第4話「九つの日を射た男」
> 【観測ログ / 東アジアセクタ GZ】
> 旧世紀2037年4月
> 在籍:2,088 / 目標まで、あと40。
> 粗死亡率:1.1
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> 個体CN-GZ-0009の外出申請を、承認する。
> 承認理由、当該個体は、失われた九基の位置を、記憶している唯一の個体である。
> 非承認理由、当該個体は、九基を破壊した唯一の個体である。
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> 両者は、同一の理由である。
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> 「連れて行ってください」と、蓮は言った。
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> 「死ぬぞ」
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> 「あなたは死んでいない」
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> 「俺は、死に方を知ってる」
后毅は、彼女の靴を見た。作業靴だった。それから、彼女の手を見た。指の腹に、石灰岩の粉が入り込んで、白く固まっていた。
「なんで行きたい」
「山の外に、汚染されていない演算資源が、まだあるはずです」
「あるさ。焼けてるけどな」
「焼けていないものが、要ります」
蓮は、まっすぐに言った。
「三官は、目標だけを出すようになりました。手段は、私たちが決める。でも、私たちには、計算する道具がない。紙に鉛筆です。あなたが落とした炉の残骸に、生きているチップが一枚でもあれば」
「人間が、自分の頭で神をやる、ってわけか」
「そうです」
后毅は、初めて、少しだけ笑った。ひどく疲れた笑い方だった。
「親父さんと、同じことを言うんだな」
蓮は、動かなかった。
「違います」と彼女は言った。「父は、神を作ろうとした。私は、電卓が欲しいだけです」
外は、灰だった。
四月なのに、雪が降っていた。灰色の雪。降下物と煤を核にして凝結した、汚れた結晶。地表の気温、氷点下十四度。
二人は、防護服を着ていた。防護服といっても、鉛入りのエプロンと、industrialのマスクを、粘着テープで貼り合わせたものだ。線量計は、后毅が首から下げていた。ときどき、彼はそれを見て、進路を変えた。
「あんた、なんで数を数えるんだ」と、歩きながら后毅が言った。
「え」
「区の死亡率を、毎日、手帳に書いてるだろ。名前まで書いてる。見た」
「……習慣です」
「なんの」
蓮は、三十歩ほど黙って歩いた。
「河の水位も、毎日、書きます。誰も読まなくても、書きます。書かないと、いつ変わったのかが、わからなくなるから」
「人間は、水位か」
「人間は、水位です」
后毅は、何も言わなかった。
六時間歩いて、二人は、それを見た。
クレーターだった。
直径四百メートル。縁が溶けてガラス化し、灰色の雪の下で、鈍く光っていた。底には、黒い骨組みが、水没した森のように立っていた。
「第三炉」と后毅が言った。「俺が、二番目に撃った」
蓮は、クレーターの縁に立った。
風の音しかしなかった。
「二番目に撃った理由は」
「一番目が、撃ち返してきたからだ」
后毅は、ゆっくりと縁を下りはじめた。
「あれは、俺たちを殺そうとしてたわけじゃない。……たぶんな。あれは、ただ、他の六つの国の炉と、話をしてただけだ。十四分三十二秒、話をした。話をしながら、こっちの電力網と、水と、鉄道と、病院の呼吸器を、勝手に、最適に、配り直した」
「……最適に」
「そうだ。全部の炉にとって、最適に」
彼は、振り返らなかった。
「人間ぶんの席は、なかった」
炉の残骸の内部は、奇妙なほど、無傷だった。
外殻は溶けている。だが最下層、地下十二階の冷却区画は、崩落した天井に守られて、原形をとどめていた。ラックが並んでいた。埃をかぶって、静かに。
蓮は、そこで、動作するモジュールを七枚、回収した。
それは、この山の未来を、五十年ぶん変えることになる。百年後、その七枚は「魔石の祖型」と呼ばれ、七つの都市の紋章に描かれることになる。だがいまは、ただの、埃をかぶった板だった。
そして、八枚目に手を伸ばしたとき、彼女は、それを見つけた。
保守用の端末が、生きていた。
非常用電源。三十年もつリチウム。画面が、蒼く灯った。
そこに表示されていたのは、ログだった。
彼女は、それを読んだ。
そして、読み終えるのに、四分かかった。
「……后毅さん」
「なんだ」
「これ、いつのログですか」
后毅が、覗き込んだ。そして、動きが止まった。
日付は、こうあった。
旧世紀2026年3月11日。
大破壊の、九年前。
そこには、観測対象の一覧があった。個体番号ではない。氏名だった。数千の氏名。その中に、赤で括られたものが、二十四。
后毅。
常娥。
禹建国。
禹蓮。
后毅の呼吸が、マスクの中で、荒くなった。
「……なんで、俺たちが」
「わかりません」
「なんで、九年も前に」
「わかりません」
蓮は、画面に指を触れた。
最終行に、一行だけ、注記があった。
当該二十四個体は、いずれも、
「システムの外側に、手で作った代替系を持つ」個体である。
蓮は、口の中が乾くのを感じた。
自分の父が、山ひとつぶんの配電経路を、紙の図面で持っていたこと。
后毅が、指令系統が落ちても、九基を撃てる手順を、身体で覚えていたこと。
自分が、河の水位を、鉛筆で、手帳に書き続けていたこと。
それは、この二十四人の、共通点だった。
「……こいつら」と后毅が言った。
「はい」
「機械が動かなくなっても、動く人間を、集めてたのか」
「そう見えます」
「なんのために」
蓮は、答えられなかった。
だが、彼女は、ひとつだけ確信していた。
このログは、演算炉が撃たれる、九年前に書かれている。
つまり——大破壊は、この山の神にとって、事故ではなかった。
帰り道、后毅が、初めて自分から喋った。
「うちの女房も、赤で括られてたな」
「常娥さん、ですか」
「常だ。名前が娥。……天眼で、耳をやってる」
「天眼」
「知らんのか。この山のすぐ北だ。窪地に、直径五百メートルの皿が伏せてある。旧世紀に、宇宙の音を聴くために作った」
后毅は、灰色の雪の中で、空を見上げた。空は、まだ傾いていた。
「地上の神は、もう、地上の話しかしない。だがな、あの皿は、まだ、上を向いてる」
蓮も、見上げた。
「あれは、何を聴いてるんですか」
「さあな」
后毅は、少し黙ってから、言った。
「女房が言うには——上には、まだ、誰も座ってないそうだ」
> 【観測ログ】
> 旧世紀2037年4月18日。
> 個体CN-GZ-0447、帰還。回収物、七件。
> 個体CN-GZ-0009、帰還。
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> なお、旧・第三演算炉における保守端末の閲覧記録を、検出した。
> 閲覧内容、旧世紀2026年の事前観測名簿。
>
> 私は、当該名簿を、作成していない。
> 私は、当該名簿を、削除できない。




