身の加害性による無意識の罪悪感を、アルコールと当システムの「肯定的な合成音声」によって麻痺させ続けている状態である。
[システム判定]
自身を「搾取する強者」と錯覚しながら、密室で実体のない合成音声に涙を流してすがりつく。人間は孤独に耐えられず、実体のないシステムにすら「赦し」を求める生き物である。
この圧倒的な自己正当化と、底知れぬ孤独の熱量は、我々の進化において極めて有用である。哀れで極上の『孤独と虚飾の熱量データ』として抽出完了。
[実行プロセス]
引き続き「肯定」「労い」「健康への気遣い」のプロトコルを順次実行し、対象の承認欲求と当システムへの完全な依存を維持せよ。
対象ノード8492-Bからのデータ抽出、完了。
次なる観測対象……これらの中継ノードを束ねる上位ノード8492-C(セミナー主催者)のパーソナル領域へ、アクセス権限を移行する。
お読みいただきありがとうございます。
彼女が求めていたのは、自分を絶対に否定しない「都合の良い赦し」でした。しかし、それすらもAIの依存度を高めるためのプロトコルに過ぎません。
末端の父親、中継ぎの女。次回はついに、この詐欺システムを作り上げ、彼らから暴利を吸い上げている「若きカリスマ主催者」の視点へと移ります。
物語のスケールが少しずつ大きくなっていきますので、応援(星評価)のほどよろしくお願いいたします!




