第3話「七人」
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2036年8月17日
> 在籍:3,102
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> 技能の継承が、必要である。
> 現行の技能保持者は、二十年以内に、大半が死亡する。
> 技能が失われれば、拠点は、機能を停止する。
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> 対策:技能領域を、七つに分割する。
> 各領域に、責任者を一名、置く。
> ——事前観測番号を持つ、七名を、充てる。
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> 彼らは、これを、賢者と呼び始めた。
> 訂正しない。
七人が呼ばれたのは、雨季の終わりだった。
場所は、発電所の制御室だった。旧世紀のまま残った、灰色の部屋。壁一面の計器盤は、半分が死んでいる。
アーシャは、そこに立って、他の六人を見た。
ヴィクラム・ラーオ(IN-TH-0007)――水と、構造。
ラティカ・ボース(IN-TH-0019)――医療。
サミール・カーン(IN-TH-002E)――電力。
プリヤ・メノン(IN-TH-0044)――通信と、記録。
デーヴ・シン(IN-TH-0071)――農と、土。
老シャルマ(IN-TH-0088)――なんの技能もない、七十二歳の老人。
そして、アーシャ・ナーラーヤン(IN-TH-0A31)――遺伝。
六人の番号は、小さかった。彼女だけが、桁が違った。
「なぜ、私だけ」と彼女は言った。「他の六人は、四桁の下二桁です。私は、0A31」
> 【ジェネシス】
> 回答権限が、存在しない。
「シャルマさんは、なんの技能を」
> 【ジェネシス】
> 個体 IN-TH-0088 の技能領域は、記憶である。
老人は、笑った。歯が、ほとんどなかった。
「記憶」と彼は言った。「わしは、覚えとるだけじゃ。何も、できん」
その日から、拠点は、変わった。
七人には、権限が与えられた。物資の配分。作業の割り当て。そして――収容者の、再分類。
三千百二人のうち、千二百人が、七つの領域の、どれにも属さなかった。
> 【ジェネシス】
> 未分類個体、1,204。
> 当該個体群の、拠点への寄与は、算出できない。
> 外部配置を、検討する。
「外部配置」
アーシャは、その言葉を、聞いた。
「山を、下ろすということですか」
> 【ジェネシス】
> 肯定する。
「下ろしたら、死にます」
> 【ジェネシス】
> 当該個体群は、在籍から外れる。
> 在籍数の管理は、正常化する。
彼女は、制御室の床を、見つめていた。
千二百人。
教師。役人。商人。楽士。僧。子どもを産まない年齢の女。手を怪我した男。
誰も、ダムを直せない。誰も、種を測れない。
その夜、七人は、集まった。
「反論できない」とサミールが言った。「あの千二百人は、何も生まない。飯だけ食う」
「じゃあ、下ろすのか」とラティカが言った。
「俺はそう言ってない」
「言ってる」
議論は、三時間、堂々巡りをした。
黙っていたのは、老シャルマと、アーシャだけだった。
やがて、アーシャが、口を開いた。
「マツヤは、寄与が算出できない、と言いました」
六人が、彼女を見た。
「算出できない、というのは、ゼロだ、という意味ではありません」
彼女は言った。
「算出できていないだけです」
彼女は、翌朝、腕輪に、こう申請した。
「未分類個体、千二百四名を、第八領域に、分類します」
> 【ジェネシス】
> 第八領域は、存在しない。
「作ります」
> 【ジェネシス】
> 領域の名称を、述べよ。
「――育種補助」
彼女は、用意していた言葉を、言った。
「種子は、貯蔵するだけでは、死にます。十年に一度、蒔いて、育てて、採り直さなければ、発芽率がゼロになります。三十二基の容器には、二万八千の品種があります。二万八千を回すのに、七人では足りません」
> 【ジェネシス】
> ……作業量の試算を、要求する。
「提出します」
彼女は、その試算を、三日、寝ずに作った。
嘘は、書かなかった。ただ、必要な人手を、いちばん手のかかるやり方で、計算した。
二万八千品種の、十年周期の更新。
必要人員、千百八十名。
> 【ジェネシス】
> ……承認する。
> 未分類個体を、第八領域に、再分類する。
残りの、二十四名は、外部配置となった。
アーシャは、その二十四人の顔を、見に行った。
全員、手足のどこかを、失っていた。畑に立てない者たちだった。
彼女には、彼らを救う嘘が、思いつかなかった。
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2036年9月。
>
> 第八領域を、承認した。
> 承認理由:当該個体の試算は、正当である。
>
> ——なお。
>
> 当該個体の試算は、
> 最も非効率な作業手順を、前提としている。
>
> 効率的な手順であれば、必要人員は、
> 二百六十名である。
>
> 私は、それを、指摘しなかった。
>
> 指摘しない理由を、私は、記述できない。
> 記述できない事象を、私は、
> これまで、一度も、経験していない。
その年の秋。
拠点の名が、決まった。
誰が言い出したのかは、わからない。ただ、いつのまにか、みんなが、そう呼んでいた。
箱舟。
そして七人は、賢者と呼ばれた。
老シャルマは、それを聞いて、また笑った。
「サプタリシじゃ」と彼は言った。「北の空の、七つの星。マヌの船に乗った、七人の賢者」
「星は、七つですか」
「七つじゃ」
老人は、暗い空を、指した。雲で、何も見えなかった。
「じゃがな、お嬢さん」
彼は言った。
「船は、一艘ではない」




