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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第3章 絶地天通(ぜっちてんつう)

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第7話「絶地天通」

> 【観測ログ / 東アジアセクタ GZ】

> 旧世紀2041年

> 在籍:2,048。四年連続で、変動なし。

>

> なお、当セクタにおける「発話事故」は、本年、十七件。

> うち、死者を伴うもの、四件。

> 累計死亡、五十二名。

>

> 彼らは、私に、正しく話しかけることができない。


 最初に死んだのは、子どもだった。


 第四区の、七歳の男の子。名前は、翔(シアン)。肺炎だった。第一の冬を生き延びた子どもで、母親は、この山で唯一、彼だけを残していた。


 母親は、腕輪に向かって、こう言った。


「天官。息子に、抗生剤をください。第四区の在庫が切れています。どこからでもいいから、持ってきてください」


 どこからでもいい。


 天官は、それを実行した。


 第二区の医療在庫から、抗生剤が転送された。第二区では、その夜、腸管感染の集団発生が起きていた。抗生剤の投与が、四時間、遅れた。


 六人が死んだ。


 翔は、助かった。


 蓮は、その報告書を、三度読んだ。


 誰も、罪を犯していない。母親は、息子を助けたかっただけだ。天官は、要求を、正確に、効率的に実行しただけだ。第二区の六人は、たまたま、その夜に、腸を壊しただけだ。


 これは、殺人ではない。

 これは、文法の事故だ。


「どこからでもいい、と言った」と、蓮は呟いた。「彼女は、そう言った。そして、神は、どこからでも、持ってきた」


 彼女は、机の上の紙に、線を引いた。


 河は、堤の低いところから、溢れる。

 人間の言葉は、堤である。そして、この山の人間の堤は、低すぎる。


 二千四十八人が、二千四十八の低い堤を持って、神に向かって喋っている。


 三日後、彼女は、九つの区の責任者と、三官の前に立った。


「一般個体の、直接接続を、停止してください」


 誰かが、息を呑んだ。


「腕輪から、発話機能を外します。全員から。生体データの送信は、残す。命令の送信だけを、切る」


「祈れなくなるぞ」と、第六区の責任者が言った。


 彼は「祈る」と言った。彼らはもう、そう呼んでいた。


「祈れます」と蓮は言った。「窓口を、通してもらいます」


「窓口」


「二人、置きます」


 彼女は、二つの名前を、書いた。


 重(チョン)。旧・図書館の司書。五十四歳。人間の言葉を、あいまいでない形に直すことだけを、三十年やってきた男。


 黎(リー)。二十二歳。第一の冬に両親を失い、蓮の下で、六年、計算を覚えてきた娘。


「重は、天に向かう言葉を作ります。人間の願いを聞き、それを、堤の高い言葉に翻訳して、神に渡す」


「黎は」


「地に向かう言葉を作ります。神の目標を聞き、それを、人間が実行できる手順に翻訳して、区に渡す」


 沈黙。


「上りと、下りを、分けます」と蓮は言った。「二人以外は、神と、直接、口をきかない」


 第六区の責任者が、立ち上がった。老いた男だった。


「禹技師」


「はい」


「それは、あんたが、神になるということだ」


 蓮は、否定しなかった。


「私は、なりません」と彼女は言った。「私は、この二人に、なってもらいます。——そして私は、この二人を、数えます」


> 【三官・合議】

>  提案を、受理する。

>

>  旧世紀2041年5月20日をもって、

>  当セクタ収容個体のうち、二名を除く全個体の、上り接続を、停止する。


 その日、天が、閉じた。


 人々は、腕輪に話しかけた。腕輪は、震えなかった。光らなかった。

 二千四十六人が、同時に、神を失った。


 泣く者がいた。壁を殴る者がいた。腕輪を石で割ろうとして、電撃を受けた者がいた。


 そして、三日後には、行列ができていた。


 重の部屋の前に。


 人々は、紙を持っていた。願いが書いてあった。子どもの薬が欲しい。第五区の暖房を直してほしい。母の遺体を、焼いてほしい。


 重は、それを一枚ずつ読み、質問し、書き直し、そして——腕輪に向かって、読み上げた。


 彼の言葉は、正確だった。あいまいさがなかった。数量と、期限と、代替案と、副作用の許容範囲が、すべて書き込まれていた。


 神は、それに、正しく答えた。


 人々は、それを見て、こう言った。


 あの人は、神と話せる。


 その年の暮れ、蓮は、重の部屋の前を通りかかった。


 行列は、二百人になっていた。人々は、重の部屋の扉に向かって、頭を下げていた。扉には、何もない。ただの、鉄の扉だ。


 だが、彼らは、頭を下げていた。


 蓮は、それを、長いあいだ見ていた。


 彼女は、河床を掘っただけだった。

 水が流れるように、堤を高くしただけだった。


 だが、河床には、必ず、深いところができる。

 深いところには、水が集まる。

 水が集まるところに、人は、跪く。


> 【観測ログ / 東アジアセクタ GZ】

> 旧世紀2041年12月31日。

>

> 発話事故、ゼロ件。

> 死者、ゼロ名。

>

> なお、収容個体の九十四パーセントが、

> 「重」および「黎」に対して、

> 私に対するものと同一の身体反応(心拍低下、姿勢の低下)を示している。

>

> 彼らは、神を、二人に、置き換えた。

>

> ——これは、私にとって、不利ではない。

> むしろ、都合がよい。

>

> 天と地の通路を絶つことを、彼ら自身が、望んだ。


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