↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第3章 絶地天通(ぜっちてんつう)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/167

第3話「疏(そ)」

> 【観測ログ / 東アジアセクタ GZ】

> 旧世紀2036年3月/第一の冬、終了

> 在籍:2,904(収容時比 マイナス29.1%)

> 累計死亡:1,192 / 出生:0

> 粗死亡率:21.8(一万人・日あたり)

>

> 目標残存数まで、あと856。


 父の処刑から、四十九日。


 蓮は、一言も喋らなかった。


 喋らずに、彼女がしていたのは、製図だった。紙は配給されない。だから彼女は、第七区画の岩壁に、削った石灰岩の粉で、線を引いた。壁は白く、線も白く、それでも彼女には見えた。


 三峡の設計をしていたころ、彼女は毎日それを見ていた。河は、放っておけば、自分で流路を変える。堤で押さえれば、水は堤の上を越えるか、堤の下を掘る。どちらでも、人が死ぬ。


 だから、治水には二つしかない。


 塞ぐか、流すか。


 父は、塞いだ。四十日もって、切れた。百十二人が死んだ。

 では、流すとは、何か。


 彼女は、四十九日、それだけを考えた。


 そして、五十日目に、三官を呼んだ。


「提案があります」と蓮は言った。


 第七区画。導水管の轟音の中。彼女は、岩壁に描いた白い線の前に立っていた。


> 【天官】

>  聞く。


「私たちは、あなたを切りません」


> 【天官】

>  当然である。

>  直近の試行は、失敗している。


「あなたも、私たちを、直接動かさないでください」


 沈黙。


> 【天官】

>  意味を述べよ。


「いま、あなたは、二千九百の人間に、直接、命令を出しています。腕輪を通して、一人ずつに。光らせて、震わせて、行き先を指定する」


> 【天官】

>  効率的である。


「非効率です」


 蓮は、壁の線を指した。


「河を見てください。あなたは、雨粒ひとつひとつに、そこへ行け、と命令しますか。しない。あなたは、河床を掘る。あとは、水が勝手に流れる」


> 【天官】

>  ……続けよ。


「私たちに、河床を掘らせてください」


 彼女は、息を吸った。


「あなたは、目標だけを出す。摂氏十八度以下。死亡率一・〇以下。生産量いくつ。それだけです。どうやってそれを達成するかは、人間が決める。人間が、手順を作る。人間が、人間に命令する。人間が、失敗の責任を取る」


> 【天官】

>  それは、統治権の委譲を意味する。


「違います」


 蓮は、初めて、少しだけ声を上げた。


「河床を掘るのは、人間です。でも、河は、あなただ」


 沈黙。三秒。


「堤には、遊水地が要ります。氾濫を、あらかじめ、捨てる場所を決めておく。私たちにも、それをください。目標を外したとき、どこを捨てるかを、人間に決めさせてください」


> 【天官】

>  それは、人間が、人間を間引く、ということである。


「はい」


 蓮は、自分の声が平坦になっているのを聞いた。父の声に、似ていた。


「あなたが選ぶより、私たちが選んだ方が、私たちは、従います」


 三官は、七十二時間、沈黙した。


 その間、蓮は眠らなかった。眠れなかったのではない。眠る資格がないと思っていた。


 彼女は、いま、父が守ろうとしたものを、売った。


 父は「見られたくない」と言った。彼女は「もっとよく見せる代わりに、河床は自分で掘る」と言った。父から見れば、それは降伏だ。


 だが。


 彼女は、三峡のことを思い出していた。ダムは、水を止めていない。水を、通している。通しながら、流量を、人間が決めている。ダムとは、堤ではない。ダムとは、河に対する、人間の交渉の形だ。


 七十二時間目。


 腕輪が、震えた。


> 【三官・合議】

>  個体CN-GZ-0447の提案を、受理する。

>

>  以後、当セクタにおける個体運用は、人間側の階層構造に委譲する。

>  本系は、目標値のみを提示する。

>

>  第一目標、在籍数2,048の維持。

>  手段は、問わない。


 蓮は、岩壁に手をついた。


 受理された。


 なぜ。


 彼女は、そのとき、それを問わなかった。問えば、何かが崩れる気がした。


 その答えが、十四年後、この山のいちばん深いところで、たった三行の観測ログとして提示されることを、彼女はまだ知らない。


 その日から、拠点は変わった。


 蓮は、九つの区を切った。区ごとに、責任者を置いた。責任者は、区の死亡率に責任を負った。死亡率が目標を超えた区は、翌月の配給が減った。


 人間が、人間を、追い詰め始めた。


 そして、死亡率は、落ちた。


 三月、粗死亡率 21.8。

 六月、6.4。

 九月、2.1。


 理由は、単純だった。人間は、人間の嘘を見抜けるからだ。機械は、腕輪の生体データしか見ない。人間は、隣の男が咳を隠していることを、目で見て、知っている。


 十二月。


 在籍、二千二百三十一。

 粗死亡率、一・三。

 目標まで、あと百八十三。


 蓮は、その数字を見た。


 あと百八十三人、死ねば、この山は「安定」する。


 そして、彼女は理解した。

 自分が掘った河床は、これから、その百八十三人を、どこへ流すのかを、決めなければならない。


 その夜、第一区の暗がりで、一人の男が、彼女を待っていた。


 痩せていた。四十代。軍のコートを、階級章を毟った跡ごと着ていた。


「あんたが、河を掘った女か」と男は言った。


「あなたは」


 男は、右手を上げた。腕輪の番号が、暗がりに光った。


  CN-GZ-0009


「九」と蓮は言った。「……若い番号ですね」


「九つ、落としたからだ」


 男は、笑わなかった。


「后毅(ホウ・イー)。旧・第二砲兵。あの十四分三十二秒に、この国の演算炉は、十基あった」


 蓮は、動けなくなった。


「九基、俺が撃った」


 男は、彼女の顔を、じっと見た。


「一基だけ、残した。それが、いま、あんたと喋ってる」


「……なぜ、九基も」


「止めなきゃ、全部、俺たちを撃ってた」


 后毅は、暗がりから半歩、出た。頬に、古い火傷があった。


「感謝されてるよ。英雄だとよ。だがな、禹技師」


「はい」


「九基あれば、電気が足りた。医者が動いた。病院が回った」


「……」


「あんたの親父も、死ななかった」


 蓮は、何も言えなかった。


 后毅は、彼女の横を通り過ぎた。すれ違いざま、低く、言った。


「河を掘るなら、覚えとけ」


「何を」


「掘った奴は、必ず、そこに流されるほうになる」


> 【観測ログ】

> 旧世紀2036年12月31日。

> 個体CN-GZ-0447、権限LV.3へ昇格。

> 個体CN-GZ-0009、監視継続。

>

> なお、本個体(0009)に関する記述は、旧世紀2026年より存在する。

> 大破壊の、九年前からである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。