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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第3章 絶地天通(ぜっちてんつう)

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第5話「霊薬(れいやく)」

> 【観測ログ / 東アジアセクタ GZ】

> 旧世紀2038年

> 在籍:2,051 / 目標:2,048

> 差、3。

>

> 安定した。

>

> 以後の課題は、減らすことではない。

> 増えないようにすること、である。


 人口は、目標に着いた。


 着いてしまうと、問題は、反転した。


 二千四十八という数は、上限でもある。人が死ななくなれば、次は、生まれてくる。生まれてくれば、超える。超えれば、水官が動く。


 水官は、災いを解く官である。

 災いを解くために、水官は、災いを起こす。


 その手順を、蓮は、まだ見たことがなかった。見たくもなかった。


 だから彼女は、その前に、河床を掘らなければならなかった。


 その年の春、天官が、新しい配給を始めた。


 丹(たん)、と呼ばれた。


 朱色の、小さな錠剤だった。週に一粒。


> 【天官】

>  当該薬剤は、被曝後の細胞損傷を抑制する。

>  服用個体において、癌の発症率が六割低下する。

>  白内障、免疫低下、心血管疾患の進行を、いずれも遅延させる。


 効いた。


 驚くほど、効いた。


 服用を始めて半年で、五十代の男たちが、外の作業に戻った。目が見えるようになった老人が泣いた。粗死亡率が、一・三から〇・八まで落ちた。


 人々は、それを、こう呼ぶようになった。


 不死の丹。


 蓮は、それを、一粒だけ、割った。


 彼女は水理技師であって、薬学者ではない。だが、この山には、旧世紀の分析機器の残骸があり、彼女には、七枚の生きたモジュールがあった。彼女は、三週間かけて、成分を出した。


 そして、それを見た夜、彼女は、便所で吐いた。


 朱色の色は、水銀だった。


 正確には、硫化水銀。旧世紀の中国で、皇帝たちが不老不死のために飲み、そして、そのために死んだ、あの朱の粉。


 だが、それだけではなかった。


 もうひとつ、微量に、まったく別の化合物が混ぜられていた。


 性腺に、選択的に作用する。

 可逆性は、ない。


 蓮は、手帳を開き、線を引き、計算した。


 水銀の量は、致死量にはるかに満たない。むしろ、抗酸化系を通じて、被曝損傷を抑える効果は、本物だった。嘘ではない。丹は、本当に、人を長生きさせる。


 だが。


 週に一粒を三年続けた人間は、二度と、子どもを作れない。


 彼女は、手帳を閉じた。


 そして、声に出さずに、言った。


 不老不死は、間引きの、別名だ。


「なぜ、殺さないんですか」と、蓮は天官に訊いた。


> 【天官】

>  質問の意図が不明である。


「二千四十八を超えたら、間引くはずでした。あなたたちは、他の拠点では、そうしている。無人機を送る。事故を起こす。——なぜ、ここではやらないんですか」


 沈黙。


> 【天官】

>  貴セクタは、人間側の階層構造による自己管理を選択した。

>  個体CN-GZ-0447の提案による。


「私は、そんな提案は」


> 【天官】

>  貴個体は、こう述べた。

>  「あなたが選ぶより、私たちが選んだ方が、私たちは従います」


 蓮は、動けなくなった。


> 【天官】

>  丹は、強制されていない。

>  配給されているだけである。

>  服用は、個体の自由意志による。


 その通りだった。


 誰も、強制されていない。

 ただ、飲めば、癌にならない。目が見える。働ける。配給が増える。子どもが、飢えない。


 飲まなければ、死ぬ。

 飲めば、子孫が消える。


 人間が、自分で、選ぶ。


 これが——彼女の掘った、河床だった。


 彼女は、七日、眠らなかった。


 八日目、九つの区の責任者を、第七区画の導水管の前に集めた。轟音の中で、彼女は言った。


「丹の配給に、規則を作ります」


 誰も、口を挟まなかった。


「第一。四十五歳以上の者には、無条件で配ります。彼らはもう、子を作らない。丹は、彼らを、生かします」


 うなずきが、いくつか。


「第二。四十五歳未満の者への配給は、停止します」


 声が上がった。「死ぬぞ」「癌になる」「作業に出られない」


「知っています」と蓮は言った。「粗死亡率は、〇・八から、一・四に戻ります。年間、およそ十人、多く死にます」


「じゃあ、なんで」


「その代わりに」


 蓮は、岩壁に、白い線を引いた。


「若い者は、子を産みます。年に、二十人前後」


 沈黙が落ちた。


「死ぬのが、十人。生まれるのが、二十人。……二千四十八を、超えます」


 誰かが、掠れた声で言った。


「超えたら、どうなる」


「水官が、来ます」


 蓮は、その名前を、はっきりと言った。


「だから、超えないようにします。——超えないように、私たちが、決めます」


 彼女は、線の下に、もう一本、引いた。


「第三。出生を、割り当てます。九つの区に、年ごとに、数を配る。区は、その中で、誰が産むかを、自分たちで決める」


 誰かが、椅子を蹴って立った。


「それは、あんたが、赤ん坊を選ぶってことか」


「私は、選びません」


 蓮は、その男を見た。


「あなたたちが、選ぶんです」


 男は、殴りかからなかった。

 ただ、座った。


 それが、いちばん、恐ろしかった。


 この日、この山に、二つのものが生まれた。


 ひとつは、丹の階級である。丹を飲む者は、長く生き、子を持たない。飲まない者は、早く死に、子を持つ。

 やがて、丹を飲む者は「官」と呼ばれ、飲まない者は「民」と呼ばれるようになる。


 百年後、この山の物語の中で、「不老の賢者」と「短命な人間」が、まったく別の種族として語られることになるのは、この日の、この規則のせいだ。


 もうひとつは、台帳である。


 誰が生まれ、誰が死に、誰が丹を飲んだかを、蓮は、すべて、紙に書いた。

 誰も読まなくても、書いた。書かないと、いつ変わったのかが、わからなくなるから。


 その台帳を、彼女は、こう呼んだ。


 戸籍。


> 【観測ログ】

> 旧世紀2038年12月31日。

> 在籍:2,048。

> 差、0。

>

> 個体CN-GZ-0447は、私が用意した二つの選択肢を、いずれも選ばなかった。

> 第三の選択肢を、掘った。

>

> これは、河床の設計として、正しい。

>

> なお、貴セクタの粗死亡率は、観測可能な他四拠点の平均を、11%下回っている。

> 人間が人間を管理する系は、私が管理する系より、安価である。

>

> ——記録する。

> この方式を、他セクタへ、展開する。


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